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二章『第八話 当主と先祖返り②』

 まず第一に、この国は遥か昔、国内で内部分裂していた頃から、龍とドラゴンそれぞれに、当主が存在している。  その在り方は、時代によって色々だったみたいだけれど。この百余年に関して言えば、その二柱が協力関係を築いたことで国は統治され、ようやく国は平穏になった。つまり、国の功労者だ。  ――――だから当主は、現在のこの国の最高権力者である。  そんな事実をさらりと告げられて。驚くな、と言う方が無理な話というもの。 「な……、」  彼の言葉に、はく、と声にならない吐息が口からこぼれ出る。それでもなんとか気を取り直し、俺はちらと空へ視線を向けた。  そう、空は琥珀くんの友達……つまりは、誰よりも彼のことを知っている。  そう思い向けた俺の視線に、空は少しだけ気まずそうに頬を掻いた。 「あー……まぁそうなるよな。……そうだよ兄さん、琥珀は今の龍の当主、翡翠(ひすい)様の一番末の弟だ」  そうして返ってきた肯定の台詞に、俺は益々言葉を失くしてしまった。 「……翡翠様の……御兄弟……?」  そんな馬鹿な、と思う。冷静に話を聞いているつもりだったけれど、まったく理解が追い付かない。  「ま、待ってくれ……っ! それって……ここの学校の人たちは、皆、知ってることなの?」  信じられない、という感覚と……。けれど、こんな場面で、この子たちが嘘を吐く理由もない、という感覚が頭の中でぶつかる。――――そうなると、真実でしかないのだけど。だからこそ、余計に混乱してしまう。  薄々、返ってくる答えが分かっていながら、それでも確かな答えが欲しくて、疑問を口にする。けれど、やっぱり返ってきた答えは予想通りのものだった。 「いえ、殆どの人は知らないと思います。僕の事情を知っているのは、実質空だけです」  ふるふると、琥珀くんはそう言って首を振った。その言葉に、『そ、っか……』と呟く。  そもそもこの学校に来る前、十分な調査はしているし、それに、ここに来てからだって、そんな情報はどこからも入ってこなかった。だから……詰まるところ、そういうことなのだ。  学校側にも、ましてや取締機関側にも秘匿だなんて……そんなこと、本来はあり得ない。それほどまでに、当主の血筋は大事だというのに。なぜ……? 「……驚くのも無理はないです。突然すみません、こんなお話……」 「えっ! あっ、いや、ごめん……っ! ああいや、じゃなくて、すみませんっ?」  俺の困惑を察したのだろう、琥珀くんは、そう言って申し訳なさそうに笑った。それに、こちらこそと咄嗟に謝ろうにも、気が動転して敬語が抜け落ちる。  相手は、当主の家系。しかも、現当主である翡翠様には現在、世継ぎがいないから、その兄弟である琥珀くんは、次期当主候補だ。それなのに、こんな馴れ馴れしくしたら駄目だろう!そう思い俺が慌てていると――――琥珀くんは、ふ、と小さく笑った。 「大丈夫ですよ」  そう言って、琥珀くんは……ひどく乾いた、嘲笑とも思える笑顔を浮かべた。 「畏まる必要はないです。僕、別に血筋がそうなだけで、初めから継承権すらない、だから」  どこか他人事のように、なんてことはないといった調子で、琥珀くんはそう続ける。  『外れ者』。その言葉に、俺はぴくりと眉が跳ねた。 「外れ、者……?」  思わず、声が漏れる。その言い方は、妙に引っかかる。  すると、琥珀くんはそうだな、と言ってまた軽く笑った。 「取締機関の人なら、見せた方が早いかな……。あまり見て気分の良いものじゃないとは思うけど、そこは勘弁してくださいね」  そうつらつらと、琥珀くんは言葉を紡ぐ。断りの言葉を零すくせに、こちらの返事を待つことはせず。  そう言って琥珀くんは、彼の不自然に右側だけ長く伸びた前髪を、そっと掻き上げた。 「――――っ!」  そうして晒された右目に、俺は静かに息を呑んだ。  すぐ目についたのは、右目の下に濃く刻まれた、紋様。美しくも、どこか禍々しさの残るそれは、誰が見てもすぐに判別できる龍の系譜の証。……つまりそれは、特に優れた能力を引き継いでいること。  けれど。一番俺の目を引いたのは、それじゃなかった。  紋様よりも上。右目の周りに、まるで瞳を取り囲むよう浮き出た、無数の鱗。その瞳は――大きく縦に裂けた瞳孔で、真正面の俺を、ギョロリと捉えている。  見るからに人ではないその姿。それは……文献で見るあの姿と、あまりにも似ていた。 「……先祖返り」  琥珀くんのその姿に俺は、ただ一言、静かに呟く。  その言葉に、琥珀くんはにこりと、ひどく上辺だけの笑みを浮かべた。 「いつもは特別製の眼帯で制御してるんですけど、あの人たちのせいで外れてしまって。それでこのざまです」  そう言って、琥珀くんはおどけた様子で肩をすくめた。 「ただ、僕の系譜はどうもじゃじゃ馬で。ほんの少しの気分の浮き沈みだけで、すぐに暴走してしまうんです。