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EP18.聖杯の氾濫、黄金の檻【R18】
長い夏休みが、陽炎のように過ぎ去った。十月に入っても居座り続ける熱気が、アスファルトをじりじりと焼き続けている。日々、肌を伝う汗に辟易しながらも、ようやく身体が「いつも通り」の退屈な日常に馴染んできた頃のことだった。
その夜、智紘は何も言わずにふらりと出かけ、日付が変わる頃に戻ってきた。
リビングで微睡んでいた羽瑠矢が目を細めて迎えようとすると、目の前に無造作にスマホの画面が突きつけられた。
視界に飛び込んできたのは、銀行の預金残高。
そこに並ぶ、数えなければ桁すら把握できない天文学的な数字に、羽瑠矢の酔いも眠気も一瞬で霧散した。
「……は、え?何これ。バグ?」
呆然と声を漏らす羽瑠矢を、智紘は面白そうに眺めている。智紘は玖我の家を追われた際、一族としての資産や特権を全て剥奪されたはずだった。だからこそ、羽瑠矢は彼を「か弱いヒモ」として、慈しみ、檻に閉じ込めているつもりでいたのだ。
「どんな犯罪に手を染めたんだよ?」
羽瑠矢が冗談めかして、けれど確かな戦慄を込めて睨むと、智紘は心外だと言わんばかりに肩を竦めた。
「去年、俺が仲間内で立ち上げた会社があっただろ。あれが予想以上の高値で売れたんだ。……いわゆる、出口戦略 ってやつ」
智紘の口から語られた事実は、羽瑠矢の想像を遥かに超えていた。智紘は放逐される前から、自身の個人的な人脈と知略を使い、玖我の資本が入らない「独立した牙城」を築いていたのだ。その事業がわずか一年で爆発的な成長を遂げ、この度、誰もが名を知る大企業への事業譲渡 が成立したという。
「株式もFXも、ポートフォリオは完璧だ。だから、安心していいよ」
智紘は、生まれて初めて見るような無邪気な笑みを浮かべ、羽瑠矢の頬に柔らかな唇を寄せた。
「たとえ羽瑠矢が就職に失敗しても、ギャンブルで大負けしても。一生、二人でこの家で暮らしていける。……この家の固定資産税も、おまえの贅沢も、俺が一生分、先に用意しておいたから」
羽瑠矢は、足元から崩れ落ちるような感覚に陥った。
大切に、大切に、自分の手の中に閉じ込めていたはずの小鳥。しかし、真に巨大な檻を設計し、自分をその中に招き入れていたのは、智紘の方だったのだ。
唯一無二の男を懐に入れたと思っていた。だが気づいた時には、外堀どころか、逃げ道すら黄金の壁で塞がれていた。
智紘が甘えるように羽瑠矢の膝の間に収まり、至近距離で視線を絡めてくる。その瞳に、かつての死んだような虚無の色は微塵もない。今の智紘の瞳は、狂おしいほどの熱を帯び、鏡のように羽瑠矢の姿だけを反射させている。
羽瑠矢は、胸の奥からせり上がる、暴力的なまでの愛おしさに支配された。
言葉など、もう必要なかった。「愛している」などという手垢のついた言葉では、この歪んだ支配と被支配の形を説明しきれない。
衝動のままに、羽瑠矢はその無防備な唇を食んだ。智紘は初心な少女さながらに頬を染め、吐息を漏らして身を捩る。その柔らかな拒絶が、かえって羽瑠矢の征服欲を極限まで煽った。
「おいで、智紘」
羽瑠矢は声を低く震わせ、彼を寝室へと誘った。
ベッドに組み伏せられた智紘は、羽瑠矢の指先が触れるたび、肌を粟立たせて反応した。羽瑠矢は獣のような本能に突き動かされ、智紘の白い首筋に、鎖骨に、脇腹に、消えない刻印を刻むように唇を這わせる。
やがて、熱源へと辿り着いた。震える先端を口に含むと、智紘が背中を反らせ、悲鳴に近い声を上げた。
「っ、ああ……っ!?」
筋の浮いた幹をざらついた舌で執拗に舐め上げ、上顎の窪みで敏感な箇所を追い詰める。手で根元を握り、口腔全体で締め付けるように刺激すると、智紘は耐えきれずに達した。
ドロリとした青臭い欲望の液体が、羽瑠矢の口内へ容赦なく叩きつけられる。
羽瑠矢がその充足感を喉で味わおうとした瞬間、肩を掴まれ、強引に体勢を入れ替えられた。
