24 / 39
三章『第五話 夕廉班長のお節介③』
「え?」
背後から飛んできたその声に、空気が一瞬で変わった。
視界の端で、二人が後ろを振り返る。その瞬間、空が「あー」と小さく声を漏らした。
「なるほど、お節介ってそういうこと」
何かを察したように、そう呟く。今なお混乱している琥珀くんの背を、ぽん、と軽く叩きながら。
夕廉さんはその言葉に、満足げに笑みを深めていた。
「空……? なに、何の話――――」
一人、訳が分からないといった様子の琥珀くんが空を見る。
すると空は、すっと人差し指を立てた。
「……しぃ」
それだけで黙らせる。
――――あとでな。
そう、目で語る空に気付いたのか。琥珀くんは素直に口を閉ざす。
その様子に、空は一度だけ小さく笑って――――次の瞬間、視線を俺に向けた。
――――逃げ場が、なくなった。
空の視線から、琥珀くんも薄っすら察したのだろう。視線を感じる。
……分かってる。
分かってるけど。
それでもまだ、頭の中では、どうにか自然にこの場を抜けられないか、そんなことばかりがぐるぐる回っていた。
無理だって、分かっているのに。
全員の視線が、痛い。
ああくそ、これもこの人のせいだ。
一度だけ、悪足掻きのようににっこり笑顔の夕廉さんを睨んでから。奥歯を嚙み締め、ゆっくり、声のした方へと顔を向けた。
「――――燐」
あれだけ露骨に避けておいて、今更、どう取り繕えばいいのかなんて分からない。
それでも、意を決して。
視界に入ったのは、肩で息をする燐の姿。荒い呼吸に、乱れた髪。
……走ってきた、のか。
そこまでして、ここに来たんだ。――――やっぱり、バレてるんだ。
避けていたのも、全部。……なら、なおさら逃げられない。
いや違うな。――――逃げたら、ダメだ。
そう分かっているから、どうにか自分を動かして、ゆっくりと立ち上がった。
「あー……えっと、その……」
近付く。一歩、一歩。でも、目が合わせられない。
あのまっすぐな赤い目を見たら、多分――――。
ダメだ。それだけは、ダメ。
決めたはずなのに。揺れ続ける意思に、自然と視線が落ちる。
燐は、まだ何も言わない。おかげで、俺の足音だけが、やけに大きく響いた。
こつ、こつ、と。視界の端に、燐の靴が入る。
……ああ、もう目の前か。
こんなことになるなら。あんな避け方、するんじゃなかった。
「……ごめん。報告、遅くなっ――――」
どうにか顔を上げて、言葉を出そうとした、その瞬間。
ぐっと、身体が引き寄せられる。
「っ、! ……えっ?」
抵抗する間もなく、背中に腕が回る。
あったかくて、少しだけ苦しい。
ふわりと香るのは、あの匂い。温かくて、柔らかくて。まるで陽だまりみたいな。
――――燐の匂い。
「良かった、無事で……」
耳元に落ちてきた声は、余裕なんて一欠片もなくて。本気で、焦ってたのが分かる声だった。
身体に直接響く、その声。――――抱き締められてる。
その事実が理解できた瞬間、ぶわっと顔が熱くなる。
「っ、は⁉ なななっ、なにっ⁉ 突然何⁉」
慌てて押し返そうとするけど。押しても押しても、離れない。
むしろ、ぐぅっ、と腕の力が強くなって、より近くなる。
「燐⁉ はっ、離せって……っ!」
肩を押しても、びくともしない。しかも、何も言わない。
なんなんだ、これ。
なんでこうなる。
突然のことに、頭が追い付かない。
――――なんだこれ⁉
なんで抱き締められてるのかも。無事という言葉も。訳が分からない。
そうやって混乱していると、不意に力が緩んだ。
ああ、やっと解放される。……そう思った、その直後。
そっ、と、頬に手が触れた。
え、と思う間もなく、視線を上げさせられる。
「……おかえり、千草」
真正面。逃げ場のない距離。それで、あのまっすぐな視線に、射貫かれる。
ぶわり、と途端、顔が熱くなった。
――――なんで、そんな目で見るんだよ。
やめろ。そんな顔、するな。……勘違いするんだよ。
やっと、割り切ったはずなのに。そんな優しい目を向けられて。すり、と頬を愛おし気に撫でられて。
――――こんなの、揺らぐに決まってる。
「……千草?」
何も言えず黙ってしまった俺に、燐が首を傾げる。
その声で、ようやく我に返った。
――――ダメだ。
これ以上、考えるな。
ぐっと唇を噛んで。間髪入れずに、手刀を振り下ろす。
「――――っだ……!」
加減が出来なくて、まぁいい音がした。けど、構わず口を開く。
「なにが、無事でよかった、だ! これくらいの任務、別になんともないっ」
副長だぞ、俺は。そう言い切る。
……本当は、嬉しくないわけじゃないけれど。でも、それとこれとは別だ。
こんな風に心配されるのは、なんか違う。
ばくばくと、早い鼓動を打つ胸はひた隠して。腕を組み、燐を睨めば、燐は頭を押さえながら、肩を震わせていた。
「お、お前は……俺は、お前が重傷だって聞いたから、こうして……っ」
「は? 重傷?」
その言葉に、思わず眉を寄せる。
確かに、怪我はした。でも、重傷って程じゃない。
……なんだ、それ。誰情報だよ。
なんて、深く考えるまでもない。そんなこと言うのなんて、一人しかいないから。
ゆっくりと振り返る。そうして視界に入るのは、呆然としている琥珀くん、呆れてる空。そして――――。
優雅にカップを傾けて、にっこり笑ってる張本人。
「ゆ・う・れ・ん・さ・ん~?」
「うふふ、バレちゃった☆」
悪びれゼロ。清々しいくらいの笑顔。
……ほんと、この人は。
頭が痛い。その顔に、本気でそう思った。
ともだちにシェアしよう!

