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番外編 次のクリスマス――写真を撮る場所が変わる瞬間📸

 社会人一年目は、想像以上に仕事が慌ただしかった。覚えることも、気を張る時間も多くて、気づけばクリスマスイブはもう目前だった。だけど二年目は違う。昨年よりも、ちょっとだけ余裕があった。 「拓海くんお疲れ。無理してない?」  待ち合わせ場所で声をかけられて、振り向くと友則さんが立っていた。去年と同じコートなのに、なぜか今年は違って見える。それはたぶん、僕の立ち位置が少し変わったからだ。 「大丈夫です。今日は楽しみにしてたから」 「……よかった。今年は俺がエスコートするよ」  そう言って、少し照れたように笑う。  連れて来られたのは、街を見下ろす小さな展望スペースだった。観光地というほど派手じゃないけれど、夜景がきれいで人も少ない。 「ここ、会社の人に教えてもらったんですか?」 「いや……前から知ってた。ただ、君と来るのは初めて」  風が冷たくて、自然と肩が触れ合う。こうして並んでいると、去年のクリスマスを思い出す。友則さんをレストランに連れて行くのが精一杯だった。  夜景をぼんやり眺めていたら、友則さんがポケットからスマホを取り出す。 「拓海くん」 「はい?」  一瞬、迷うような間。 「……写真、撮ってもいい?」  胸が、きゅっと鳴った。 「ここで、ですか?」 「うん。外だけど……嫌ならやめる」  去年なら、即答で「ホテルに戻ってからにしよう」と言っていたはずだ。でも今は違う。  僕は少し考えてから、正直に言った。 「……嬉しいです。ここで撮っても」  その瞬間、友則さんの表情がはっきりと柔らいだ。 「ありがとう」  並んで立ち、夜景を背にする。距離は近いけれど、くっつきすぎない。大人同士の、慎重な間合いだ。 「はい、撮るよ」  カメラを向けられて、少し緊張する。でも――。 「……拓海くん、こっち」  そう言って、友則さんが自然に肩を抱いた。そしてシャッター音。たった一枚だけの写真撮影。  画面を覗くと、そこには去年より少し落ち着いた僕と、どこか誇らしそうな友則さんが並んでいた。 「……これ、職場ではまだ無理ですね」 「うん。でも」  友則さんは、画面を消さずに言った。 「隠すための写真じゃなくなった気がする」  その言葉が、胸に静かに染み込む。 「いつか堂々と並べる前の……途中の一枚って感じだな」 「途中、ですか」 「そう。ちゃんと“今”を生きてる証拠」  夜景の光が、レンズの中で滲んでいた。  去年は、誰にも見せないために撮った写真。今年はまだ見せないけど、外で撮った写真。それだけの違いなのに、未来がぐっと近づいた気がした。 「……来年は、どこで撮りましょうか」 「さてね。でも」  友則さんは、少しだけ照れた笑顔で言った。 「きっと、もっと明るい場所だ」  冷たい夜風の中で僕はその言葉を、何度も胸の中で反芻していた。 ***  帰宅して、コートを脱ぎながらスマホを取り出した。ベッドに腰を下ろして、さっき撮った写真をもう一度開く。  夜景を背にした二人。肩に手を回した俺と、少し緊張した顔の拓海くん。 「……いい顔してるな」  独り言が、部屋に落ちる。無意識のまま保存先を選ぼうとして、指が止まった。  今まで、この手の写真は決まってここだった。  「非公開」  「個人」  「見られたら困るもの」  フォルダ名を見ただけで、胸の奥が少しだけ痛む。 (……いつまで、そう呼ぶんだ)  写真は変わっていない。でも、撮った場所はもう「誰にも見せない部屋」じゃなかった。  少し迷ってから、新しくフォルダを作る。  ――名前を入力する欄。  「拓海」……いや違う。削除。  「大切な人」それも、なんだか気恥ずかしい。  結局、しばらく考えてから打ったのは、こんな名前だった。  「今」  過去でも、未来でもなく。ただ今の俺たち。保存を押したあと、もう一度写真を見る。 「……ちゃんと、進んでるよな」  誰に言うでもなく、そう呟いた。  スマホを伏せると、部屋の静けさが前より少しだけあたたかく感じられた。  それから、いくつもの季節が過ぎた。拓海くんは社会人三年目になり、俺は相変わらず忙しくて、喧嘩もすれ違いも、正直ゼロじゃなかった。  でも――「一緒に帰る場所」だけは、なくならなかった。  ある日、デスクの整理をしていたときのことだ。 「花沢さん、机きれいですね」 「そう? まあ、最低限だけど……」  後輩にそう言われながら、引き出しを開ける。その奥に、ずっと入れっぱなしだった小さな写真立てがあった。  中に入っているのは昨年のクリスマス、昼間の公園で撮った一枚。陽の光の中で、並んで笑っている俺たち。  ――外で撮った、隠す理由のない写真。  ふと、思う。 (……もう、いいんじゃないか)  誰に見せるためでもない。説明する必要も今はない。ただ、ここに置きたい。  素直にそう思った。迷うことなく写真立てを、そっとデスクの端に置く。派手じゃない。恋人だと分かる人も、分からない人もいるだろう。  でも、それでいい。 「……あ」  通りがかった同僚が、ちらっと視線を向ける。 「それ、花沢さんの?」 「うん。大事な人」  一瞬の沈黙。それから、 「へえ、いい写真ですね」  それだけ言って去っていった。胸の奥が、じんわりと温かくなる。  その夜、帰宅してから拓海くんに写真を送った。 【今日、職場のデスクに置いた】  すぐに返信が来る。 【え? それ見せていいやつですか? というか、ちょっと照れます】  慌てふためいたことを示すメッセージに、思わず笑ってしまう。 【もう隠す写真じゃない。積み重ねた年数分、自信ついたんだ】  少し間を置いて、返事がくる。 【……じゃあ来年は、もっと堂々と撮りましょう!】  画面を見つめながら、静かに息を吐いた。  最初は、隠すために撮った写真だった。次は、迷いながら保存した写真だった。そして今は、日常の中に置ける写真になった。  積み重ねたのは、派手な出来事じゃない。ただ一緒に過ごした、静かで確かな時間だけ。  それで十分だと、ようやく胸を張って言えるようになった。

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