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小話6 雲の上の天守閣【R18】

 例年より早い初雪が都心を白く覆い、年末に向けて街ゆく人々が浮き足立つ季節。  暖房の効いたリビングのソファで、羽瑠矢は食後のだらけた時間を謳歌していた。スマホの画面をスワイプし、流行りのコンテンツを上へ上へと流していく。そんな機械的な作業の中で、ふと一枚の投稿に指が止まった。  湯気の立つ茶を運んできた智紘に、羽瑠矢は画面をずいと押し付ける。 「ね、温泉! 温泉行こーよ」  画面には、高台の露天風呂から温泉街を一望する絶景が広がっている。 「温泉入って、旨い飯食べて、地酒飲んでさ。最高じゃね?」  羽瑠矢の軽い誘いに、智紘はしばらく無言で画面を眺めていたが、おもむろにスマホを取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。受話器の向こうの相手と親しげに、それでいて底冷えするような慇懃さで話す智紘。羽瑠矢が嫌な予感を覚えていると、彼は事もなげに告げた。 「明日と明後日、空いてる?」 「まあ、空けれるけど。……まさか」 「行くよ。温泉」  ◇  翌日。通勤客を横目に優雅にグリーン車に乗り込み、一時間半ほど新幹線に揺られる。朝っぱらから缶ビールを開けながら、羽瑠矢は気になっていたことを口にした。 「あの宿、今の時期はすごい人気だろ。よく取れたな」 「ああ、あそこのオーナーには会ったことがあるから」  「お願い」したら、ちょうどキャンセルが出た部屋を押さえてくれたと言う智紘の口角は冷たく上がっている。悪びれもせず、捨てたはずの家の威光を「道具」として振りかざす。その潔いまでの傲慢さに、羽瑠矢は呆れつつも笑みを零した。車窓の外では、冠雪を頂いた富士の峰が遠ざかっていく。  新幹線を下車し、用意されていたハイヤーに乗り換える。山道に入り、路傍の雪が目立ち始めた頃、一行は高台に佇む宿に到着した。  女将に案内されたのは、最上階の特別室。豪奢な扉を潜った先には、圧巻の光景が待っていた。一面ガラス張りの向こう、眼下に一望するのは山間の温泉街。清流沿いに等間隔に並ぶ優しい橙の灯、そして天空に浮いているかのような露天風呂の静謐さ。  言葉を失い、眼前の夢のような光景を堪能している羽瑠矢の隣で、カシュ、と小さな音が響く。見ると、智紘が早速缶ビールを開けていた。その横顔には、満足げな微かな笑みが浮かんでいる。 「ずるい、俺のは?」 「さっき飲んでただろ」  二人は早々に服を脱ぎ散らかして温泉を堪能し、日が落ちた後は、地元ブランド牛の濃厚な脂と地酒の旨味に舌鼓を打った。  ◇  食後。浴衣姿で寛ぐ智紘の前に、防寒装備を万全にした羽瑠矢がニヤリと笑って現れた。 「智紘、着替えて。街に降りよう」  半ば強制的に下界へ連れ出された智紘を伴い、オレンジ色の街灯が照らす川沿いの道を肩を寄せて歩く。夜の温泉街は、冷たい風に混じって、どこからか肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、鼻の奥がつんとした。  羽瑠矢はおもむろに路地裏に入ると、一軒の店の前で足を止めた。薄ぼやけた看板が光るそこは、どうやら場末の小さなスナックらしい。 「こういう地元の店を冒険するのが、旅の醍醐味だろ」  羽瑠矢はそう言って、営業しているかもわからない店の扉を勇ましく開けて中に入った。  瞬間、店内を満たしていた倦怠感は一気に吹き飛んだ。数人の中年客が「芸能人か?」と色めき立つ。羽瑠矢は持ち前の社交力で瞬時に輪に溶け込み、店はあっという間に祭りのような騒ぎになった。ママが秘蔵の酒を振る舞い、カラオケでは昭和のヒット曲が飛び交う。羽瑠矢がマイクを持って輪の中心で楽しそうにしているのを肴に、智紘は美味い酒を堪能した。  やがて羽瑠矢の隣に、一人の女が陣取った。この世の酸いも甘いも知り尽くした風の熟女である。彼女は「顔ちっちゃい」「肌キレー」と一通り羽瑠矢をちやほやした後、マイクを持たせて一曲誘った。流れ出したのは、男女の燃え上がる愛を唄った昭和のデュエット曲。  羽瑠矢がしっとりと歌い上げる度、女は潤んだ瞳で彼に身を寄せる。その扱いを熟知している羽瑠矢の余裕が、さらに場を盛り上げた。  曲の終盤、最後の一節を歌い切った瞬間だ。女が感極まったように羽瑠矢の首に腕を回し、目を閉じた。「やっちまえ!」と野次が飛ぶ。羽瑠矢が苦笑しながら顔を寄せた、その時だった。  横から伸びてきた智紘の手がふたりの間に割り込み、そのまま顔を近づけ女の唇を塞いだ。真っ赤な口紅がこってりと乗った、見知らぬ女の唇。  店内が悲鳴のような歓声に包まれる中、智紘は口の端を紅で汚したまま、羽瑠矢の腕を強く引いた。 「帰るよ」  ◇  宿の部屋に戻った途端、智紘がふらついて崩れ落ちた。どうやら相当に回っているらしい。羽瑠矢よりも酒に強いはずの彼が、これほどまでに酔いに抗えない姿を見せるのは珍しかった。  布団へ誘い、服を寛げてやると、智紘は安堵したように目を閉じた。その唇には、まだ毒々しい赤色がこびり付いている。  羽瑠矢は突然、目の前の男を徹底的に愛したくてたまらなくなった。  ティッシュを濡らし、丁寧に智紘の口端を拭う。そのまま、形の良いその唇に吸い付いた。智紘が目を白黒させて、微かな抵抗を見せる。 「ごめん、マジで、今は無理……」 「いつも俺がそう言っても、おまえ、止めないじゃん」  逃がさない。  羽瑠矢は容赦なく智紘の服を剥き、熱を帯びた肌に直接触れた。敏感な場所を、柔らかな唇とざらついた舌で徹底的に攻め立てる。普段の「お返し」とばかりに、指先で執拗に弱点を甘やかしていくと、智紘は為す術もなく、耐え切れない艶やかな吐息を漏らした。  やがて、受け入れる準備ができたと言わんばかりに、秘部が吸い付くような熱を帯びる。羽瑠矢は満を持して、自身の昂ぶりを突き立てた。  ゆっくりと腰を進めるたび、智紘の未だ柔らかいままの先端から、白濁が壊れた蛇口のように溢れ出す。  あまりの快感に生理的な涙を流す智紘を見下ろし、羽瑠矢のボルテージは最高潮に達した。 「おまえ、可愛すぎ」  遠慮は捨てた。羽瑠矢は夢中で腰を振り、奥の奥まで叩きつける。掠れた悲鳴と揺れる身体を堪能する。  チェックアウトの時間まで、二人は最高の温泉と、愛おしくてたまらない互いの身体を、心ゆくまで貪り続けたのだった。

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