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二章『第十話 真相②』
「……それっ、て――――」
そこまで思い至った瞬間だった。
俺の表情で察したのか、瑠璃さんは一度こちらを見下ろすと、何も言わず耳元の通信機に手を当てた。
「……こちら瑠璃、今し方ようやく全容が把握できた。頼んでいたものは――――、」
そのまま瑠璃さんは、通信を続けながら俺たちから少し離れていく。……通信相手は、考えるまでもなく鴇さんだろう。
瑠璃さんは基本的に、班長や副長には敬語を使う。他班相手だとそうでもないらしいけど……年上にも、丁寧な口調を崩さない人だ。
ただ、対あの人にだけは、何故か瑠璃さんは、他とは違う空気を醸し出す。丁寧だけど、どこか雑になる不思議な話し口調。……鴇さんにだけ、砕ける言葉。
――――いいなぁ、そういうの。
「ああ、その件については……」
どこまでも淡々と言葉を連ねる瑠璃さんに、不意に過った真っ直ぐな声を振り切る。
これはもう重症だな、と自分のことながら呆れる中、俺は気を取り直し、視線を元に戻した。すると、視界の中で空と琥珀くんが、二人してぽかん、と口を開け固まっていた。
――――あー……まぁ、無理もないか。
さっきまで普通に話していた人が、急に何も説明せず離れていったのだ。置いて行かれた側からすれば、状況が飲み込めないのも当然だ。
仕方がないと、そんなことを思いながら俺は、小さく息を吐いた。
「さて。それじゃあ二人とも、ここからは俺たちの管轄だ」
そう俺が切り出せば、二人の視線がこちらへと集まった。その目を見つめながら、にこりと笑いかける。
「犯人はこっちで対応する。けど、琥珀くんは念のため、機関で一時保護させてもらうことになると思う」
「え……保護、ですか?」
すると、次いで戸惑ったような声が落とされ、俺はうん、と頷いた。
「何もないとは思うけど、念のためね。それに、さっきのオーバーヒートもあったし、一応医療班に診てもらったほうが良い」
安心させるように柔く笑って、もちろん、と琥珀くんを見つめる。
「秘密裏に、にはなるけどね」
合わせてどうかな、と俺が視線で問いかければ、琥珀くんは少しだけ迷った後。小さく頷いてくれた。
「……分かりました」
その返事に、ほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとう」
これで安心だ、と俺はこれからのことを想定しながら、ああそうだと、言葉を付け足す。
大事なことを忘れていた。
「ああそれと、空も一緒についてあげてくれる?」
俺がそう言うと、途端、空がぱちくりと目を瞬かせた。
「……俺も行っていいの?」
空の隣で、琥珀くんも驚いたように俺を見てきた。そんな二人の反応に、思わず少し笑ってしまう。
やっぱり、まだまだ子供だな。
「いいよ」
そう答えたあと、俺は軽く肩をすくめた。
「その方が、琥珀くんも安心するだろうし。それにほら、空だって、このまま別れたら気になって、授業どころじゃないだろう?」
だから。そう俺が言うと、図星だったのだろう。空の目が分かりやすく輝いたのが分かった。
その表情にまた、笑ってしまう。
……ほんと、素直な子になったもんだ。
「――――副長、よろしいですか」
「あ、はい。報告ありがとうございます、瑠璃さん」
すると、丁度そのタイミングで瑠璃さんが戻ってきて、声を掛けられる。
そのまま俺は、一度二人から離れ、瑠璃さんの話に耳を傾けた。
「保護対象者がいると報告の上、車の手配をしました。もうしばらくすれば到着するでしょう」
「ありがとうございます」
予想通りのその言葉に、素直に礼を言って。流石の仕事の速さだなと感服しながら、すぐに次の動きを確認する。
「それじゃあ、二人を送り届けたら犯人のところ、ですね」
よし、と。瑠璃さんの事だから、次はこういうだろうなと予想して、俺がそう気を引き締めていると……。
「いえ。先方には俺一人で向かいますので、副長は護衛を優先してください」
「…………はい?」
そんなことを言うものだから。その言葉に、一瞬思考が止まった。
……えぇ、っと……ん? 瑠璃さん、今なんて?
「ああ、報告書は後程、戻り次第処理いたしますので、お気になさらず」
思わず黙ってしまった俺を置いて、なおも瑠璃さんは、つらつらと言葉を続ける。それに、俺は慌てて待ったをかけた。
「ちょちょちょっ、待ってください! なんで瑠璃さん、一人で行く前提なんですか⁉ 俺も行きますよ!」
まさか、瑠璃さんの口からそんな案が提示されるとは思ってなくて、咄嗟にそう告げる。そんな提案、副長として吞めるわけが……っ。
――――けれど。次の瞬間、瑠璃さんの表情がいつも以上に鋭く、険しくなったものだから、俺は息をのんだ。
「効率と適材適所での判断ですが……何か問題でも?」
あ、まずい。そう思ってももう遅い。
「あ……いや……えっと……」
今更引くこともできず、けれど瑠璃さんの纏う空気が重くて、たどたどしく口を開いてしまう。
「その、問題っていうわけじゃ……。ほ、ほら! 単独行動は控えたほうが良いって、瑠璃さんいつも言ってるし……」
そうなんとか必死に食い下がってみるも、次いで落とされた深いため息で、一刀両断される。
「副長。あれは主に、貴方と班長への戒めです。ですので、俺には該当しません」
「い、戒め……」
ひどい言われように俺がそう呟くと。瑠璃さんはそれに、と、さらに追い打ちをかけるよう、淡々と口を開いた。
「加えて、今は副長の御兄弟と護衛対象がいます。……その状況では、いくら副長といえど無茶はしないでしょう」
だから、この分け方なんです。そう、すっぱり、容赦もないその言葉に、俺はもうぐうの音もでなかった。
「そ、れは……そうかもですが……」
それでも、自分は副長だ。だから、なんとか瑠璃さんの意思を打開する手立てはないか……そう考えていると。
「――――副長」
低い声が、俺を呼んだ。
その声に顔を上げ、瑠璃さんの目を見た俺は……思わずひっ、と声を漏らした。
「まさか、とは思いますが……俺が、一人では失態を犯す、とでも?」
重く、澱んだ空気が、瑠璃さんを中心に渦巻いてる。それが分かって、ぶんぶんと首を横に振った。
「っ! やっ、そんなことは全く……っ!」
そう、俺が反射的に否定すると。瑠璃さんは静かにそうですか、と呟いた。
「それは安心しました」
そう言って――――瑠璃さんは、笑った。
「……っ」
その表情に、さぁ、と顔から血の気が失せる。
滅多に見ない、瑠璃さんの笑顔。一見、穏やかな笑みに見えるその表情は――――けれど、その目が全く笑っていないものだから、非常に恐ろしい。背筋が、ぞくりと冷える。
ああやばい。この顔、知ってる。……怒ってる、本気で。
どうしよう、どうすれば……そう思いはするも、上手く言葉が出てこない。
「これしきの事で疑われていたなら、心外でしたので。副長が、俺を正しく理解しているようで……何よりです」
その間も瑠璃さんは、ただ静かに、淡々とそう続ける。
――――ああ無理だ。俺が、この人に敵うわけない。
はく、と一度口を開いた後、俺は項垂れるよう、小さく頷いた。
「わかり、ました……」
よろしくお願いします、と。結果、俺は身を竦めながら、瑠璃さんの提案を呑むことしかできなかった。
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