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三章『第四話 夕廉班長のお節介②』

  「――――んー、それはそうと……」  のんびりとした珈琲の時間が流れていた、その時だった。  不意に夕廉さんがそう呟いて、懐に手を入れる。  取り出されたのは、銀色の丸い何か。チェーンに繋がれているらしく、動かす度にチャリ、と金属の擦れる音が鳴った。  手のひらに収まるそれを見下ろしながら、夕廉さんがカチリ、と突起を押し込む。途端、ぱかっと蓋が開いて、カチ、カチ、と規則正しい音が耳に届いた。  ――――ああ、懐中時計か。  蓋には、細かい紋様と、翼の生えた龍の彫りが入っている。いつも肌身離さず持っている、夕廉さんのお気に入り。  あれ、相当いいやつだよな。  そんな時計を見つめたまま。夕廉さんが、ふっと口元を緩めた。 「ああ、うん。そろそろかしら」  にんまりとした笑顔に、その一言。それが、さっき消えかけていた嫌な予感を、呼び戻した。  ――――なんだ、今の。 「……あのー、夕廉さん? 、って……何の話です?」  正直、ここに来た後の事なんて、そこまで考えてなかったのだ。瑠璃さんが戻ってくるまで、二人を休ませればいい。それくらいの気持ちだった。  だからこそ。その言葉が、妙に引っかかる。  ――――なんか……言葉にできないけど、何か、嫌な感じだ。 「あ、もしかしてこの後用事ありましたかっ? すみません、全然気が利かなくて――――、」  その感覚を払拭するように、ハッとして立ち上がる。そうだよ、夕廉さんだって班長だ。忙しいに決まってる。  ……けれど。 「ああいいのよ、大丈夫」  あっさりと、そう止められてしまい。え、と声が零れる。 「用事なんてないわ。だから、気の済むまでここにいて頂戴」  ほら座って座ってと、夕廉さんはにこやかに笑ってそう言った。  そう言われてしまえば、こちらも引くしかない。 「そう、ですか?」 「ええ」 「……すみません、ありがとうございます」  素直に腰を下ろしながら、感謝の言葉を口にする。  とは言ったものの。胸の奥に引っかかる感じが、不思議と消えなくて。落ち着かない。  ……なんだよ、これ。  そんな俺を見てか、夕廉さんがふと呟いた。 「それにしても、悪寒、ねぇ。……流石ちぃちゃん、といったところかしら」  くす、と軽く笑うその姿に、胸が強くざわつく。  ――――なんだ? 「夕廉、さん?」  さっきまでと明らかに違う空気に、彼の名前を呼ぶけれど。返ってくるのは、ひどく曖昧な笑みだけ。   「……アンタ、何かしたの」  不意に、横から低い声が刺さった。  空だ。あからさまなくらい、敵意をむき出しにした声音。  それに対して、夕廉さんはというと。なおも楽しそうに、笑っていた。 「ふふ。……相変わらず、くぅちゃんはしっかりちぃちゃんの騎士(ナイト)なのねぇ」  瞬間、空気がぴたりと止まった。 「…………はっ、はぁ⁉︎」  その言葉に、珍しく空が素で声を荒げた。 「……くぅ、ちゃん?」  その隣で、琥珀くんがぽかんとする。  まぁ、そうだよな。その呼び方は反則か。  案の定、空は勢いよく琥珀くんの方を振り返って、何かを言いかけ――結局、飲み込んだ。  そのまま、薄っすら顔を赤くして、すぐに夕廉さんへと向き直る。 「っ、く、くぅちゃんって言うな! もう俺は十六だ! 三、四歳児じゃない!」 「あらあら」  空の反応に、夕廉さんはころころと笑って、軽く肩を竦めた。 「どこかで聞いたような言葉ねぇ」  ちら、と視線が俺へと向けられ、うっ、と声が詰まる。  けれど、夕廉さんはすぐに気を取り直した様子で続けた。 「私にとっては、貴方だって、いくつになってもくぅちゃんだからねぇ」  仕方がないわぁ、なんて言って、当然といった顔で空の頭に手を置いた。  ぽん、ぽん、と、子供にやるそれのように、撫でるその仕草。  ――――いや、それ、火に油……。  口には出さず、空へと視線を向ければ。案の定、空の顔がどんどん険しくなっていく。  ああ、可哀そうに。横で琥珀くん、必死に笑い堪えてるよ。……まぁ、がんばれ、空。 「ま、安心なさい」 「あ⁉ なにが⁉」  そんな空を撫でながら、夕廉さんが続けた。 「私がしたのは、ただのお節介。だから、くぅちゃんが心配するようなことじゃないから」 「……お節介?」  ぴたり、と空の動きが止まる。  ああ、そういえばそんな話だったな、なんて。そんなことを思っていた、――――その時だった。  ドタドタと、慌ただしい足音が、廊下の向こうから響いてくる。 「……? なんだろう、なんか、外が騒がしい?」  琥珀くんの声に、夕廉さんの笑みが深くなった。 「うん。読み通りの時間ね」  ――――あ。  そこで、やっと繋がった。  嫌な予感の正体。 「~~~っ! 夕廉さん、さっき連絡しましたね⁉」 「んー? なんのことかしら」  にっこりと、まったく隠す気のない顔で笑いかけられ、俺は唇を嚙む。そんな俺に、夕廉さんはいけしゃあしゃあと続けた。 「私はただ、報告義務に則って、班の長に一報入れただけ」  おかしいことはしてないでしょ?なんて笑うその顔に、思う。  ……やったな、この人。 「だからって――――っ」 「ちぃちゃん」  言い返そうとした、その瞬間。  凛としたその声に、びくりと背筋が伸びる。 「あんまり逃げ続けるのは、感心しないわよ」 「――――っ」    その一言が、妙に刺さった。  はくり、と、上手く言葉が出なくて。無意味に口を開けてしまう。  ――――逃げてる、か。  自分の今を振り返って、確かにそうだと思う。    ――――でも、だったらどうしたら……。  そう、口を開きかけた、その時。  バンっ!と勢いよく後ろの扉が開いた。 「千草っ! 無事かぁっ⁉︎」  聞きなれすぎた声。それが、俺の名前を呼んだから。  その瞬間。  ――――あ、これ終わった。  心の底から、そう思ってしまった。

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