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小話4 聖域の管理責任

 智紘と羽瑠矢が通っていたのは、都内でも有数の進学校として知られる中高一貫の男子校だった。  多感な時期の同級生たちが異性に飢え、持て余した熱情を試験勉強や無害な趣味にぶつける中、智紘と羽瑠矢の二人だけは、学生生活において「女」という存在に困窮したことが一度もなかった。  学校の最寄りであるターミナル駅には、近隣の共学校や女子校の生徒がひしめき合っている。  高校生になった二人の日常は、朝の駅のホームで震える手から連絡先を渡され、通学路では物陰からシャッター音を浴び、放課後の校門には出待ちの女子集団が地層のように重なっている……そんな光景が「デフォルト」だった。  当時から智紘は、天性の美貌を持ちながらも女遊びの加減が致命的に下手くそだった。寄ってくる女子に片端から手を出しては凄まじい修羅場を巻き起こし、その火消しを羽瑠矢が担当する――。そんな不毛なルーチンが定期的に繰り返される。羽瑠矢はといえば、奔放すぎる親友を反面教師に、「後腐れのない」相手とだけ適度な距離で火遊びを楽しむ、老練な遊び人の片鱗を見せていた。  ある日の放課後。  二人が並んで校門を抜けると、一人の女子生徒が顔を真っ赤にして智紘を呼び止めた。もはや見飽きた、告白の儀式。智紘がいつもの軽い調子でそれを受け入れ、彼女を連れて歩き出そうとしたその時だった。 「――ちょっと待った!」  鋭い制止の声と共に、複数の制服が混在する女子集団が立ちはだかった。  羽瑠矢は反射的に「また修羅場か」と身構えたが、その予想は斜め上の方向へと裏切られる。 「智紘くんとお付き合いできるのは、我ら『見守る会』の厳正な審査を通過した者に限られます!」  彼女たちの正体は、近隣数校の女子生徒が合同で結成した『玖我智紘を見守る会』。  智紘のあまりの美しさに、日々エスカレートする盗撮やストーカー行為を危惧し、彼の周辺に「秩序」をもたらすべく発足したのだという。奔放な智紘が逆恨みで刺されるのを防ぐため、彼の交際相手は会が管理・選定するシステムらしい。  会長を名乗る女子が、手際よく智紘の「新彼女」に申込書を叩きつける。同時に、智紘には細かな文字で埋め尽くされた『業務提携契約締結書』が差し出された。  羽瑠矢が横から覗き込むと、そこには驚くべき条項が並んでいた。 『週に一度のメールマガジン発行』『二ヶ月に一度の限定チェキ会開催』『あくまで有志活動のため智紘氏への報酬は発生しないものとする』……。  想像以上に強固なリスク管理と組織体制に、羽瑠矢は思わず舌を巻いた。 「智紘くんは、神が現世に遣わした美の結晶です。その美貌は人類が守るべき宝であり、我らには彼をあらゆる危険から保護する義務があるのです!」  熱弁を振るう会員たちを前に、当の本人は「なんでもいーよ」と鼻を鳴らし、内容も読まずにさらさらと署名していく。ご丁寧に母印まで求められ、親指を朱肉で真っ赤に染めていた。 「そういうわけで羽瑠矢くん。今後は我々が智紘くんに近づく不届き者を厳重に管理します。ご安心を」  会長は力強く宣言すると、早速「会報第一号用」の撮影を開始した。どさくさに紛れて自分を撮ろうとするカメラを躱しながら、羽瑠矢は大きな溜息をついてその場を後にした。  それから半年で、『見守る会』の会員数は三百名を突破した。  定期的な会報の発行や、盛況を極めるチェキイベントなど、組織としての活動は極めてコンスタントだった。しかし、肝心のメインミッションである「智紘を守る」という機能は、一向に働いていなかった。  会員たちは必死だった。だが、守られるべき当の智紘本人が、相変わらず無秩序な女付き合いを止めなかったのだ。ルールを破った会員には除名という厳罰が下るが、彼らの「推し」であり「神」である智紘には、誰も罰を与えることができない。  羽瑠矢は最初から予見していた。神を檻に閉じ込めることなど、人間には不可能だということを。  結局、『見守る会』は内部崩壊を引き起こし、発足から一年足らずで瓦解した。  羽瑠矢が、親友の巻き起こす凄惨な修羅場を仲裁し続ける日常から解放されるのは、それからまだ数年先の話である。

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