34 / 39
四章『第六話 匿名報告』
「……瑠璃さん、武器屋がどうかしたんですか?」
俺の問いに、瑠璃さんは一瞬だけ言葉を失った。
――――あ、これ。
やらかした顔だ。
さっきの一言。明らかに引っかかる言い方だったし。俺と鴇さん、二人分の視線がそのまま突き刺さってるのを、自分でも分かってるんだろう。
少しの間の、沈黙。
「――――はぁ……」
それに折れたのは、瑠璃さんだった。
深いため息と、眉間の皺。観念した、って顔だ。
「……つい先日、中央通りのとある店が、過激派の集会所として使われていたらしく。検挙されたそうです」
「……は?」
思わず声が漏れる。
初耳だ。
隣を見れば、鴇さんも目を瞬かせていた。
「それは……聞いてないですね」
「でしょうね。私も今朝知りました」
淡々と返される言葉。
どうやら、かなり内々で処理された案件らしい。うちだけでなく、他班にもまだ、情報は下りてきていないくらいには。
――――そんなの、ありかよ。
「そう、なんですね……」
小さく息を吐きながら頷く俺の横で、鴇さんがふぅん、と細く目を窄めた。
瞬間、ピリ、と肌がひりつく。
「……何か?」
そんな鴇さん反応に、瑠璃さんがぐ、っと眉間に皺を寄せた。
けれど。
「――――いや? なんでもないよ」
にこりと。鴇さんは、瑠璃さんに笑顔を向けた。
その顔に、俺はうわ、と引く。
――――これ、笑ってるけど、機嫌よくないやつだ。
「君の情報網に感心していたんだ。流石だね、元情報部・卯月班は」
柔らかい口調のまま、妙に引っかかる言い回し。
――――珍しい。この人が、ここまで棘を見せるなんて。
そんなことを思いながら、瑠璃さんを横目で見る。すると、その顔が少し、強張っているのが分かった。
――――あー……こっちもまた、珍しい。
そんな二人を前に、これは触れない方がいいやつだと早々に悟り、そっと口を開く。
「あー……瑠璃さんの情報なら、間違いないですね」
瞬間、無性に千草に会いたくなった。
とりあえず話を戻そうと、話を続ける。
「それにしても、中央通りで集会って、向こうも随分思い切ったことしますね」
このままじゃ、空気が面倒な方向に行く。その一心で、言葉を紡ぐ。
「さっきの反応からすると、その店って武器屋なんですか?」
俺の問いに、一拍の間。
「……はい」
次いで静かに、瑠璃さんの返事が落とされた。
そのまま、事務的に情報が並べられていく。
場所は、中央通りでも奥まった路地。
建ってから一年程度の、新しい店。
そして、店主含め捕縛されたのは、若い男女――――。
続く淡々とした説明の中、ひとつだけ、引っかかる。
「……逃げた奴も、いるんですか」
「はい」
短い肯定。その声に、ざわり、と胸がざわつく。
――――嫌な予感がする。
「なるほどね」
瞬間。それまで黙っていた鴇さんが、ぽつりと呟いた。
「帰りが遅い千草くんたちの行き先に、その残党がいるかも……そう思ったわけだ、君は」
「……はい」
その問いに、今度は素直に瑠璃さんは頷いた。
そのやり取りに、俺も腕を組み、考える。
確かに、可能性としてはゼロじゃない。――――でも。
「……多分、大丈夫ですよ」
言いながら、顔を上げる。
「今日あいつらが行ってるの、双子が懇意にしてる店ですし。店主に会ったこともありますけど、まともな人ですよ」
少なくとも、過激派とつながるタイプには到底思えないような。
それに、と続ける。
「何かあれば、端末で連絡してくるでしょうし、だから――――」
――――その時だった。
ピリリリ。
「――――っ」
不意に、懐の端末が、震える。
空気が止まる。視線が、一点、俺に集中する。
「……」
取り出した端末の画面。そこには――――、『千草』の文字。
嫌なタイミングだな、と思いながら。千草の連絡に、出ないわけにはいかないので。受信ボタンを押す。
「千草? どうした、何か――――」
『ん、あーよかった、繋がった』
――――違う。
耳に入ってきた声に、一瞬で思考が切り替わる。
「……お前、誰だ」
