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二章『第七話 当主と先祖返り①』
場が落ち着いたのを見計らって、俺はまず、今も気絶したまま横たわっている人たちの容態を確認した。
皆、複数の切り傷と打撲の痕があり、風を操る彼のオーバーヒートに巻き込まれたのだろう事はすぐに分かったけど。全員意識はないものの、然程重傷の人間もいなかったようで、ほっとする。
それから、荒れた教室を片付けた後。俺は、この状態を起こした当事者である、彼の前へと立ち直った。
「さて、と。……気分は落ち着いた?」
俺がそう声を掛けると、空の隣で待ってもらっていた彼が、静かにはい、と顔を上げた。
改めて彼を見て、ドキリとする。女の子と言われても違和感のない綺麗な顔と、少し珍しい、銀色の髪。その髪が、さらりと彼の動きに合わせ、静かに揺れる。
その前髪から覗いた黄金色の瞳が、ひどく真っ直ぐで。だから俺は、ああ、きっとこの子は大丈夫だと、心配の念もすぐに消える。
「それじゃあ、改めて。初めまして。俺は千草、空の兄です。琥珀くん、……でいいのかな」
そう言いながら笑いかけると、何故か驚いた様子で琥珀くんの目が見開かれた。驚く、というよりもそれは、なんというか面食らったみたいな表情で、俺の方も驚いてしまう。
俺、何か変なこと言ったかな?そう思い内心首を傾げたけれど、今は状況確認が先かと、話を続ける。
「えっと、こっちの人は瑠璃さん。気付いてるとは思うけど、俺たちは取締機関に所属しています」
簡潔に自己紹介をしながら、静かに頷く彼を見つめ、本題へと入る。
「それで、早速で悪いんだけど。言える範囲で構わないから、この場所で何が起こったのか聞かせてくれないかな」
暴走直後だから、本当なら然るべきところに連れて行って、休ませてあげたい所だけれど。状況が状況なだけに、このまま見過ごすことはできない。
申し訳ないと思いつつそう尋ねれば、琥珀くんは少しだけ目線をうろ、と彷徨わせた。
「あ……え、っと……」
何か戸惑っているような、迷っているような。そんな様子の彼に、やっぱり突然だと困惑するよな、と思う。
「琥珀」
そんな時、琥珀くんの隣で、空が彼の名前を呼んだ。それに促されるよう、視線を空へと移すと……空は、静かに一度頷いた。
「大丈夫だ。……ありのままの事を話したらいい」
大丈夫だからと、そう薄っすら笑みを浮かべて言い切る空の言葉に、琥珀くんもだが、俺もぱちくりと目を瞬かせる。
珍しい。あの空が、表情筋が滅多に動かない空が、笑ってる……!
それほど仲の良い友達なんだな、と嬉しく思いながらも、心配するなといった空の空気には、少し違和感を覚えたけれど。俺が何かを言う前に、琥珀くんが得心した様子でそうだなと零したから、視線を琥珀くんへと戻した。
「空のお兄さんだもんな。今更か」
「そうだ、俺の兄貴だぞ。今更だ」
「……なんか、含みのある言い方なんだけど……なにそれ?」
どういう意味?それ……。二人が口をそろえてそう言うものだから、首を傾げるも。琥珀くんはくすりと笑って、「こっちの話です」としか言ってくれなくて、益々訳が分からない。
そんな中、琥珀くんは決心したように、分かりましたと俺へと向き直った。
「それじゃあお話しします。……千草さん、瑠璃さん。改めて……助けてくれてありがとうございました」
その笑顔は、年相応のあどけないもので。さっきまでの殺伐とした空気は、今、微塵も感じない。
それがなんだか嬉しくて、俺はただ、静かに笑って頷いた。
「それじゃあ話しますが……」
そう前置きした琥珀くんは、ちら、と応急手当を施した彼らへと視線を落とす。
