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番外編 張り切りすぎた社会人一年目のクリスマス
十二月二十四日。ネクタイを締め直す手が、いつもより落ち着かない。
〈はなれ亭〉を継ぐ前に、社会人の経験をしておきなさい――そう母さんに言われて、一般企業に就職した。
(……社会人になって、最初のクリスマスだ)
去年は、友則さんに連れていってもらった。ホテルの静かな部屋、夜景、ワイン。“大人のクリスマス”を、ただ受け取る側だった。
でも今年は違う。
(今年は……僕が――)
コートのポケットの中で、予約確認の紙と小さな箱が擦れる。背伸びして選んだレストラン。給料明細とにらめっこしながら、何日も悩んで決めたプレゼント。
張り切りすぎだって、自分でも分かってる。それでも社会人一年目で、恋人として迎える初めてのクリスマスだ。
「……よし」
小さく気合を入れて、駅へ向かう。
待ち合わせ場所に現れた友則さんは、相変わらず落ち着いていた。その余裕が少し眩しい。
「拓海くん、お疲れさま」
「友則さんも」
それだけで、胸の力がふっと抜ける。
「今日は、僕がエスコートします」
「……珍しいな」
少し驚いたように笑う、その表情がずるい。
「社会人一年目の意地です」
「ふふ……じゃあ、楽しみにしてる」
レストランでは、緊張しすぎてメニューを噛みそうになった。でも友則さんは急かさない。ただ、ゆっくり話を聞いてくれる。
「仕事はどう?」
「正直……大変です。でも」
「でも?」
「帰る場所があると思うと、頑張れます」
言ってから、恥ずかしくなって視線を落とす。グラスを置く音がして、静かな声が返ってきた。
「……俺もだよ」
告げられた友則さんの言葉で、胸の奥にじんわりと熱が広がる。
食事のあと、イルミネーションが点灯する夜の街を並んで歩く。
「友則さん、これ」
思いきって小さな箱を、友則さんの前に差し出す。
「クリスマスプレゼントです!」
「……ありがとう」
開ける前に、ふと視線が重なった。
「無理、してない?」
「してません……ちょっとだけ頑張りました」
箱の中を見て、友則さんが一瞬息を呑む。
「ネクタイピン……拓海くんらしい」
「そうですか?」
「うん。実用的で、でもちゃんと気持ちがこもってる」
その言葉が、何よりの報酬だった。
「じゃあ、今度は俺」
友則さんから差し出された小さな袋を、両手で受け取った。
「え、僕も?」
「当たり前だろ」
中に入っていたのは、シンプルな革小物。それは長く使えそうな、大人びた色だった。
「……これ」
「社会人一年目、よく頑張った記念」
喉がきゅっと鳴る。
「まだ一年目なのに……」
「それでも」
友則さんは、柔らかく笑った。
「学生の頃とは違う。ちゃんと、大人になってきてる」
帰り道、自然と手を繋ぐ。去年より指の絡め方は慣れているのに、心臓の音はまだうるさい。
「拓海くん、張り切ってくれて嬉しかったよ」
「空回り、してませんでした?」
「してない。むしろ……」
少し間を置いて。
「頼もしかった」
その一言で、胸がいっぱいになる。
玄関前で立ち止まり、ふたりの白い息が混ざる。
「メリークリスマス、拓海くん」
「メリークリスマス、友則さん」
額に落とされた、軽いキス。
(まだ一年目だ。でも――)
隣にいる人を大事にしたい気持ちだけは、もう十分に“大人”だ。
そんなクリスマスだった。🎄
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