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EP12.境界の融解【R18】
羽瑠矢のマンションまでの道のりを、二人は繋いだ手の熱を確かめ合うように、とりとめもない思い出話をしては、時折小さく笑い合いながら、ゆっくりと歩いた。
そんな穏やかな夜の空気は、玄関の扉を潜り抜けた瞬間に一変する。
扉が閉まる音を合図に、智紘が羽瑠矢を乱暴に抱き寄せた。靴を脱ぐ間さえ惜しむような、性急で飢えた口付け。
自らの舌を深く押し込み、驚きに縮こまった羽瑠矢の舌を強引に絡めとる。無機質な玄関ホールに、粘膜が擦れ合う淫靡な水音が響き渡った。
智紘の手が羽瑠矢のTシャツの裾を捲り、素肌に這い上がったところで、羽瑠矢が微かに身をよじった。
「ん、おい! おまえ、待てもできない童貞かよ」
智紘の手は止まらない。「止める意味が分からない」とでも言いたげな、純粋な欲望の瞳が羽瑠矢を射抜く。
「ぁ、もう……! 一本くらい付き合えよ……」
「やだ。おまえ、飲むのも吸うのも遅いんだよ。……それに」
智紘が低く笑い、隠すことなく自身の腰を強く押し付けた。逃げ場のない壁際で、硬いもの同士が服越しにぶつかり合う。羽瑠矢はとっさに手で口を覆い、溢れそうになった吐息を殺した。
「お互い、こんなにしちゃってさ。ここで辞めるのは、あまりにも野暮でしょ」
今度は、縋るような柔らかさで唇が重なる。濡れた粘膜が吸い付き、離れがたく震える感覚。羽瑠矢の背筋を、細い電流のような快感が駆け抜けた。
羽瑠矢は一つ、甘い敗北の溜息をつくと、智紘の首に腕を回した。
「……部屋、行こ」
薄暗い自室。ベッドに智紘を横たえ、羽瑠矢はその上に覆い被さる。
智紘は一時も離れたくないというように、何度も口付けをせがんだ。もどかしい手つきで互いの服を剥ぎ取り、汗ばんだ胸を合わせる。幾度もこのベッドで隣り合って眠ってきたが、これほどまでに互いの拍動が近く、うるさく響いたことはなかった。
智紘の喉仏の尖りに唇を寄せ、時に衝動のまま歯を立てる。智紘はそのたびに身体を跳ねさせ、熱い呼吸を羽瑠矢の耳元にこぼした。
羽瑠矢はそんな反応を慈しむように楽しみながら、湿った下着を膝まで下ろした。途端、汗の香りと共に、熱を孕んで起ち上がったものが空気に触れる。
男の身体になど、微塵も興味はなかった。けれど、智紘のそれは不思議と嫌悪感を抱かせない。むしろ、もっと近くで、彼の体臭そのものに溺れたいとすら願ってしまう。
智紘がおもむろに羽瑠矢の熱を握りしめた。一瞬、肩が跳ねる。
智紘の目は、どんな言葉よりも雄弁に叫んでいた。――「欲しい」と。
考えるより先に、身体が動いた。自らの屹立を智紘のものと密着させ、一つの手で包み込む。男二人分の熱量は、羽瑠矢の大きな手からも溢れ出した。手と腰を同時に、無我夢中で動かす。全身の血管を、暴力的な快感が走り抜けた。
女を抱く時のように、相手を慮る余裕など欠片もなかった。ただ、互いの粘膜を擦り合わせ、同じ酸素を分け合い、剥き出しの獣のように果てを追う。
先に限界を迎えたのは智紘だった。息を乱し、触れる肌を泡立たせ、絶頂を極める。くたっと力の抜けた智紘の肩口に歯を立てながら、羽瑠矢もまた、野性的な呻きと共にすべてを吐き出した。
しばらく、荒い呼吸だけが静寂を埋めていた。
羽瑠矢が身体を拭うものを取ろうと身を起こした時、ふと、智紘の指先に目が止まった。智紘は夢を見るような虚ろな瞳で、自らの腹の上に溜まった二人分の精液を、慈しむように弄んでいた。その神聖ですらある光景に、羽瑠矢は一瞬、息を呑んだ。
