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三章『第二話 独白』

 思えば、初めて会った時から、アイツは目が離せない奴だった。 「燐」  陽だまりのように温かな空気、柔らかな物腰、それから……ふわりと柔らかく笑う男。  入学初日に出会ってからというもの、気付けば千草は俺の隣にいて。 「お前、方向音痴だし。案内してやるから俺を呼べよ」  そう言って、まるで一緒にいるのが当たり前みたいに、傍にいた。  千草は、妙な奴だった。  困っている人間を見れば放っておけないのか、勝手に首を突っ込んで、勝手に手を貸す男。そういう奴だった。  放っておけば良いようなことを、当然みたいな顔でやる。 「別に、お前がする必要はないだろ?」  そう尋ねれば、きょとんと目を丸くして、ふはっと笑う。 「いや、困ってるんだから、助けるだろ」    返ってきたのは、そんな言葉。……意味がわからない。  ――――お人好しにもほどがある。  今まで、出会ったことのないタイプだった。  それこそ最初は、偽善者かと思った。でも、違った。アイツは、本気でそう思ってた。 「今、手が届くなら。差し伸べたいんだ。……もう、あんな思いはしたくないから」  ほんの一年前に亡くした、両親の話。ふとした拍子で聞いた、千草の過去。  その事実を聞いた時、俺は何を言えばいいのか分からなくて。きっと間の抜けた顔をしていただろう。  そんな俺を見て、――――アイツは笑った。 「変な話して悪い」  気にしないでくれと、今の時勢よくある話だと言って、へらりといつも通りに。  ――――なんで笑う。  その顔が、なんだかどうしようもなく気に食わなくて。笑うなと言ったけれど、それでも千草は笑った。 「弟がいるんだ、俺。だから、俺が守らないと」  聞いてもいないことを、べらべらと。至極当然のように、兄である自分は強くならなきゃなんて言って、アイツは笑った。  その顔に、言葉に、俺の胸がざわついているのも知らず。  ……ふざけるな。そんな顔してるくせに、一人で抱え込むのか、お前は。 「――――っ、! ……」  じゃあ、お前は?……お前は、誰に守られる?  そう言いたかったのに、言えなかった。本人が気付いていないことを、赤の他人である自分が言っても仕方がないと思ったから。 「……そうか」  まだ子供だった俺が言えたのは、たったそれだけ。おかげで、俺の胸の奥には、意味の分からない苛立ちだけが残った。  出会ってほんの一、二年。その間、アイツの傍で気付いたこと。  千草は弱音を吐かない。  助けも求めない。  ……全部、自分で抱え込む。それが、どれだけ危ういことかも知らずに。  なんなら、偽善者だった方がまだマシだとさえ思った。  だからこそ。あいつが初めて泣いた時の顔を、俺は忘れない。 「……っ、ぅ、っ……あぁあ……っ!」  ……気付いた時には、遅かった。  何もかもを拒絶し、ぼろぼろと涙を零すその姿。いつも浮かべるあの笑顔はなく、けれどそのくせ、変わらず一人で全部背負おうとして、どこかへ行こうとした。 「来るな!」  そう言われた。初めて、言葉ではっきりと拒絶された。  それでも。俺は手を掴んだ。 「……お前だって、手を差し伸べられるべきなんだよ!」  あの時の自分だけは、今でも褒めてやれる。  あれがなかったら、多分――今、千草はここにいない。  ……その時、気付いた。  ああ、好きだ。好きなんだ、俺。この男のことが。  誰にも渡したくないくらい、どうしようもなく。  だから決めた。  もう二度と、見逃さない。  何があっても、傍にいる。  守る。……たとえ、拒絶されたって。  ――――そう、誓った。    ……はずだったのに。   『ハロー、坊や。早速で悪いけど、貴方のとこの副長さん、かなりの重傷だから早いところ迎えにきてあげなさい』  それは、医療班弥生の班長、夕廉さんからの連絡だった。  報告書を纏める傍ら、着信に気付いて、何の気なしに端末へと手を伸ばして。次いで流れてきたその言葉に、俺は息を呑んだ。 「っな……⁉︎」  言うだけ言って、俺の返事も聞かずに通信はぶつり、と切られた。  そんなことを聞かされて。この俺が、落ち着いていられるわけがない。 「っ! ち、っ千草ぁ~~~‼︎」  結果、すぐさま部屋から転げ出るように飛び出した。身体のあちこちが痛んだが、知ったこっちゃない。  千草の一大事に、アイツの傍にいない。それ以上に優先すべきことなんてありはしない。  そうして俺は、一直線に千草の元へと駆けていた。

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