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二章『第九話 真相①』

 琥珀くんと空、二人の様子を見ながら、瑠璃さんがちらりと俺を一瞥した。  その視線を受けて、俺はにこりと笑って小さく頷く。  ――――言いましょう。きっと、この二人は大丈夫です。  そんな俺の気持ちを汲み取ったのだろう。瑠璃さんは一度、かちゃりと眼鏡を掛け直し、ふぅと息を吐いた。 「……ここ連日、学外で妙な連中に付き纏われているんだろう」  瑠璃さんの言葉に、空の肩がぴくりと跳ね、琥珀くんも無言で目を見開く。肯定としか思えないその様子に、瑠璃さんは淡々と続けた。 「それを危惧されたある方から、その原因を突き止め排除してほしいと依頼があった。……可能な限り極秘に、とも添えられてな」  まぁ気付かれてしまったが。そこまで言って、瑠璃さんは眉間に皺を寄せる。 「当初の予定では、副長が対象者と出会う前に、俺が術を行使して極秘裏に調査をする手筈だった。学外で狙われていると聞いていたから、その際遠目から尾行して護衛すればいいと。……しかし、まさか安全だろうと思っていた日中の学内で、事態が悪化するとは思っていなかった」  分かっていれば、この無茶ばかりする男を一人にはしなかったというのに――――とでも言いたげな目で、瑠璃さんがこれ見よがしに俺を見てため息を吐くものだから。俺は言葉に詰まってしまった。 「あー、あはは……流石瑠璃さん、手厳しい……」  苦笑交じりにそう返すと、途端、瑠璃さんが『言っておきますが』と添え、俺への視線を鋭いそれへと変えてきたものだから、びくりと肩が跳ねる。 「隠しているようで申し訳ありませんが、副長の負傷についても、既に機関へは報告はしていますので。切傷、打撲諸々……よろしいですね?」  帰還早々、貴方は医務室行きです。その言葉に、目に、もはや言い訳のしようもないことは明白で。俺はただ、はいと頷くことしかできなかった。 「……待って、くれ」  すると、不意に小さな声が落ちた。  顔を上げると、呆然とした様子の空が、俺と瑠璃さんとを交互に見ている。 「それ、って、どういうこと? 琥珀の身辺調査って……ある人って、一体誰のこと言ってんの?」 「空……」  混乱した様子の空に、俺は空の名前を口にする。  空の気持ちもわかる。大事な友達の安否について、ただでさえ不安定な状態なのに、知らないところで何かが動いているって分かったんだ。……不安にならないはずがない。  でも。こればかりは、俺の口からは……。 「この案件は、本来極秘任務だ。……そう、初めに言ったはずだが?」  そう、俺が迷っている最中、隣から、そんな容赦のない一言が落とされた。  ひやりと冷える、瑠璃さんの言葉。その一切迷いのない言葉に、俺も、空も、同時に固まってしまった。  そんな中、瑠璃さんはふん、と鼻を鳴らす。 「空、だったな。……協力してもらったことには感謝しているが、そもそもお前は部外者であることを理解しているか?」 「っ……!」  手加減のない、鋭いその言葉に、空が息を吞んだのが分かる。  確かにその通りなんだけど、瑠璃さんの流石としか言いようのないその姿勢に、俺は口を挟めない。 「不要に機密事項を漏らすという事は、話し手はもちろん、聞き手側にも相応の責任が降りかかる。……お前も副長の弟なら、その重さは分かるだろう」 「そ、れは……」  そう、瑠璃さんに念を押され、空は一度口を閉じた。  それから、空がちら、と俺を見た。その目から、俺は空の気持ちも理解する。  ――――……そうだよな。頭では理解できても、納得できないよな。  それだけ大事な存在であることは、今までのやり取りで大体想像がついたから。多分こうなるんだろうとは思っていたけれど……それでも答えてやれない自分に、少しだけ胸が痛んだ。 「でも、……だけど俺……っ」 「――――もしかして……」  その時。