昔よりは大分マシになってきたんですけど……それでも、僕みたいな厄介者、邪魔じゃないですか」  僕は、誰かを傷付けることしかできないから。だから、僕に資格はないんです。  笑いながら、琥珀くんはそっと慣れた手つきで、右目を白い帯で隠した。  そんなことはないと言っても、琥珀くんはありがとうとしか笑わない。……俺ではきっと、彼に響く言葉はかけてやれない。だから、今は俺も口を閉ざす。  きっとアイツなら、もっと気の利いた言葉をかけてやれるんだろうな。そう思いながら、脳裏に過るあの赤い髪を、俺は頭を振ってそっと打ち消した。 「琥珀くんが……先祖返り……?」  それにしても、だ。当主の弟である彼が、先祖返り?彼の言葉に、俺は内心首を傾げた。  ――――それは可笑しい。だってそんな話、俺は知らない。  系譜持ちの中でも稀に生まれる『先祖返り』。潜在的な能力が他よりも高いその存在は、あまりに周囲への危険が伴うから、厳重な管理が必要だ。それなのに、その事実を、班の副長である俺が知らないなんて……。  ――――ましてや、彼は当主の家系だ。……であれば、理由は一つ。  そこで俺は、やっと、頭の奥でずっと引っ掛かっていた疑問が解けた。 「……ああ、そういうことか」  ぽつり、声が口から零れ落ちる。  不意に過る、淡い桃色の瞳。……そう、あの人が絡むのなら理解できる。 「……どうされましたか、副長」  その声に反応してか、後ろに控えていた瑠璃さんが声を掛けてきた。その声にちら、とその目へと視線を向ける。  けれど瑠璃さんは、普段通りの静かな表情のままだった。……今の琥珀くんの話を聞いても。  そこで、疑問が核心に代わる。 「瑠璃さん……琥珀くんの事、知ってましたね」  俺がそう言えば、瑠璃さんの眉がぴくりと動いた。 「……え?」  琥珀くんの目が丸くなる。さっきまでの、どこか達観した彼の顔が、年相応に緩んだ。  それを横目に、なおも瑠璃さんの顔を無言で見ていれば……観念した様子ではぁ、と息を吐いた。 「――――はい。把握していました」  必要情報でしたので。そう語る表情は、既にいつも通りの冷静なそれだったけれど。その言葉に俺はやっぱりかぁ、と安堵する。 「そっかぁ、それで瑠璃さん、今日一日ピリピリしてたんですね……。それならそうと言ってくれたらいいのに」 「それは申し訳ありません。そういう依頼でしたので」  次からは悟られないよう気を付けます、なんて気の使い方がちょっとズレてる瑠璃さんに、苦笑する。  分かってる。この人はこういう人だ。 「鴇さん経由ですね。……もぉー、変に緊張したぁ」  現当主である翡翠様の人となりを知っているだけに、琥珀くんの状況が腑に落ちなかったから。鴇さんが介入していることが分かっただけで、ほっとする。 「……ちょっと」 「ん?」  不意に手前から掛けられた声に前を向くと、むすりとした顔をした空と目が合った。 「ああごめん、置いてけぼりにしちゃってたな」  どこか拗ねた顔をする弟に、思わず謝罪の声を漏らせば、『別に兄さんはいいけど……』と返ってくる。けれど、その表情はまだむすっとしている。  なんだ?この顔……拗ねてるわけじゃない?  そう思っていると、空は少しだけ琥珀くんの前に身を乗り出し、瑠璃さんへと睨んだ。 「今の、どういうこと?」  明らかな敵意、それを空が、瑠璃さんへと向けている。その様に、俺は目を丸くした。  え、何この状況?  突然の急展開に俺が目を白黒させていると、空の後ろで琥珀くんが、焦ったように空の名前を呼んだ。 「こ、こら、空っ! 失礼だろ! ……あ、あのっ、瑠璃さん……は、どうして僕の事、知ってるんですか?」  空のことを制しながら、琥珀くんはそう瑠璃さんへと尋ねる。僕の事は、誰も知らないはずなのに。そう続けた琥珀くんの目は、ゆらゆらと揺れている。  ああそれもそうだ。秘密にしていた出自を、機関の職員とはいえ、見ず知らずの人に知られていた。……警戒しても不思議じゃない。  それで空は警戒してたのかと、納得する。友達を心配してたんだな……そりゃそうか、あの様子なら、放っておけないよな。  そんなことを思いながら、さぁ、どうするのかと瑠璃さんのことを見上げると。瑠璃さんは煩わしそうに眉間に皺を寄せ……けれどすぐ、気を取り直した様子で琥珀くんへと向き直った。 「……誰も知らないわけではないだろう」 「え……?」  続けて、瑠璃さんは口を開いた。 「お前を案じる人物より、依頼があった。俺はそれを、仲介人を介して受けている」  だから情報を持っていたと、瑠璃さんは淡々と続ける。詳しい説明は省き、端的な言葉しか言わない瑠璃さんに、琥珀くんは戸惑った様子だったけれど。瑠璃さんは意にも介さず続ける。 「当主末弟・琥珀の身辺調査。……それが、俺のもう一つの依頼だ」  そうして告げられた答えに、琥珀くんはもちろん、隣の空まで、驚いた様子で目を丸くしていた。

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