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二章『第十一話 真相③』

「――――うん、……そっか、分かったよ。それなら後は君に任せる。ああでも、くれぐれも無理はしないように……って、なんでこれで不機嫌になるんだい」  通信機の向こうから聞こえる、無骨な声。それが僕の言葉を聞いて、あからさまに低くなった。  まさか、彼を心配して告げた言葉で、そこまで気を落とさせるとは思ってなくて。思わずくすくすと笑ってしまう。そしたら、容赦のない言葉が飛んできたものだから、また面白い。 「ふふ、ごめんごめん。……やっぱり、君には敵わないなぁ。……うん、それでもやっぱり、僕は毎回同じことを言うよ。無理はしないで帰ってくること……約束だよ」  その言葉で締め括り、僕は通信機から手を離した。 「無事、任務は終わりそうだ。安心していいよ」  翡翠、と、少し離れたところから僕を見下ろす彼へと、そう優しく笑いかける。  きっと彼を心配しているだろう翡翠を案じて、そう教えてあげたのだけれど……。翡翠は僕の言葉にきゅ、と眉間に少し皺を刻み、少し間を置いた後、はぁと息を吐いた。 「鴇……。仮にも私は当主なんだ。あまり馴れ馴れしくされてしまうと、皆に示しがつかなくなる」  その線の細さには反して、意外と低い声。それが、僕を嗜めるように紡がれる。  けれど僕は、その言葉に軽く、えー、と笑った。 「確かに、君は今や龍の当主様だけど。……僕にとっては、親友であることに変わりはないし。だから仕方がないよねぇ」  ニコニコ笑いながら、我ながらまったく悪びれることなくそう告げる。そこに、『あ、でも』と付け足す。 「もちろん、他の人がいる前では、ちゃんとするから。安心して」  ね、と、続けてそう言うと、翡翠はしばらく無言で僕を睨んでいたけれど。最後には、諦めたようにふ、と笑った。 「まったく……相変わらずだな、君は」  さらり、と、長く真っ直ぐな髪を揺らし、翡翠は中央の椅子へと徐に腰掛けた。  文月の子たちは苦労する。そう小言を零す翡翠に、失礼だなぁと僕も反論する。 「みんな、優秀な子たちだから。僕がいようといまいと変わらないよ」 「どうだか」  軽口の応酬。けれど、そうやって言い合う彼の表情も、多分僕の顔も、ひどく緩やかだ。  こんな軽口を叩けるのも懐かしい。……それこそ昔は、それが僕たちの普通だったのにね。  不意に過る幼い記憶に、ほんの少し物哀しさを感じたけれど。僕はすぐに振り切って、話を再開した。 「……さて、と。雑談はこれくらいにして、僕はこれから瑠璃くんのフォローに向かうけれど……君はどうする?」  僕がそう尋ねると、翡翠はん?といった顔で首を傾げた。 「……君、さっき通信で、あとは任せるって言っていなかったか?」 「ん?」  その言葉に、今度は僕が首を傾げる。けれど、僕はすぐにああ、と手をたたいた。 「だって瑠璃くん、嘘吐いてたから。これでお相子だろ?」  先ほどの通信でのやり取りを思い出しながら、さらりとそう告げる。すると、翡翠は驚いたように目を丸くさせた。 「よく分かるな」  あんな短い報告だけで。そう、言外に言う翡翠の表情に、僕はふ、と笑う。 「そりゃあ、長い付き合いだからね。……分かるよ」  彼は存外分かりやすいからと、そう僕が言えば、翡翠は少し怪訝な表情を浮かべた。  本当なんだけどなぁと思いながら、そこは突っ込まずに『それで?』と話を続ける。 「君は? ……どうするの?」  はっきりとは聞かず、やんわりとぼかした問い掛け。  じっと翡翠の目を見つめながら、そう尋ねれば、翡翠はほんの一瞬口を閉ざした。 「……、……」  一拍の間。そのあとに、翡翠は静かに首を横に振り、いや、と口にした。 「私は……あの子には会わないよ」  眉尻を下げ、まるで諦めたかのように笑う。予想通りではあったけれど、ひどく哀し気なその表情に、僕は何も言えなかった。 「……そっか。……うん、分かった」  彼らの事情は、そう単純な話じゃない。それが分かっているから、僕からは何も言えない。  それを改めて思い直し、僕はわざと、にこりと翡翠へ笑いかけた。 「まぁ、任せてくれ。あとのケアも、僕のところの副長がしっかりしてくれる。あの子は優秀な子だよ」  だから大丈夫。そう、翡翠へと伝えてやる。本当は傍へと行きたいだろう、兄弟の安全を。 「……ああ。……ありがとう、鴇」  無理を言って済まない。なんて、そんな水臭いことを言う親友に、僕は何を言ってるんだいと笑った。 「親友なんだ。手助けするのは当然だろう?」  そうはっきりと告げてやると、翡翠は今日一番のあどけない表情で笑ってくれた。 ***  半ば強引に話を取り付けた後、副長たちと別れた俺は、一人目的地へと向かった。  かつん、かつんと、ゆっくり、しかし確実に歩を進めながら、俺は先ほど見た副長の顔を思い出し、はぁ、と息を吐く。 「……まったく。彼のあの甘さは、いつになったら……」  思い起こされるのは、見るからに一人で向かう自分のことが心配です、といった目。引き下がりはしたが納得していない、そう分かるあの視線に、眉間の皺は深まるばかりだ。  分かっている。副長が、俺の実力を下に見ているとかではないことなんて。だとしても腹は立つのだから、仕方がない。 「そもそも副長は、この案件とは無関係だというのに……大概だな」  お人好し、といった言葉は口に出さず、はぁと息を吐きながら眼鏡をかけ直す。  眼前には、他と比べてかなり重厚に作られた扉が。ここが目的地だ。……この中に、奴がいる。  つい数刻前向けられた、あの胡散臭い笑みを思い出し、思わず眉間に皺が寄る。だが、今度はつらつらと続けられる無駄話を聞く必要はない。……そう思うと、心底ほっとする。  そんなことを思いながら、扉を軽くノックすれば、聞き覚えのある声が中から掛けられた。 「はい、どうぞ」 「……失礼します」  その声に促され、俺はドアノブへと手を掛けた。    扉を開けた先に佇むのは、一人の男。彼は俺を視認するや……瞬時に、ひどく上っ面な笑顔を貼り付けた。 「おや、どうなさいましたか?」  なんて、掛けられたのは、先ほどと変わらないこちらの神経を逆撫でするような声。それに嫌気が差して、俺は険しい表情のまま、ただ淡々と問いを投げかけた。 「……二、三、尋ねたいことがあります。ですので、お時間よろしいでしょうか」  俺の言葉を聞き、男は――――まるで仮面のようなその笑みを深めた。

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