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第二章:深まる絆と葛藤

 あの雨の日を境に、友則さんの来店頻度が少し増えた気がする。週に四回は顔を見せてくれるようになった。  僕としては嬉しいけれど、母さんはすぐに気づいてからかってくる。 「拓海、あの友則さんって人、最近よく来るわね」  朝の仕込みを手伝いながらそう言われ、僕は慌てて首を振った。 「彼は、ただの常連さんだってば!」  でも、本当はバレバレだ。友則さんのことが、気になって仕方ない。あの寂しげな目、優しい声、傷ついた心。全部ひっくるめて、僕が守りたいと思ってしまう。  次の来店日、彼はいつものようにカウンターに座った。僕は日替わり定食を運びながら、自然にその隣に腰を下ろす。 「今日もお疲れさまでした。仕事、大変ですか?」  ネクタイを緩めながら、彼は少し照れたように笑った。 「まあね。月末締めでいつもより忙しいよ。でも、ここに来るとほっとするんだ。拓海くんの笑顔のおかげかな」  冗談めかしてるけれど、目は本気で優しい。28歳の大人なのに、そんなこと言うなんて反則だ。胸の鼓動が、また一段と早くなる。  会話が途切れた瞬間、僕は思い出したように口を開いた。 「あの、週末に紅葉を見に行きませんか? 近くの公園、今が見ごろなんです。僕、友則さん好みのお弁当を作りますから」 「いいの? 俺みたいな年上と一緒で、退屈じゃない?」 「退屈なわけないですって。むしろ、楽しみです」  僕の勢いに押されて、彼はふっと笑った。年下の僕がリードしている――その感覚が少し誇らしい。  日曜の午後。秋の陽射しはやわらかくて、公園の木々は赤や橙に染まり、風が吹くたびに光をまとった落ち葉がひらひらと舞った。  カジュアルなシャツ姿の友則さんは、仕事の顔とは別人みたいに穏やかで、少し若く見える。 「わあ……これ、全部拓海くんが作ったの?」  ベンチに弁当を広げると、彼が目を丸くする。その表情を見るだけで、胸の奥がじんわり温かくなった。  2人で弁当をつつきながら話していると、不意に彼が遠くを見るような目をした。 「この前、元カレから結婚式の前撮りの写真がスマホに送られてきてさ。笑ってるのに……どこか冷たくて。それを見た瞬間、胸が痛んだんだ」  友則さんは、僕より5歳以上も年上。その分だけ、大人の痛みを知っている。僕よりずっと多く傷ついてきただろう。  そっと箸を置き、僕は勇気を出して彼の手を包んだ。 「もう、そんな人のこと考えなくていいですよ。今日くらい……僕といる時間だけ見てください」  触れ合った指先に、確かな温度を感じた。その微かな反応が、胸の奥をひどく甘くする。  その瞬間、木陰の空気がふわりと揺れた。周りに人の気配がないことを確かめて、僕はゆっくり彼の方へ顔を寄せる。  唇が触れる瞬間、世界が静かに止まった。前のときより深く、長く。そっと触れただけなのに、心の奥まで熱が走った。 「……拓海くん、外だよ。ここ」  照れたように俯く友則さんの頬が、ほんのり赤い。その表情が愛しくて、胸の奥がきゅっと鳴った。  そのあとも紅葉の道を並んで歩き、落ち葉の形を比べたり、ベンチで肩を寄せてみたり。ただそれだけなのに恋人みたいで、夢みたいで、胸がいっぱいになった。  でも時折ふっと曇る彼の視線が、過去の影をまだ連れていることを教えていた。  傷が完全に癒えるには、時間がいる──それを思うと、友則さんをぎゅっと抱きしめたくなる。  その夜、ベッドに沈み込みながら、僕は何度も今日の光景を思い返した。  風に舞う紅葉。  木陰で触れた唇。  呼んでくれた僕の名前。  そして、触れた手のひらに残った熱。  思い返すたびに胸がじんわり熱くなるのに、どこか不安が滲む。  僕はまだ22歳で彼は28歳。この差は、嬉しいだけじゃない。  彼は大人で深い傷を抱えていて、僕の知らない世界やまだ届かない景色も、きっといくつも見てきただろう。それでも――。  もっと近づきたい。  もっと癒したい。  もっと笑ってほしい。  願いが募るほど、恋の形がくっきりしていくのが自分でもわかる。そして同時に、それが“背伸び”なんじゃないかと怖くもなる。  翌週、食堂で仕込みをしていると、母さんが僕の顔を覗き込んだ。 「最近あんた、顔つき変わってきたわよ。……友則さん、年上だけど優しそうね」 「ま、またそういうこと言う……!」  からかう声に真っ赤になりながら、胸の奥がざわつく。  年上──その一言が、嬉しくて、苦しくて、でも誇らしかった。  公園での彼の微笑みが蘇り、もう隠しようもなく胸が高鳴った。

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