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新しい部屋。
俺と嵐は同居している。高校時代に仲良くなって、同じ大学に進学することをきっかけにルームシェアを始めた。
俺の生活に嵐がいるのは変わらない日常の一部で、当たり前だった。決して広いとは言えない部屋で二人で生活していた。大学生から社会人になっても同居は続いていて、社会人を機に引っ越す、ということもなく、二人では少し手狭な部屋で数年暮らしていた。
お互いに生活リズムは近いようで遠く、でも毎日の生活は自然と重なっていた。だが俺たちは恋人同士、というわけでもなく、ただ単に気の合う友人同士だった。
大概、朝は俺の方が早く、そして帰りも俺が遅かった。朝ご飯は俺が用意し、晩ご飯は嵐が用意した。掃除や洗濯、風呂掃除などは分担して、二人で協力しながら生活を送ってきた。
嵐は、俺に「いってらっしゃい」も「おかえり」もくれた。俺はきっと多分、それが心地よくて好きだったんだと思う。
ある日、それは何の前触れもなく、嵐によって提案された。
「そろそろ別に住むか」
その日は週末で、お互いすることもなくただただリビングでのんびりと、嵐の淹れてくれたコーヒーを飲みながら過ごしていた時だった。
突然の提案に俺はただただ驚くことしかできなかった。
「嵐がそう望むなら」
震える手を隠しながら、そう答える。
それ以上深い話はしないし、俺は引き止めることもしなかった。否、出来なかったのかもしれない。
理由を聞くのが、怖くて。
そこからトントンと話は決まっていき、お互いに引っ越しの日が決まり、準備が進んでいく。
部屋に段ボールは増えていくものの、生活は何も変わらない。
いつものように「いってきます」と「おやすみ」を何度も繰り返していくだけだった。
あっという間に、二人で過ごす最後の夜がやってきた。お互いに特別最後という感覚もなく、いつも通り過ごしていく。
ただ、その日の挨拶だけが、いつもと違っていた。
嵐が先に家を出ていく、珍しく俺が見送る側だった。
「それじゃ、俺もう行くな」
「うん、元気でな」
「そんな寂しそうな顔すんなって、別に今生の別れってわけじゃないんだから。会おうと思えばいつでも会える距離なんだから」
「そうだな」
「またな」
「うん、また」
嵐は笑顔で手を振って出て行った。なんでもないような、いつも通り出かけて行くみたいに、出て行った。また会えるけど、毎日会えるわけではなくなる。
程なくして、俺も二人で過ごした部屋を後にした。
なんとも言えないような気持ちだけが胸に残ったまま、すっきりしない気持ちのまま、一人新しい部屋へと向かって行った。
嵐と別々に暮らすようになって数日、俺はいつも通り少しの残業をして一人帰路に着く。見慣れた道とは違う景色を眺めながら帰る。新しい景色に慣れるには、まだ少しかかりそうだ。
鍵を挿し込むことすら慣れなくて、少し苦戦しながらドアを開けた。
「ただいま」
誰もいなく暗い、がらんとした廊下に声だけが響き、何も返ってくることはない。一人だと部屋はこんなにも暗くてひんやりとしているのか。
嵐のいる部屋はいつだって明るくて暖かかった。でもそれはきっと嵐が俺のためにしてくれていたことなんだと思う。
失ってから気付く、というのはまさにこのことなのかもしれない。この静けさの中でようやく気が付いた。
恋人ではなかった。でも一緒に住んで、同じ家に帰って、「いってらっしゃい」と「おかえり」を言い合う存在だった。
そんな関係が好きだった。でももう言ってくれる人は、いない。
その事実だけが胸に刺さった。
返事がない、それがもう戻ってこないものなんだとわかるまで、少しかかった。
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稲森嵐(いなもり らん)
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相田睦月(あいだ むつき)
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