31 / 39
四章『第三話 過激派組織アザミ』
学校視察騒動から一夜明けた昼日中。文月班の一室で、俺たちは三人、卓を囲んでいた。
その中心で、瑠璃さんがかちゃりと眼鏡を掛け直す。
「――――以上が、昨日の事の顛末となります」
報告が遅くなり申し訳ありませんと、最後にそう締めくくられて、俺は小さく首を振った。
「いや、謝罪の必要はないです。どうせ貴方達のことだ、隅々まで調べてから報告したかったんでしょう」
実際、その方が俺も助かるんで。そう俺が笑えば、瑠璃さんは無表情のまま、鴇さんはにこりと笑って、それは良かったと零した。
そのまま、俺は小さく息を吐く。
「それにしても……アザミ、か」
口にした瞬間、空気が少しだけ重くなる。
俺の言葉に、二人も、揃って表情を引き締めていた。
――――アザミ。
名前だけなら、俺も知っている。
「二十年以上も前の過激派組織が、まさか今、改めて浮上してくるなんてね……」
当時、世間を騒がせた、ドラゴン至上主義派の過激派組織。
強奪、暴行、果ては殺人まで……手段を選ばず、百人規模で動いていた、厄介極まりない連中。そのくせ、長く潜伏し続けて被害を広げ、最後にはドラゴンの系譜者にも牙を剥いたと聞く。
「最後には、睦月班の結成で特例措置として潰して……それももう、十二、三年くらい前でしたっけ」
俺の言葉に、鴇さんがそうだね、と頷いた。
――――その、残党の心酔者。
それはまた、厄介なことだと、無意識に眉間に皺が寄る。
「……鴇さん、上には?」
「んー。それがね、始まりが始まりだったから、まだ進言してなくて」
若干言いづらそうに頬を掻く姿に、ため息が漏れた。
「でしょうね。そんな気はしてました」
そう返したところで、瑠璃さんが「その件ですが」と口を挟む。
「報告書にも、重度の過激派組織が学内に潜伏していた、としか記載していません」
言葉に続き、差し出された紙束を受け取り。礼を言いながら、ざっと目を通す。
――――うん、やっぱり流石だ。
無駄がない、簡潔で、それでいて要点は全て押さえているその文字の羅列に、端的にそう思う。
今言葉で聞いた報告と、寸分違わない内容だ。……ただし、一点を除いて。
「……例の依頼については、一切触れてないんですね」
「はい。秘匿事項なので」
さらりと返される言葉に、思わず笑ってしまう。
確かにそうなんだけど、ここまで堂々と報告書を詐称されてしまうのも、どうなんだろうか。
まぁ確かに、翡翠様についてなんて、一言一句正直に書けるわけもないか。
言いながら、最後まで目を通して、思わず苦笑が漏れる。
「流石ですね、瑠璃さん。仕事が早い」
「恐縮です」
口ではそう言うくせに、その顔は、これくらい当然と言わんばかりで。余計に笑ってしまう。
昨日の今日で、ここまで正確に仕上げてくるのだから。本当、頭が上がらない。
「本来であれば虚偽は許されませんが、事が事ですので」
「……そうですね」
瑠璃さんと鴇さんの判断を、頭の中でなぞる。
――――妥当だろう。
琥珀の件、洗いざらい出せば、間違いなく面倒なことになる。
そもそも、当主の家系の人間が、護衛もつけずに通学している時点で異例なのに。それが襲撃を受けて、オーバーヒートまで起こしたとなれば……最悪、軟禁だ。
ただでさえ、肩身の狭いだろう境遇。そこに、本人の意思なんて、あってないようなものだろう。
守る、という名目で囲い込まれるだけ。それくらい、容易に想像できる。
翡翠当主が、それを避けたいという気持ちは、よく分かる。
――――だって、俺も同じだから。
何をしてでも守りたい存在。俺にも、それがある。
――――どうすればいいのか、分からない。
そう言って揺れる、あの目を守れるのなら。俺はどんなことだってする。
だから、異論はない。
自然、落ちていた視線を上げて、鴇さんを見る。
「……アザミが関与しているこの件、彼奴には?」
名前は出さない。
でも、この人には伝わるだろうと思った。
案の定、鴇さんは一瞬だけ目を瞠って。それから、いつもの表情に戻す。
「……うん。できれば教えたくないかな」
「ですよね」
当然だ。……アイツの過去を、知っているんだから。
がり、と頭を掻いて、息を吐く。
「俺も同意見です。……アイツに関しては、過保護なくらいで丁度良い」
口にしながら、どこか呆れた気分になる。
けど、それでいいと思っている自分もいる。
それでアイツの笑顔を守れるのなら、もうなんでもいい。
「あー、あはは。そうだねぇ……あの子は、すぐ自分の殻に閉じこもっちゃうから」
悪い癖だよねぇ。なんて言って、鴇さんが柔らかく笑う。
……その、隣で。瑠璃さんが、じとりとした目で、貴方のこと見てるんですけど。気付いてますか?
――――人のこと言えた口か?
そんな声が聞こえてきそうな表情に、この二人も相変わらずだなと思う。
まぁ、今は見なかったことにしようと、俺は小さく苦笑を漏らすだけに留めた。
そうして話に一区切りが付いたところで。
鴇さんが、ぽつりと呟いた。
「……そっかぁ」
その声に、思わず首を傾げる。
「どうしました?」
尋ねると、静かに、けれど真っ直ぐな視線が返ってくる。
ほんの少しだけ、迷うような間を置いて。
「……いや……うん」
それから、いつもの柔らかい表情に戻す。
「やっぱり知ってたんだね、燐くん」
さっきの俺のように、ぼかした言い方。
でも、分かる。
「……当然でしょう」
一度、目を伏せて。ゆっくりと、息を吐く。
「ずっと、隣で見てきたんで」
続けて、はっきりと言葉にする。
「千草の両親が死んだ原因なんて、逆に知らないわけがない」
口調が崩れる。
自覚は、ある。でも、直す気はない。――――これが、俺の本音だから。
後悔も、焦りも。醜い執着心も。――――全部、千草に向いている。
そんな俺の言葉に、鴇さんは。
「……、……」
は、と口を開けて。
けれど、何も言わず、ただ静かに微笑んだ。
「…………ありがとう、燐くん」
「……は?」
不意に、落とされたその言葉。意味が分からなくて、思わず顔を上げる。
「どういう意味――――」
そう、言いかけて。口を閉ざす。
柔らかい笑顔。慈愛に満ちた、そんな顔。
そんな顔をされたら、もう何も言えなくて。怪訝な顔をしていたら、ついには鴇さんは、堪えきれないといった様子で笑いだしてしまった。
その隣で、瑠璃さんはため息を吐きながら、静かに眼鏡をかけ直す。
「いやぁ良かった。……うん、君はそのままでいてね」
「は? いや、意味が……」
分からない。そう俺が言っても、鴇さんは変わらずくすくすと笑っていた。
ともだちにシェアしよう!