そうして、続けられた言葉に、俺は目を丸くした。
「その、そこで伸びてる人たちですが……動けないように縛った方がいい気がします。多分、ドラゴン贔屓の過激派連中だろうから」
「……え?」
ひどく淡々とした、けれど確定的に告げられたその言葉。その言葉に、ざわりと胸がざわつく。
「それは……どうして、そう思うんだい」
それは、彼らが過激派であると、そう琥珀くんが断じることができたことを……ここで、琥珀くんがされたという事だろうか。
ぐ、と眉間に皺を寄せ、琥珀くんに問いかけると……何故か彼は、またも淡白な声で、ああいや、と零した。
「どうして、というか……。その人たちのしてた会話が、普段よく聞く類のものだったから、というか。……正直、こういう連中に狙われるの、少なくないんです」
まぁ、流石に学校内でっていうのは今回が初めてだったけど。
そう零す琥珀くんは、それでもやはりあまり感情を表に出すことはなく、ただ粛々と事実を述べているようにしか見えなくて。俺は動揺してしまう。
「それ、って、どういう……」
「副長」
瞬間、俺の言葉に被せるよう、瑠璃さんが俺を呼んだ。その声に促され、隣を見れば、瑠璃さんは静かな目で俺を見下ろしていた。
「瑠璃さん……?」
思えば、久し振りに彼の声を聴いた気がする。そんな彼を見上げると、瑠璃さんは何かを言いたげな目で、黙って俺を見ていたけれど……最後には、重い口を開いた。
「……今は、彼の言う通りにしましょう」
「え」
そう、俺を窺うように見る瑠璃さんに、驚いて思わず声が漏れる。
瑠璃さん、なんで……。その言葉と表情に、ほんの少しだけ違和感を覚えたけれど。そこはそれ。訳は分からないけど、瑠璃さんが意味のないことを言うわけはないって知ってるから。少し逡巡してから、俺は頷いた。
「……分かりました。瑠璃さん、お願いします」
そう俺が言うと、瑠璃さんはその言葉を合図に懐へと手を忍ばせた。
「早急に済ませます」
瞬間、じゃらりと金属の擦れる音が耳に届く。瑠璃さんの長いコートから出てきたのは――長く重厚な鎖の付いた鎌。その様に、すぐ傍で息をのんだ音が聞こえた。
「っえ、は……っ⁉︎」
そうだよな、驚くよな……。そう思いながら、息をのんだ二人を尻目に、瑠璃さんへと視線を移す。
けれど、瑠璃さんは特に気にした様子もなく、冷静な様子で口を開いた。
「安心しろ。切るつもりはない」
この鎖で拘束するだけだ、と瑠璃さんは二人に言うが。多分だけど、二人が驚いてるのはそこじゃないと思う。
瑠璃さんのコートって、本当四次元ポケットというか……。物理法則、度外視してるからなぁ。
そう思い、けれど説明するのも面倒で、俺は口を閉ざした。
そのまま、慣れた手つきで彼らを拘束する瑠璃さんを見つめた後。隣へと戻ってきた瑠璃さんに一言、感謝を述べて、さて、と琥珀くんへと向き直った。
「これで大丈夫だと思うけど……狙われることが少なくないって、どういう……?」
取締機関の人間として、それから空の兄として。今、琥珀くんが告げた言葉は捨て置けない。
そんな思いで問い掛けてみると……琥珀くんは、またも平然とした様子で続けた。
「血筋の関係ですよ」
「……血筋?」
血筋とは……。端的なその言葉に、思わず困惑していると。琥珀くんはやっぱり、と言って笑った。
「僕、現龍側当主の末弟なんで。正直こういうこと日常茶飯事なんですよね……」
「…………え?」
告げられたのは、予想外の言葉で。目を丸くする。
そんな俺を前に、琥珀くんは……『やっぱり、お兄さん気付いてなかったんですね』と言って、へにゃりと眉尻を下げた。
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