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EP17.熟れた果実の味
燦々と降り注ぐ太陽の下、砂にまみれて遊び呆けた男たちを女子が誘い、ビーチボールが始まると、ようやく浜辺は「大学生らしい」喧騒に包まれた。海という魔法の装置は、普段よりも際どい接触を許し、男女の歓声が波音に混じって弾ける。
路央は、さっきまで友人のように語らっていた女の子たちが、男を前にして「女の顔」へと変貌していく様を、なんとも言えない複雑な心地で眺めていた。
陽が傾き、民宿の庭でバーベキューの準備が始まる。
路央は、買い出しに行く羽瑠矢に付いていき、束の間の「デート」を噛み締めた。一方の智紘は、縁側で微睡んでいる。どこまでも自由で、何一つ成さない。それでも、そこに居るだけで全てを許されてしまうのが玖我智紘という男だった。
夕闇が迫る頃、炭火で焼ける肉の香ばしい匂いがあたりに漂い始める。誰もが酒を片手に、弾む会話と熱い肉を頬張っていた。
路央もまた、絶えず笑みを浮かべていた。自分の性的指向を自覚して以来、人と深く関わることを避けてきた路央にとって、こんな風に「仲間」の中にいる時間は、図らずも智紘がもたらした奇跡のようにも思えた。
炭火の前で火の番をしていると、羽瑠矢が近寄ってきた。片手にビールの缶を持ち、酔いが回っているのかいつもより陽気だ。
「羽瑠矢くん、とうもろこし焼けてるよ」
「マジで。食べる」
二人並んで熱々のとうもろこしを齧った瞬間、「あつっ」と同時に声が漏れた。
舌先がヒリつく。羽瑠矢も情けない顔をして舌を出していた。
「火傷したね。氷で冷やそ」
羽瑠矢に手首を掴まれ、そのまま薄暗い建物の中へと連れ込まれる。外の喧騒が、遠い世界の出来事のように遮断された。
羽瑠矢は冷凍庫から氷を掴み、迷わず自分の口に放り込んだ。続けて「大きいのしかないな」と独り言ちると、路央の肩を掴んで自分の方へ向かせた。
目が合う。光を吸い込む深い瞳の中に、路央の顔が映り込んでいる。
「舌、出して」
低く、抗えない響きの囁き。路央は思考を放棄して従った。小さく唇を割り、震える舌先を晒す。
顔が近づく。羽瑠矢の冷えた舌が、路央の熱く爛れた傷口に触れた。ひんやりとした感触。溶けかかった氷が滑り込み、羽瑠矢の唾液と共に路央の口内を満たしていく。もっと、と路央が願った瞬間、あっさりと唇が離れた。
羽瑠矢は何事もなかったかのように、大きな氷塊をアイスピックで砕いている。
路央はその瞬間、歓びと怒りがない交ぜになった感情に支配された。声を上げようと口を開いた時、後ろから冷ややかな第三者音の声がした。
「なにしてんの」
キッチンの入り口に、智紘が立っていた。逃げ場を塞ぐように歩み寄り、もう一度「なにしてんの」と繰り返す。
「舌。火傷した」
羽瑠矢は平然と赤くなった舌を見せた。智紘は羽瑠矢を射抜くように見つめ、次いで路央を凝視した。付き合っていた頃の「何も映さない目」ではない。そこには、路央の知らないどろりとした熱が燻っていた。
智紘の大きな手が、路央の後頭部を鷲掴みにする。逃れられない距離。
そのまま、暴力的なほど強引に唇が重ねられた。智紘の舌が路央の口内を蹂躙し、火傷の箇所をわざと強く舐め上げる。ピリッと走る、痛みと快感。路央が目を逸らせないまま、智紘はゆっくりと顔を離した。
羽瑠矢は、その光景を満足げに眺め、微かに口角を揺らした。
智紘の視線が羽瑠矢に戻る。二人の距離がゼロになる。
磁石が惹かれ合うように唇が合わさり、互いの感触を確かめるように深く食み合った。ねっとりと絡み合う舌。智紘が羽瑠矢の火傷した舌先をつつく度、羽瑠矢の喉が小さく鳴る。
路央は、その至近距離で繰り広げられる「完成された儀式」を前に、心が凪いでいくのを感じていた。それは、あまりに美しく、あまりに排他的な、二人だけの宗教画だった。
「おーい、スイカ食べるぞ!」
外からの呼び声に、羽瑠矢は弾かれたように智紘から離れた。
「今行く!」
羽瑠矢が嵐のように去った後、沈黙がキッチンを支配する。路央も逃げ出すように智紘の横を通り抜けようとしたが、その瞬間、再び目が合った。
冷え切っているのに、奥底に消えない熾火を隠した瞳。路央は背筋が泡立つような戦慄に突き動かされ、逃げるように闇の中を駆け出した。
◇
喧騒から離れた縁側に独り腰掛け、智紘がぬるい酎ハイを啜っていると、大きなスイカの切れ端を抱えた羽瑠矢がやってきた。
「いる?」
「スイカはそんなに好きじゃない」
「もったいねー。超、熟れてて甘いのに」
隣に腰掛けた羽瑠矢は、しゃくしゃくと果肉を貪る。遠くで手持ち花火の火が付くが、その光はここまでは届かない。
羽瑠矢がわざとらしく大きな口を開け、赤い果汁を舌で舐めとった。その舌先は、先ほどの火傷のせいか、痛々しいほどに鮮やかだ。
智紘は無言で羽瑠矢の肩を引き寄せた。
驚く羽瑠矢を組み伏せるようにして、その唇を奪う。口内に溢れる冷たい果汁を啜り、未だ残る果肉を無理やり掻き出した。
唇を離し、奪った果肉を小さく咀嚼した智紘は、ひどく苦いものを口にしたような顔で吐き捨てた。
「……あっま」
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