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四章『第四話 双子の恩人①』

「――――とまぁそういうわけで。話が逸れたけど、詰まるところ今回の案件は、燐くんを主軸に進めて欲しいんだ」  一呼吸を置いた後、鴇さんがそう話を締めくくる。 「もちろん、出来る限り千草くんには内密で。僕と瑠璃くんも一緒だけど……相手が相手だから、気を引き締めてね」  まぁ、君なら大丈夫だろうけど。そう呟いて、隣を見る。その視線を受けて、瑠璃さんも静かに頷いた。 「表立ってはあまり動けませんが、バックアップに関してはお任せを」  さらりと告げられたその言葉に、ふ、と笑ってしまう。  この二人が後ろにいる。それが、どれだけ頼りになることか。  自分は班員に恵まれてるな、なんて思いながら、俺ははい、と頷き返していた。 「こういう時くらい動かないと、班長やってる意味ないですからね」  よろしくお願いします。そう俺が頭を下げれば、鴇さんはようやく肩の力を抜いたように、表情を緩めた。  そのまま、大丈夫だよと呟く。 「燐くんは十分、班を守ってくれてるよ」  いつもありがとう。  その柔らかい一言に、俺はなんだか気恥ずかしくなる。  本当、この人はいつもいつも……子ども扱いが過ぎる。それも悪気がないのがまた、質が悪い。  真っ直ぐなその賛辞に、俺が何とも言えない顔をしていると。鴇さんが「それはそうと、」と辺りを見回した。 「千草くん、なかなか帰ってこないみたいだけど。どこに行っているんだい?」 「……言われてみれば、遅いですね」  鴇さんの言葉に促され、瑠璃さんも壁の時計を見上げる。  二人の報告を受けてから、かれこれ二時間弱。千草には聞かせられない案件だったので、アイツが席を外したところを見計らってから、これは始めたのだ。  その言葉に、俺はああ、と口を開いた。 「大丈夫ですよ。千草には、双子と一緒に買い出しへ行ってもらってます」 「おや、そうなの?」  気付かなかったと目を瞬かせる鴇さんに、俺は頷き返した。  「雑貨とか、他にもいろいろと。二人の話を聞くために必要だったんで」  とはいえアイツも、無理に俺が千草を遠ざけようとしていたことに、薄々気づいてそうではあったが。そういうとこばかりは聡い男だ。……俺の思いには気付かないくせに。  逃げるなと、あの話をした後だったから。深くは聞いて来なかったものの……あとで言い訳を考えとかないとな。  ただ、それをあえて言う必要はないだろうと、そこで話を切る。すると、鴇さんは納得したように口を開いた。 「そう言われたら、薬とか研磨材とか減ってたね。ありがとう、燐くん」  君は目端が効くから助かるよと、そうにこりと笑顔を向けられる。……その言葉に、俺は思わず声を詰まらせた。  なにせ、薬に関しては――――。 「いや、あの……薬が減ってるのは、その……昨日、俺がぶちまけたせい、というか……」  昨日、弥生班へ駆け出したあの瞬間に、まぁ勢いよく床に零したあの惨状。あれがなければ、そもそも今日買い出しに行く必要はなかったんだ。  だからそもそも、副長に尻拭いをさせている班長という、まぁ不名誉な状況で。 「本来なら俺が行くべきところだったのを、千草に行ってもらってる、といいますか……」  あまりの不甲斐なさに、次第に声が小さくなる。  気まずさにぽりぽりと頭を掻いていると、今まで静観していた瑠璃さんが、小さくため息を吐いた。 「分かっているとは思いますが、師走班の経理担当には、班長から直接話を通すように。副長がしてしまうよりも先に、ですよ」  いいですね、と言い含められてしまえば、否を言えるはずもなく。 「……はい」  そう、素直に頷くことしかできなかった。 「――――それにしても」  続けられた言葉に、落ちていた視線を上げる。  眼鏡を静かに押し上げ、瑠璃さんが口を開いた。 「買い出しというのは、いつもの中央通りの店ですよね。……それにしては、時間が掛かっているのでは?」  ここからほど近くにある、中央通りに店を構える雑貨店。買い出しに出かけると言えば、基本、向かう先はそこだ。だから、瑠璃さんは疑問に思ったのだろう。  店は、いくら時間を掛けようと、一時間もあればお釣りがくるぐらいの近場だ。流石に二時間は遅すぎる。 「ああ、それなら――――」  けれど、その答えを俺は知っている。 「それとは別で、武器屋に行ってるはずなんで。時間がかかってるんだと思いますよ。山吹の武器の部品が壊れたらしいんで」  その、瞬間。  「…………武器屋、ですか?」  ――――ぴくり、と。瑠璃さんが、眉を僅かに跳ねさせた。  低く、落ちる声。  意味深なその一言に、え、と声が漏れる。 「そう、ですが……どうしたんですか?」  尋ねても、瑠璃さんは口を閉ざす。それが、余計に胸をざわつかせる。  隣を見れば、鴇さんも俺と同様に、訝しむように瑠璃さんを見つめていた。  ***  人気のある通りに出た瞬間、山吹がパッと前に飛び出し、俺へと振り返る。 「副長、こっちですこっち!」  そう言いながら、山吹は、ぱぁっとはちきれんばかりの笑顔で俺を手招きする。  両手いっぱいの荷物をまるでものともしていない様子で、やたらと軽い足取りで先を行く。  ――――よく転ばないな、あれ。 「山吹、お前……なんでそんなにテンション高いんだ?」  思わず苦笑が漏れる。  ただの買い出しだぞ。雑用と言ってもいい。  それなのに、この男はやけに機嫌がいい。  ――――こんな顔を見たら。こんな事考えてる俺の方が、馬鹿らしく思えるな。  明らかに、意図的に部屋から追い出された。燐に。……それは分かるのに、あの言葉がずっと頭を過って、上手く話せなかった。  ――――逃げるな。待つから、ちゃんと考えろ。  追い出されたことに、腹が立ったのに。距離を取れるその事実に、ホッとしたのもまた、本音。  アイツのせいで、胸がそわそわと落ち着かない。  もうずっとだ。昔から――――、アイツの一言一言に、ずっと胸が搔き乱されて、仕方がない。  「こら山吹! 仕事中だぞ!」  瞬間、隣から飛んできた銀の言葉に、意識が戻る。 「もう少し落ち着けないのか、お前は……」  呆れるようにそう頭を抱える片割れに、けれど山吹はにかっとまた快活に笑った。 「いいじゃんか! だって、ここ最近外回りばっかでずーっとバタバタしてただろ? たまにはこういう息抜きも必要って!」 「息抜きって……」  はぁ、と小さく息を吐いてから。銀は一拍間を置いて、すぅっと目を細めた。 「……本音は?」 「報告書書かなくていいの最高!」 「だろうと思ったよ!」  お前という奴は!  そう、銀が山吹へと怒鳴りつけるも、どこ吹く風。山吹はらんらんと、足取り軽やかにステップを踏んでいた。  そんな二人を見ていたら。ぐちゃぐちゃな気持ちも、なんとなく晴れていく気がして、自然頬が緩む。  そうしてまだぶちぶちと小言を口にする銀に、俺は軽く手を上げて、まぁまぁと零した。 「二人とも、普段しっかり働いてくれてるから。こういう時くらい、羽を伸ばしたって何も言わないよ」 「やった、副長のお墨付き!」 「副長! コイツを甘やかさないでください!」  また騒がしくなる二人に、ただし、と語気を強める。 「伸ばすにも限度はあるからな? 節度はきちんと保つこと」  分かったか?と尋ねれば、山吹はだれんとしながら、銀はしゃんと背筋を伸ばして、はいと返事をした。 「よし。……それで? お前たち馴染みの武器屋はもうすぐなのか?」  それじゃあ話題を変えようと、そう俺が尋ねると。双子はそろってぱちくりと目を瞬かせ――――、すぐに顔を見合わせ、笑った。 「はい!」 「ここの通りを右に曲がった先です、副長!」  声が、綺麗に重なる。  こういう時は本当にそっくりだなぁ、こいつら。  その滲み出るウキウキしたその様子に、笑ってしまった。  そのまままた走り出す山吹と、『言った傍から!』とそれを注意しながらついていく銀。  その背を見つめながら、思う。  ――――こういうの、もっと付き合ってやればよかったかもな。  なんて、そんなことを。  この先にある、件の武器屋。その店主は、二人にとって、親代わりのような存在らしい。身寄りのない二人を、若く、女手一つでありながら引き取って、育てたのだとか。  生半可なことじゃ、そんなこと、できない。それが分かるから……俺は今少し、緊張してる。  だって、そんな人と俺は今日、初めて会うんだ。本当なら、もっと前に、顔を出しておくべきだったのに。  武器関連は、瑠璃さんや燐に任せきりだったから、こうしてずるずると機会を逃しまくって……。今更すぎる挨拶に、どんな顔をして掛けたらいいというのか。  そう緊張するけれど。でも、そんな俺に、二人は『やっと副長に会ってもらえる!』なんて言って、嬉しそうに笑うから。  今日、こうして来られたのは、悪くなかったんだろうな、なんて。そんなことを思った。  ――――その時。 「っ!」  どんっ!とぶつかる肩に、思わずよろめく。 「あっ、と……っ! すみません!」  前から来た人と、肩がぶつかってしまい、咄嗟に謝罪を口にする。  完全に余所見をしていた。これじゃあ山吹のこと怒れないな、なんて片隅で思いながら、目の前の人物を見やる。 「――――……いえ」  低く、それでいて静かな声。  その声に。その姿に。俺は、思わず目を瞠った。  透き通るような白い肌と、光を弾くように真っ白な髪。その中で、ひときわ深い緑の目が、俺を捉えるや柔らかく緩んだ。 「僕こそ、余所見をしていました」  すみませんと、そう静かに頭を下げるその仕草すべてが、ひどく様になる。  道行く人の視線が、自然彼に集まるくらいに、すべてが綺麗で。ああ、これが目を奪われる美しさ、というのだろう、なんてどこか冷静に思う自分がいた。  そうやって呆けてしまったものだから。彼が歩き出すのに、気付くのが遅れた。 「あっ、待――っ!」  待ってと、そう呼び留めようにも、その背はもう人ごみに紛れてしまった。  パッと見、空と同じくらいの男の子。だけど、ひどく存在感があって……それと同じくらい、現実感のない子だった。  ――――なんというか、不思議な気配を纏った子だ。……妙に、気配が薄い、というか。  なんでそんな風に思うのかは、分からなかったけど。不思議と、気に掛かる。 「……今は、気にしてる場合じゃないか」  今は、二人の後についていくのが先だ。そう思い直し、改めて前へと向き直る。  あの身形を忘れることもないだろうし、次もし会えたら、今度こそしっかり謝罪して……ちょっと、話してみよう。  このまま、忘れてはいけない気がするから。 「副長ー! どうしたんですかー!」  おいてっちゃいますよー!と、山吹の声が飛んでくる。  その声に促され、俺は今度こそ、二人の下へと駆け寄った。

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