はっと我に返り、ティッシュを手に取って智紘の手と腹を丁寧に、壊れ物を扱うように拭ってやる。
心地よい沈黙が流れる中、されるがままだった智紘が、不意に、なんてことのない声で言った。
「ローションある?」
羽瑠矢は目を丸くした。
「あ、るはあるけど。……え、最後までやんの」
智紘は、毒のように壮絶な色香を滲ませて笑った。
「俺、手が早い方なの知ってるだろ。……それとも、もう勃たない?」
安い挑発に、羽瑠矢は深い溜息をついた。サイドボードからローションとコンドームを取り出す。
長い付き合いだ。お互いの急所も、性格も、知り尽くしている。
「これ、専用のじゃなくてもいいのかな。てか、おまえアナルセックスしたことある?」
「ないけど。どうでもいいから、早くしろよ」
まったく、とんだ我が儘なお姫様だ。羽瑠矢は苦笑し、智紘に深く口付けた。
股間にローションをぶち撒け、秘められた場所へ指を滑らす。初めて触れる智紘の内側は、熱く、密かに震えていた。
慎重にその表情を盗み見、肌の柔らかい場所に唇を這わせながら、未開の場所を拓いていく。
(……こんな狭いところ、本当に入るか?)
女と同じようにすればいい、という安易な考えはすぐに霧散した。相手は、世界で唯一無二の、たった一人の男なのだ。
目の前の男を悦ばせるために、反応を追い、震えを確かめ、一点を探っていく。その作業は、羽瑠矢の歪な支配欲をこの上なく満たしていった。
やがて、智紘がむず痒そうに眉を寄せた。ここか、と思ったその瞬間。
智紘が勢いよく身体を起こし、羽瑠矢をベッドに押し倒した。完全に、立場が逆転する。
羽瑠矢が目を白黒させていると、智紘は頬を朱に染めたまま、弾んだ声で言い放った。
「おまえの前戯、ねちっこいんだよ」
「はあ? てめー。テクニックって言えよ、あほ」
そのままの勢いで、智紘がローションを手に取り、羽瑠矢の未体験の場所へ指を沈めた。
「っ……! 結局、俺がヤられんの!?」
「もう、黙ってて」
文句を連ねる羽瑠矢の口は、智紘の唇によって強引に塞がれた。舌を絡ませ合い、思考を溶かされながら、最も敏感な粘膜を探り、捏ねられる。
智紘の指は、押し寄せる荒波のように、あっという間に羽瑠矢の防波堤を壊していった。気づいた時には、下半身から指先まで、痺れるような快感に呑み込まれていた。智紘の長い指が執拗に内側を抉るたび、羽瑠矢の身体はおもちゃのように跳ね、自分でも聞いたことのないような無様な声が漏れた。
やがて指が引き抜かれ、ぞわぞわとした残響に身を委ねていると、熱い、脈打つ塊が秘部に押し当てられる。
羽瑠矢は智紘の瞳を見た。そこには、今まで見たこともない、狂おしいほどの情欲が灯っていた。女を抱いた後に死んだような目でやって来た、あの「空っぽの人形」はもうどこにもいなかった。
ぐ、と智紘の熱が強引に割って入ってくる。羽瑠矢は必死に深呼吸を繰り返し、その暴力的なまでの熱を全身で受け入れた。
智紘が、餌を求める雛鳥のように、何度も口付けをせがんでくる。
過去、智紘は言っていた。「セックスでの接触は最低限にしたい」という、自分勝手なその言葉。
それを思うと、目の前の男への、途方もない愛しさが溢れ出す。
羽瑠矢は優しく舌を絡ませ、智紘の荒れ狂う欲望を全身で受け止めながら、その揺れに身を任せた。
二人は一つの生き物となって、青い暗闇の中を泳ぐように揺れ続けた。
やがて快感が爆ぜた後も、ずっと抱き合ったまま、死んだように動かなかった。
互いの香りと体温の心地よさに陶酔し、どこまでも、どこまでも深い場所へ、二人で沈んでいったのだった。
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