息を切らした智紘が、飢えた獣のような目で羽瑠矢を見下ろしている。
智紘が勢いよく唇を重ねてきた。羽瑠矢の口内に残る「自らの痕跡」を奪い返すように、舌が強引に侵入し、腔内を蹂躙する。
それは口付けというより、呼吸の奪い合いであり、殴り合いだった。
互いに一歩も引かず、相手の喉の奥まで舌を突き入れ、歯を立て、生々しい味を擦り合わせる。あふれ出た唾液を飲み込み、酸素を奪い合う。
ようやく顔が離れた時には、互いの唇は無惨に腫れ上がり、銀の糸がいくつも引いていた。智紘が羽瑠矢の腹に、再び熱を帯びた塊を押し付ける。
「おまえ……、復活すんの早すぎだろ」
羽瑠矢が呆れたように笑うと、智紘は不遜な笑みを湛えて言い返した。
「男として優秀だって褒めてくれよ」
智紘の手が、羽瑠矢の股間を乱暴に、けれど熟練の手つきで弄り始める。慎ましく閉じられた場所へ指が差し込まれた瞬間、羽瑠矢は通常ではあり得ない侵入の違和感に、背筋を泡立たせた。
再び重なる唇。ぴちゃぴちゃと淫らな音を立てながら、智紘は羽瑠矢の秘められた聖域を巧みに、執拗に抉り広げていく。
羽瑠矢は、湧き上がる快楽に身を任せようと自分の屹立に手を伸ばしたが、即座に智紘にその両手を押さえつけられた。
「……おとなしくしてて」
智紘の指が、羽瑠矢の胎内にある最も敏感な一点を容赦なく突く。
「あ、! おまえ、……ふざけんな……っ!」
羽瑠矢の抗議は、すぐに震える嬌声へと塗り替えられた。理性が溶け、境界線が曖昧になった頃、入口に最も欲していた熱が当てがわれる。
智紘が、とろけるような狂気を孕んだ笑みを浮かべ、耳元で毒を流し込むように囁いた。
「羽瑠矢、……俺のものだ」
瞬間、太い塊が羽瑠矢の内側を完膚なきまでに侵略した。
肺の中の空気を全て吐き出すような悲鳴と共に、羽瑠矢の屹立から白濁が噴水のように吹き出す。前を一切触っていないというのに、内側からの圧力だけで達してしまった衝撃。状況が掴めないまま、羽瑠矢はあられもない声を上げ、容赦のない律動に翻弄された。
智紘は満足げな呻きを漏らしながら、羽瑠矢の胎内の最も脆い部分を的確に抉り続けた。必死に締め付けてくる粘膜の感触を堪能し、羽瑠矢の全てを塗り潰していく。
覆い被さる智紘の項には、いくつもの汗の滴が真珠のように滲んでいた。羽瑠矢は意識が混濁しつつも、その彫刻のように美しい首筋に舌を這わせ、必死に縋り付いた。
羽瑠矢が智紘の背に爪を立て、胸元を指先でなぞると、智紘が眉を寄せて低く呻いた。限界を悟った智紘が、最後に一際乱暴に腰を叩きつけ、羽瑠矢の深淵へと自らの全てを吐き出した。
嵐が過ぎ去った後の部屋に、重い沈黙と熱気だけが沈殿していた。
羽瑠矢は息も絶え絶えになりながら、自分を押し潰すように脱力した智紘の重みを感じていた。
しばらく、二人は重なり合ったまま、互いの鼓動が同調していくのを聴いていた。
不意に、智紘が羽瑠矢の耳元でクスクスと、悪戯が成功した子供のように笑った。
「……羽瑠矢の予言。当たったね」
羽瑠矢は酸素の足りない脳で、その言葉を反芻する。
「何の話だよ」
「忘れたの? 俺が、いつかたった一人の相手にみっともなく縋るのが楽しみだって言っただろ」
桜が舞い散る季節の、傲慢な自分の言葉。羽瑠矢は苦笑し、智紘の額にそっと唇を落とした。
「それで、どうだった?」
問いかけに、羽瑠矢は少しだけ視線を彷徨わせた後、この上なく幸せな溜息をついた。
「最高に、気持ちよかったに決まってるだろ」
二人の周囲を囲う黄金の檻は、もはや誰にも侵されることのない、二人だけの神聖な聖域となった。
彼らは最期まで「愛」という安易な定義に逃げることはないだろう。ただ、お互いという名の猛毒を啜り合い、お互いという名の檻の中で、永遠に慈しみ合って生きていく。
こうして、かつて空っぽだった聖杯は、聖母の無辜の愛と、怪物の執着によって、溢れんばかりに満たされた。
【完結】
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