小さな呟きが、俺らの間に落ちた。  その声に、みんなの視線が一か所へと集まる。 「琥珀……?」  空が呼びかけると、琥珀くんはハッとして、何度か瞬きをした。 「あ……っ、いや……な、何でもない」  そう言って、琥珀くんは首を振った後、ひとつ深呼吸をした。 「ごめん、空」  小さく零したその声に、空がえ、と声を漏らす。 「巻き込んでおいて、こんなこと言うのもアレなんだけど……。多分今は、お兄さんたちの言う通りにした方が良い」 「……は?」  その言葉に、空が目を丸くする。 「なんで……っ」 「ごめん」  詳しくは言えない。……そう言って、琥珀くんは空を見つめた。  その視線に、空は少し、戸惑っていたようだったけど。はぁぁ、と深い息を吐いて、がりがりと煩わしそうに頭を搔いた。 「……分かった。俺からはもう何も言わない」  話、止めちゃってすみません。そう謝る空の言葉に、瑠璃さんがかちゃり、と眼鏡をかけ直した。 「……話が纏まったところで、再度状況の確認をします」 「っあ、は、はい!」  瑠璃さんの変わらず冷静な声音に、琥珀くんがすみません!と謝罪を口にする。 「……別に、怒っているわけではないんだが……。まぁいい。学外での執拗な付き纏い行為、これが起き始めたのはいつ頃か、凡そ分かるか」  琥珀くんの言葉に、瑠璃さんは怪訝そうに片眉を上げていたけれど。これ以上話の腰を折るのは嫌だったのか、質問を続けた。その言葉に、琥珀くんはえっと、と記憶を遡るように顎に手を添える。 「多分……二ヶ月くらい前、だったかな」 「二ヶ月……っ⁉︎」  そうして返された言葉に、思わず声が出る。すると、琥珀くんが少し焦ったように言葉を付け足した。 「あっでも、最初は視線を感じるだけで……何かされたわけじゃなかったんです。それこそ、こういうの、いつものことなんで」  いや、だとしてもそれもどうなんだ……?そう思いはすれど、俺は口を閉ざす。多分、ここが瑠璃さんにとって、一番聞きたい話だろうから。 「…………それが最近、動きが変わった、と」  確認するよう、瑠璃さんがそう尋ねれば、琥珀くんは少し間を置いて頷いた。 「……二週間前です。帰宅中、今までとは違って明確に、誰かの視線を感じました。その日は、すぐに振り切って逃げましたが……それからです」 「因みにだけどコイツ、ここまでされてるくせに、この件について誰にも相談してなかったから。俺ですら、無理やり聞き出したくらいだし」  どことなく拗ねた調子の空の言葉に、咄嗟に琥珀くんがだってと口を開く。 「こんなことで一々、みんなに迷惑は……っ」 「……っ、実際今日みたいなことになっただろうが!」  いい加減にしろと、瞬間、空が堪えきれず琥珀くんへとそう叱責する。 「……っ」  結果、琥珀くんはきゅう、と眉尻を下げ、黙り込んでしまった。  ……なるほど、大体見えてきた。 「状況は理解した」  俺が把握したのと同時に、瑠璃さんもそう言葉を落とす。 「結果、学外が警戒されたため、学内に切り替えたか。……随分舐めた真似をする」  瑠璃さんのその言葉に、俺はえ?と首を傾げる。 「舐めた、って……それ、どういう意味ですか?」  素直にそれを尋ねれば、瑠璃さんはす、と目を細め俺へと視線を落とした。 「向こうは、今日この学校に私たちが来ると分かった上で、動いている」 「……は?」  その言葉に、思考が止まる。  何故……そう俺が言うよりも先に、瑠璃さんは続けた。 「余程、見つからない自信があるんでしょう。……俺たちの動きも含めて」  自分で上手く誘導できれば、絶好の狩場でしょうからね。  そう、瑠璃さんは眉間にひと際皺を刻みながら、冷たい声を落とした。  淡々と、迷いなく続けられる瑠璃さんの話に、俺は言葉を失った。何せ、俺は……。  ――――それが出来る人物を、知っているから。

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