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三章『第一話 医療専属班、弥生』
瑠璃さんに半ば押し切られる形で役割を分けた俺は、空と琥珀くんを連れて、指定された裏路地へと向かった。
そこに車が来る手筈になっているからと、そう言われたのだが――――。
「いや、早くない?」
着いた瞬間見た光景に、俺は思わずそんな声を漏らす。
既に馬車が来ている。……どう考えても、俺たちが行動するよりも先に、手配されていたとしか思えない。
「あの人、最初から一人で行く気だったな……」
本当、あの人は……。
つい、ため息が溢れたけれど。そのまま俺は、二人を促して車へと乗りこんだ。
馬車が動き出してすぐ。ふぅと俺が人心地ついていると、隣からおずおずと声がかかった。
「あの……」
顔を向けると、琥珀くんが少しだけ不安そうな顔をして、俺を見ていた。
「ん? どうした? 体、しんどい?」
一呼吸置いた後とはいえ、あれほど力を使ったのだ。しんどくないわけないよなと、そう俺が声を掛ければ、琥珀くんは「いえ、」と首を振った。
「体は大丈夫です。ただ……瑠璃さん、本当に一人で大丈夫なんですか?」
お仕事、途中なんですよね。そう言う琥珀くんに、俺は、ああその心配か、と軽く肩をすくめた。
「大丈夫大丈夫。あの人、全然俺より強いし」
なにせ、あんな顔してたし、あの人。
……とはいえそれを口に出すわけにもいかなくて、誤魔化すように笑う。
「今回の主犯、あの教頭らしいからさ。今頃、もう捕まえてるんじゃないかなぁ……案外すぐ合流できるかも」
「……は?」
「え?」
だから本当に大丈夫と、そう言った俺の言葉に、目の前で二人が同時に固まった。
「ん? ……あれ?」
その後、ぽかんと口を開けて全く動かなくなった二人に、どうしたの?と声を掛ける。
――――直後、わっ、と二人の声が揃って俺へと飛んできた。
「どうしてそういうこと先に言わない(んですか)⁉︎」
「うわっ⁉︎」
二人とも、食い気味にそう俺へと詰め寄ってくるものだから、思わずのけぞった。
「えっいや、だって――」
「危ないだろ!」
「一人じゃ危険です!」
実際、俺も瑠璃さんへと言った同じ言葉を二人から投げられ、一瞬言葉に詰まってしまう。
――――うん、そうだよね。俺も本当にそう思う。……けど。
「二人とも、落ち着いて」
そう俺が言うと、二人はぴたりと止まった。それを見届けてから、口を開く。
「俺たちは取締機関だよ。だから、普通に強い。……特に瑠璃さんはね」
俺より全然強い人だよ。そう説明してやるも、二人の顔からは心配の色が消えないものだから、思わず息を吐く。
「心配してくれるのは嬉しいけどね」
そう、最後に零せば、二人は何とも言えない顔で口を閉ざした。
これで任務自体は終わり、のはずだけど。……琥珀くんの立場を考えれば、狙われる理由なんていくらでもあるから。だから、解決とは言いきれない。
歯がゆいな、と、この国の闇を思いながら、俺は気を紛らわすよう、二人の頭を撫でた。
それからしばらくして、車が止まった。
「ん。ああ、着いたね」
じゃあ行こうか、と、扉を開け外に出ると、見慣れた建物が目に入る。黒を基調とした、一見城のような建物――――竜族取締機関本部。そこへ、迷うことなく二人を誘導する。
「こっちだよ。広いから、はぐれないようにね」
「あ、ありがとうございますっ」
「こんな分かりやすいところではぐれるかよ」
念のためと思って告げた言葉だったのだけど、空からそんな可愛くない言葉が飛んできて、思わず口元が緩む。
まぁ、そうかもな。なんて言葉は胸に仕舞って、俺は目的地である北棟へと足を向けることにした。
***
機関の北側に位置する棟。そこに、医療班――弥生班の部署がある。
部署と、言うよりは大きな医務室と言った方が正しいだろうそこは、薬草と消毒薬、それから……何故か珈琲の匂いが混ざった場所。
ここにくると、いつも勝手に肩の力が抜けてしまう。
「さ、ここだよ、二人とも」
扉の前に立ち、後ろの二人へと視線を向けてから、俺は扉を軽くノックした。そのまま、返事も待たずに扉を開ける。……瞬間、ふわりと、どこか懐かしいにおいが鼻を掠める。
そのまま扉をくぐり、中を見回す。ここにいるはずの人を探し……すぐ、視界に映った白衣に、ああいた、と口を開く。
「お疲れ様です、夕廉(ゆうれん)さん」
部屋の中央に一人立つ、見知った姿。彼へと歩み寄りながらその名前を呼べば、その伏せられていた灰褐色の瞳と目が合った。
「あぁ。いらっしゃい、ちぃちゃん。待ってたわよ」
ふわりと紫の髪を靡かせ、柔らかく笑う夕廉さん。
鋭い目なのに、俺を見ると優しく緩むその表情に、くすりと笑ってしまう。しかも、口にされたのは親しみの籠った名前で。
……ただ、それは嬉しいんだけれど。正直素直に喜べないんだよな。
