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三章『第五話 夕廉班長のお節介③』

  「え?」  背後から飛んできたその声に、空気が一瞬で変わった。  視界の端で、二人が後ろを振り返る。その瞬間、空が「あー」と小さく声を漏らした。 「なるほど、お節介ってそういうこと」    何かを察したように、そう呟く。今なお混乱している琥珀くんの背を、ぽん、と軽く叩きながら。  夕廉さんはその言葉に、満足げに笑みを深めていた。 「空……? なに、何の話――――」  一人、訳が分からないといった様子の琥珀くんが空を見る。  すると空は、すっと人差し指を立てた。 「……しぃ」  それだけで黙らせる。  ――――あとでな。  そう、目で語る空に気付いたのか。琥珀くんは素直に口を閉ざす。  その様子に、空は一度だけ小さく笑って――――次の瞬間、視線を俺に向けた。  ――――逃げ場が、なくなった。  空の視線から、琥珀くんも薄っすら察したのだろう。視線を感じる。  ……分かってる。  分かってるけど。  それでもまだ、頭の中では、どうにか自然にこの場を抜けられないか、そんなことばかりがぐるぐる回っていた。  無理だって、分かっているのに。  全員の視線が、痛い。  ああくそ、これもこの人のせいだ。  一度だけ、悪足掻きのようににっこり笑顔の夕廉さんを睨んでから。奥歯を嚙み締め、ゆっくり、声のした方へと顔を向けた。 「――――燐」  あれだけ露骨に避けておいて、今更、どう取り繕えばいいのかなんて分からない。  それでも、意を決して。  視界に入ったのは、肩で息をする燐の姿。荒い呼吸に、乱れた髪。  ……走ってきた、のか。  そこまでして、ここに来たんだ。――――やっぱり、バレてるんだ。  避けていたのも、全部。……なら、なおさら逃げられない。  いや違うな。――――逃げたら、ダメだ。  そう分かっているから、どうにか自分を動かして、ゆっくりと立ち上がった。   「あー……えっと、その……」  近付く。一歩、一歩。でも、目が合わせられない。  あのまっすぐな赤い目を見たら、多分――――。  ダメだ。それだけは、ダメ。  決めたはずなのに。揺れ続ける意思に、自然と視線が落ちる。  燐は、まだ何も言わない。おかげで、俺の足音だけが、やけに大きく響いた。  こつ、こつ、と。視界の端に、燐の靴が入る。  ……ああ、もう目の前か。  こんなことになるなら。あんな避け方、するんじゃなかった。 「……ごめん。報告、遅くなっ――――」  どうにか顔を上げて、言葉を出そうとした、その瞬間。  ぐっと、身体が引き寄せられる。 「っ、! ……えっ?」  抵抗する間もなく、背中に腕が回る。  あったかくて、少しだけ苦しい。  ふわりと香るのは、あの匂い。温かくて、柔らかくて。まるで陽だまりみたいな。  ――――燐の匂い。 「良かった、無事で……」  耳元に落ちてきた声は、余裕なんて一欠片もなくて。本気で、焦ってたのが分かる声だった。  身体に直接響く、その声。――――抱き締められてる。  その事実が理解できた瞬間、ぶわっと顔が熱くなる。 「っ、は⁉ なななっ、なにっ⁉ 突然何⁉」  慌てて押し返そうとするけど。押しても押しても、離れない。  むしろ、ぐぅっ、と腕の力が強くなって、より近くなる。 「燐⁉ はっ、離せって……っ!」  肩を押しても、びくともしない。しかも、何も言わない。  なんなんだ、これ。  なんでこうなる。  突然のことに、頭が追い付かない。  ――――なんだこれ⁉  なんで抱き締められてるのかも。無事という言葉も。訳が分からない。  そうやって混乱していると、不意に力が緩んだ。  ああ、やっと解放される。……そう思った、その直後。  そっ、と、頬に手が触れた。  え、と思う間もなく、視線を上げさせられる。 「……おかえり、千草」  真正面。逃げ場のない距離。それで、あのまっすぐな視線に、射貫かれる。  ぶわり、と途端、顔が熱くなった。  ――――なんで、そんな目で見るんだよ。  やめろ。そんな顔、するな。……勘違いするんだよ。  やっと、割り切ったはずなのに。そんな優しい目を向けられて。すり、と頬を愛おし気に撫でられて。  ――――こんなの、揺らぐに決まってる。 「……千草?」  何も言えず黙ってしまった俺に、燐が首を傾げる。  その声で、ようやく我に返った。  ――――ダメだ。  これ以上、考えるな。  ぐっと唇を噛んで。間髪入れずに、手刀を振り下ろす。 「――――っだ……!」  加減が出来なくて、まぁいい音がした。けど、構わず口を開く。 「なにが、無事でよかった、だ! これくらいの任務、別になんともないっ」  副長だぞ、俺は。そう言い切る。  ……本当は、嬉しくないわけじゃないけれど。でも、それとこれとは別だ。  こんな風に心配されるのは、なんか違う。  ばくばくと、早い鼓動を打つ胸はひた隠して。腕を組み、燐を睨めば、燐は頭を押さえながら、肩を震わせていた。 「お、お前は……俺は、お前が重傷だって聞いたから、こうして……っ」 「は? 重傷?」  その言葉に、思わず眉を寄せる。  確かに、怪我はした。でも、重傷って程じゃない。  ……なんだ、それ。誰情報だよ。  なんて、深く考えるまでもない。そんなこと言うのなんて、一人しかいないから。  ゆっくりと振り返る。そうして視界に入るのは、呆然としている琥珀くん、呆れてる空。そして――――。  優雅にカップを傾けて、にっこり笑ってる張本人。 「ゆ・う・れ・ん・さ・ん~?」 「うふふ、バレちゃった☆」  悪びれゼロ。清々しいくらいの笑顔。  ……ほんと、この人は。  頭が痛い。その顔に、本気でそう思った。

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