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四章『第三話 過激派組織アザミ』

 学校視察騒動から一夜明けた昼日中。文月班の一室で、俺たちは三人、卓を囲んでいた。  その中心で、瑠璃さんがかちゃりと眼鏡を掛け直す。 「――――以上が、昨日の事の顛末となります」  報告が遅くなり申し訳ありませんと、最後にそう締めくくられて、俺は小さく首を振った。 「いや、謝罪の必要はないです。どうせ貴方達のことだ、隅々まで調べてから報告したかったんでしょう」  実際、その方が俺も助かるんで。そう俺が笑えば、瑠璃さんは無表情のまま、鴇さんはにこりと笑って、それは良かったと零した。  そのまま、俺は小さく息を吐く。 「それにしても……アザミ、か」  口にした瞬間、空気が少しだけ重くなる。  俺の言葉に、二人も、揃って表情を引き締めていた。  ――――アザミ。  名前だけなら、俺も知っている。 「二十年以上も前の過激派組織が、まさか今、改めて浮上してくるなんてね……」  当時、世間を騒がせた、ドラゴン至上主義派の過激派組織。  強奪、暴行、果ては殺人まで……手段を選ばず、百人規模で動いていた、厄介極まりない連中。そのくせ、長く潜伏し続けて被害を広げ、最後にはドラゴンの系譜者にも牙を剥いたと聞く。 「最後には、睦月班の結成で特例措置として潰して……それももう、十二、三年くらい前でしたっけ」  俺の言葉に、鴇さんがそうだね、と頷いた。  ――――その、残党の心酔者。  それはまた、厄介なことだと、無意識に眉間に皺が寄る。 「……鴇さん、上には?」 「んー。それがね、始まりが始まりだったから、まだ進言してなくて」  若干言いづらそうに頬を掻く姿に、ため息が漏れた。 「でしょうね。そんな気はしてました」  そう返したところで、瑠璃さんが「その件ですが」と口を挟む。 「報告書にも、重度の過激派組織が学内に潜伏していた、としか記載していません」  言葉に続き、差し出された紙束を受け取り。礼を言いながら、ざっと目を通す。    ――――うん、やっぱり流石だ。  無駄がない、簡潔で、それでいて要点は全て押さえているその文字の羅列に、端的にそう思う。  今言葉で聞いた報告と、寸分違わない内容だ。……ただし、一点を除いて。 「……例の依頼については、一切触れてないんですね」 「はい。秘匿事項なので」  さらりと返される言葉に、思わず笑ってしまう。  確かにそうなんだけど、ここまで堂々と報告書を詐称されてしまうのも、どうなんだろうか。  まぁ確かに、翡翠様についてなんて、一言一句正直に書けるわけもないか。    言いながら、最後まで目を通して、思わず苦笑が漏れる。 「流石ですね、瑠璃さん。仕事が早い」 「恐縮です」  口ではそう言うくせに、その顔は、これくらい当然と言わんばかりで。余計に笑ってしまう。  昨日の今日で、ここまで正確に仕上げてくるのだから。本当、頭が上がらない。 「本来であれば虚偽は許されませんが、事が事ですので」 「……そうですね」  瑠璃さんと鴇さんの判断を、頭の中でなぞる。  ――――妥当だろう。  琥珀の件、洗いざらい出せば、間違いなく面倒なことになる。  そもそも、当主の家系の人間が、護衛もつけずに通学している時点で異例なのに。それが襲撃を受けて、オーバーヒートまで起こしたとなれば……最悪、軟禁だ。  ただでさえ、肩身の狭いだろう境遇。そこに、本人の意思なんて、あってないようなものだろう。  守る、という名目で囲い込まれるだけ。それくらい、容易に想像できる。  翡翠当主が、それを避けたいという気持ちは、よく分かる。    ――――だって、俺も同じだから。  何をしてでも守りたい存在。俺にも、それがある。  ――――どうすればいいのか、分からない。  そう言って揺れる、あの目を守れるのなら。俺はどんなことだってする。  だから、異論はない。  自然、落ちていた視線を上げて、鴇さんを見る。 「……アザミが関与しているこの件、彼奴には?」  名前は出さない。  でも、この人には伝わるだろうと思った。  案の定、鴇さんは一瞬だけ目を瞠って。それから、いつもの表情に戻す。 「……うん。できれば教えたくないかな」 「ですよね」  当然だ。……アイツの過去を、知っているんだから。  がり、と頭を掻いて、息を吐く。 「俺も同意見です。……アイツに関しては、過保護なくらいで丁度良い」  口にしながら、どこか呆れた気分になる。  けど、それでいいと思っている自分もいる。  それでアイツの笑顔を守れるのなら、もうなんでもいい。 「あー、あはは。そうだねぇ……あの子は、すぐ自分の殻に閉じこもっちゃうから」  悪い癖だよねぇ。なんて言って、鴇さんが柔らかく笑う。  ……その、隣で。瑠璃さんが、じとりとした目で、貴方のこと見てるんですけど。気付いてますか?  ――――人のこと言えた口か?  そんな声が聞こえてきそうな表情に、この二人も相変わらずだなと思う。  まぁ、今は見なかったことにしようと、俺は小さく苦笑を漏らすだけに留めた。  そうして話に一区切りが付いたところで。  鴇さんが、ぽつりと呟いた。  「……そっかぁ」  その声に、思わず首を傾げる。 「どうしました?」  尋ねると、静かに、けれど真っ直ぐな視線が返ってくる。  ほんの少しだけ、迷うような間を置いて。  「……いや……うん」  それから、いつもの柔らかい表情に戻す。 「やっぱり知ってたんだね、燐くん」  さっきの俺のように、ぼかした言い方。  でも、分かる。  「……当然でしょう」  一度、目を伏せて。ゆっくりと、息を吐く。 「ずっと、隣で見てきたんで」  続けて、はっきりと言葉にする。 「千草の両親が死んだ原因なんて、逆に知らないわけがない」  口調が崩れる。  自覚は、ある。でも、直す気はない。――――これが、俺の本音だから。  後悔も、焦りも。醜い執着心も。――――全部、千草に向いている。  そんな俺の言葉に、鴇さんは。 「……、……」  は、と口を開けて。  けれど、何も言わず、ただ静かに微笑んだ。 「…………ありがとう、燐くん」 「……は?」  不意に、落とされたその言葉。意味が分からなくて、思わず顔を上げる。 「どういう意味――――」  そう、言いかけて。口を閉ざす。  柔らかい笑顔。慈愛に満ちた、そんな顔。  そんな顔をされたら、もう何も言えなくて。怪訝な顔をしていたら、ついには鴇さんは、堪えきれないといった様子で笑いだしてしまった。  その隣で、瑠璃さんはため息を吐きながら、静かに眼鏡をかけ直す。 「いやぁ良かった。……うん、君はそのままでいてね」 「は? いや、意味が……」  分からない。そう俺が言っても、鴇さんは変わらずくすくすと笑っていた。

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