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第五夜 与えられた熱、不完全な服従欲
灯緒は母屋の中心にある寝室の前に立つ。
心の緊張でつま先が冷えている。湯あみを終えたばかりだというのに。
「入れ」
先に寝室で待っていたのか、鬼禪の声が室内から響いた。
――また、今朝のようなことをされるんだろうか。
震える手をもう一方の手で包んでから、灯緒は襖に手をかけた。
「ここへ」
部屋の中には、優しい香りが漂っていた。
その向こうで鬼禪が壁にもたれている。
片膝を立て、その膝に掛けていた腕を伸ばす。
風を巻き起こして自分を強引に引きずりこんでもよさそうなのに、鬼禪はそうしなかった。
固い唾液を飲み込み、灯緒は一歩、寝室へと入る。
「あの、僕は、なにを……すれば」
一歩、二歩目と入ると、灯緒の足取りが不安で止まる。
その不安を誤魔化そうと、俯きながらやるべきことを問うた。
「恐れるな」
ぎし、と古い畳の軋む音がして、灯緒は一歩後ずさった。
緊張からみぞおちが寒い。
ぎし、ぎし。
ゆっくりと鬼禪が近づく気配より先に、なんとか彼の元へ行かなければ。
灯緒はきつく瞼を閉じながら、勇気を練っていた。
「触れろ」
足音が止まると、灯緒の視線の先に大きな手のひらが伸びてくる。
意味が分からず、顔を上げて意図を窺う。
「命ぜられたいのか?」
「ふ、触れろというのは、命令ではないのですか」
言葉を詰まらせながら疑問を投げると、鬼禪は自身の顎を撫でる。
そしてもう一度手を指し伸ばすと、命じた。
「この手を取れ、灯緒」
――ドクン。
身体の中心に熱が湧き、喉がうずく。
気がつくと灯緒は鬼禪に言われるまま、その手を取っていた。
「服従させられる方が好みのようだな」
「え、あ?」
引かれる腕、駆けだす心拍。
動揺している灯緒を抱きしめる、主。
「恐れるな。そして休め」
鬼禪は低い声で、穏やかな心拍で、そう伝えた。
張りつめていた灯緒の緊張の糸が、たゆんでいく。
「なんでもします……」
力の抜けた緊張が、最後の主張を始めている。
鬼禪はその灯緒の後頭部を、手のひらで包んだ。
「なにも、拒みません……口づけも、なんでもします、だから……」
鬼禪は灯緒の唇の動きを親指で止めると、凛とした瞳のまま言った。
「言っただろう。休め、灯緒」
また身体が熱くなる――。
足元から崩れ、灯緒は意識を手放した。
◆
とく、とく。
優しい音が、灯緒の耳に触れている。
薄く瞼を開くと、胸板に頭を乗せて眠っていた。
風が朝の香りを引き連れている。
けれどまだ日は昇っていない。
――温かい。母上みたいに……。
完全に目を覚ますのを、灯緒は無意識で拒んでいた。
それでも、灯緒の意識に気が付いた優しい手のひらが、彼を現実へと引き戻す。
後頭部に優しく重なっていた手のひらは、ゆっくり灯緒の頭を撫でた。
「朝と呼ぶには暗いぞ」
「!」
低い声が耳に届き、灯緒は完全に目を覚ました。
「急いて起きるな。まだこうしていろ」
飛び起きようとした灯緒を、ぐるりと布団に押し倒す。
赤い髪がはらりと滑り落ちてきた。
「き、ぜん……さま」
灯緒を見つめるその眼差しと、表情が。まるでずっと火の玉が照らしているかのように、ハッキリと分かる。
「昨夜の言葉が偽りでないなら、朝が来るまでこの俺を受け入れろ」
赤い眼に光が灯り始める。まるで火花のようだ。
――確かに、この鬼は強引だけど……。
なぜこの鬼に逆らう気が起きないのか、灯緒はまだ答えが出せていない。
なのに、まるで灯緒の心にもその火花が移ったように、目が離せなくて。
「新たな契約の時間だ」
――新たな、契約……? ああ、そうだ。燈赫を守ってくれるという……。
鬼禪の唇が吸い付くのは、また自分の唇だと思っていたのに、触れられたのは灯緒の鎖骨下。
「っ、ぁ……」
吸い付いたあとに軽く噛まれて、声が漏れてしまう。
羞恥から顔を覆うと、すぐに鬼禪によって暴かれた。
「さて、次はその期待に濡れた唇をもらおう」
鬼禪は新たに浮かんだ印を撫でてから、灯緒の耳元へ唇を寄せた。
手のひらが首筋を逆なでし、思わず逃げたくなる。
そして灯緒が逸らした顔を、鬼禪が捕らえた。
「朝日が昇るころ、契約は成る」
唇が繰り返し、角度を変えて重なる。
何度も触れて離れて……満足したのか、できないのか。今度は灯緒の唇を割り、口内に侵入する。
顎を固定されているから、息が苦しくても逃げ場がない。
「は……ん……ぁ、んぅ」
鬼禪の胸板を押してみたが、やはりびくともしなかった。
口の中を舌でかき回し、絡め取るように灯緒の舌を吸い上げる。
そしてようやく、唇が離れた。
胸板が上下し、呼吸が乱れる灯緒の息が整うのを、鬼禪は待つ。
その彼には、自分に全くない余裕があった。
前髪を払い、そのまま輪郭をなぞるように指が灯緒の身体をすべっていく。
敏感になっているのか、思わず仰け反ってしまった。
「ひっ、あ……ぅあっ」
鬼禪の指先は迷うように灯緒の腹をくすぐる。
反応を楽しんでいるのか、彼の呼吸も少し早くなっているようだった。
灯緒の下腹から、薄く割れた腹筋をなぞり、脇腹を滑るとつま先で胸板の先端をくすぐる。
「ん、ぁ!?」
「良い反応だ」
まだ誰にも触れられたことのない、小さな、小さな先端。
鬼禪は楽し気に胸全体を弄んでから、顔を寄せて優しく吸い付いた。
舌先で先端を転がし、甘噛みする。
「鬼禪、さま……っ、あぁっ」
空いた両手は灯緒の背に回ると、ゆっくりと下半身へとすべっていく。
身をよじっていた灯緒によって、裾も上がっていたので簡単に肌へ到達できた。
鬼禪の股間が、灯緒の太ももに押し当てられる。
胸元から鬼禪の顔が離れると、足を持ち上げられて灯緒の股間に、熱を押し当てられた。
「は、ぁ……」
その時、襖の隙間から日が差してくる――。
「ふ。続きは夜だな」
「……え……?」
鬼禪は灯緒の乱れた着物を整え、鎖骨を撫でてから続ける。
「朝だ。契約も成立した」
「え、その……でも、まだ……」
「なんだ、期待していたか?」
「い、いえ!?」
挑発の言葉に驚き、声がひっくり返ると、鬼禪は優しい眼差しで、再び灯緒の唇を撫でた。
「俺も学んだのだ。やみくもに進めるものではないとな」
鬼禪は自身の着物を整え、放ってあった羽織を着ると、寝室を出て行く。
「……ほんとに、朝になってやめてくれた……」
なのに、鬼禪に触れられた場所ひとつひとつが疼いている。
もっと確信まで触れられたい。
まだ足りない。
どうにか熱を逃がそうと起き上がるが、自分の慰め方を、灯緒はまだ知らなかった。
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