「あの、夕廉さん……それやめてもらえません? 俺、一応、もういい大人なんですけど」
「何言ってるの。私にとって、貴方はいくつになってもちぃちゃんよ」
俺の苦言に、けれど夕廉さんは即答でそんなことを言ってきて。まぁ予想通りの言葉に、苦笑が漏れる。
「あー、ははは……ですよねぇ……」
頬を掻きながらそう返すと、夕廉さんはふふふっ、とこれまた軽やかに笑った。そうやって楽しげに笑われてしまったらもう何も言えないな、なんて思っていると、後ろで声が落ちた。
「…………へ、?」
「げ、」
真逆の反応。それに思わず後ろを振り返ると、目を丸くしたまま固まる琥珀くんと、嫌そうに顔を顰める空の姿が目に入る。
そんな二人を見て、夕廉さんが「ああ、ごめんなさい」と口を開いた。
「私としたことが、お客様を待たせちゃったわね」
そう言って、夕廉さんはにこりと笑う。
「いらっしゃい、可愛いお客様。私は夕廉。私のお城へようこそ。……珈琲は飲めるかしら?」
「えっ? あ、えっと……っ」
「……飲める」
突然の夕廉さんからの問いかけに、琥珀くんは戸惑った様子だったけど。その隣で空がさらっと返したからか、すぐに彼も頷いた。
「ぼ、僕も飲めます、一応……」
「そう! 良かった、じゃあ早速用意するわね」
にぱっと、二人の返答を聞いて、夕廉さんはひと際明るく笑う。
遠慮しないで、そこ座っててね。と、夕廉さんはすぐ傍にある休憩スペースを指して、二人に声を掛けた後……。改めて俺へと向き直り、きり、と目じりを釣り上げた。
あ、拙い。
そう思っても、もう遅い。
「……ちぃちゃん、貴方――――、」
「は、はい……っ」
手前から滲み出る怒気を感じ取り、身を強張らせる。瞬間、「もう!」と声が飛んできた。
「貴方、また無茶したでしょう! なに、その怪我!」
びしっ!と頬を指され、思わず肩が跳ねる。
「顔に傷なんて、御法度よ⁉ それになに、その打撲の数! 背中、肩……もぉ~っ、あちこち小さな切り傷だらけじゃない!」
パッと見で分かる傷から、自分でも気付いていない傷まで。すべてを言い当てられ、どんどん肩身が狭くなる。
「さ、流石ですね……一発でそこまで……」
「当たり前よ!」
私を誰だと思ってるの!なんて返ってきたその言葉に、ゔっ、と声が詰まる。
「まったく……予想はしてたけど、ほんっとうに貴方って子は。……いつになったら治るのかしらね、その癖」
「す……すみません」
夕廉さんの言葉に、もはや謝罪しか言葉にできなくて。そう俺が零せば、夕廉さんはしばらく無言でじっと俺を見つめ……最後には、ひどくわざとらしいため息を落とした。
「……まぁいいわ。まだ許してないけれど、これも仕事だから」
お説教はまた今度よ。そう言って、夕廉さんはくるりと踵を返す。
「準備してくるから、貴方もそこに座って待ってなさい」
そう言って、奥に消えていく背中を見送る。
白衣が見えなくなった頃合いを見計らい、俺ははぁ、と息を吐き出した。
……助かった。いや、助かってはないけど。
経験上、一人だったら、もっと言われてた。だから、これだけで済んでほっとする。
そのまま、ちら、と横を見る。空も、琥珀くんも、あの圧に完全にやられてしまっているようで、唖然とした表情で夕廉さんの姿を目で追っていた。
……まぁ、そうなるよな。
「あー……とりあえず座ろうか」
二人とも、と俺が声を掛けるや、二人の目がハッと俺へと振り向いた。
「兄さん、色々聞きたいんだけど」
「いや、うん、その気持ちは分かるんだけど、後ででいいか?」
「今の人、って……男、だよな……? え、あれ……?」
「うん、琥珀くん、そこは触れてはいけない。後が怖いから」
混乱しているのだろう。各々違った反応をする二人をどうにか宥める。
特に、琥珀くん。気持ちは分かるけれど、それは言ってはいけない。
そうしてどうにか二人をソファへと座らせ、一息つく。とりあえず、今は体調優先だ。説明なんて後でもできる。
そう思っていたら、琥珀くんがあれ、と首を傾げた。
「あの……あの人、なんで見ただけで、お兄さんの状態分かったんですか?」
連絡していたにしても、お兄さんが気付いてなさそうなことまで分かっていたような……。
そう零す琥珀くんに、ああ、と口を開く。
「だって、夕廉さんだからね」
そう言いながら、俺は肩を竦めた。
「え?」
ぱちくりと見開いた黄金色の瞳に、俺はくすりと笑う。
「夕廉さんは、一目見ただけで、その人の状態も体調も、分かるみたいなんだ」
触れれば、もっと正確にね。
そう俺が付け加えると、琥珀くんは益々驚いた様子で目を丸くさせた。
「あの人に限っては、報告とか関係なく、隠し事できないんだよ」
だからバレちゃった。そう言って笑えば、空が兄さんにはそれくらいで丁度良い、なんて呟くものだから。俺は、思わず視線を逸らした。
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