聞こえた、知らない声。軽く、けれど妙に引っかかる声音に、自然と声が低くなる。
隣で、二人が何か言っている気配を感じる。
けれど、今はそれどころじゃない。
『僕? んー通りすがりの善人? ……いや、それはちょっと違うか。あっ、気の利く通行人A、ってことでどう?』
「あ?」
――――ふざけてるのか。
苛立ちが、じわりと滲む。
じりじりと、神経が擦り切れていく。
それなのに、通信越しの男は特に気にした様子もなく、からりと話を続けた。
『まぁいいや。時間ないし、手短にいくね』
そのまま、男は勝手に話を始めた。
『――――』
数秒。いや、体感としては、もっと短い時間。
けれど。
「――――っ!」
その内容を理解するには、十分すぎた。
勢いよく席を立つ。思考よりも先に、身体が動いた。
「え、燐くん⁉」
「班長⁉」
背後で声が上がる。けれど、止まらない。……止められない。
即座にコートと大刀を掴んで、そのまま扉へ。
蹴破る勢いで廊下へと出て、一直線に駆け出す。
「――――っ、千草!」
とにかく、今すぐ、アイツの傍に行かないと。
それしか考えられなかった。
***
何が起きたのか、理解が追い付くよりも先に。
燐くんは、いなくなっていた。
扉の向こうへと駆けていった背中。その残像だけが、やけに鮮明に焼き付いている。
――――ああ、これは。
面倒なことになったな。
そんなことを、冷静に思いながら。僕は、ゆっくりと視線を落とした。
床に転がる、通信端末。
耳に残るのは、先程までそこから響いていた。軽薄な笑い声。
「…………」
特に、言葉は交わさない。
ただ、隣に立つ瑠璃くんの気配が、ほんのわずかに鋭くなったのを感じる。
――――そうだね。
彼の目を一度見て。そのままそっと身を屈め、それを拾い上げる。
まだ、通信は繋がっている。
画面に触れて、通話状態を確認して。……問題ないと理解してから、二人で話せるよう、ボタンを操作した。
「やぁ、初めまして」
声音は、普段通り。
「楽しそうなところ申し訳ないけれど、君の話を聞いて、僕たちの班長は飛び出していってしまってね」
一拍、間を置いて。にこりと、笑みを深める。
「改めて、話を聞かせてもらってもいいかな?」
相手に、僕の顔は見えていないけれど。分かっていても、笑みを崩す気はない。
すると。ぴたりと、あの笑い声が止んだ。
それから、へぇ、と。どこか楽しげな声が、返ってくる。
『ああ、いいよ。別に隠すようなことでもないしね。お安い御用さ』
――――軽い。
けれど、その軽さが、逆に引っかかる。
横目で瑠璃くんを見ると、案の定、その眉間には深い皺が。……まぁ、気持ちは分かる。
――――僕も、あまり好きなタイプではないかな。
「……助かるよ」
それでも。その感情は表に出さず、軽く礼を述べて、「それじゃあ」と問いを重ねる。
「君は何者で、何を話したのか。そこから教えてくれるかな」
『そりゃあ、もちろん』
間髪入れずに返ってくる声。それは、自分がただの通行人であることを告げた後。
静かに、続けた。
『彼には、この通信機の持ち主について話したよ』
予想通りのその言葉。
――――やっぱり、そこか。
内心で呟く。
『ああそうだ、君たちも急いだほうがいい』
続いた言葉に、自然と意識が研ぎ澄まされる。
『店にいる奴、中々手段を選びそうにはなかったからね』
どこまでも淡々とした口調。それが、ただ状況だけを告げた。
『彼、腕は立ちそうだったけど……甘いよね。ああいうタイプはさ、民間人を盾にされたら、すぐに動けなくなる』
くすり、と笑う気配。
『君も、そう思わない?』
その言葉に、小さく息を吐く。
「――――なるほど」
状況は、十分すぎるほどよく分かった。
――――だから、燐くんは迷わなかったわけだ。
「瑠璃くん」
「はい」
彼を呼ぶと、間髪入れず返事が来た。
「手配は既に済ませています。皐月班、並びに卯月班へ通達済みです。住民への伝達も、間もなく完了するかと。」
早い。そして、無駄がない。
――――……本当、相変わらずだ。
「流石だね」
思わず、そう零す。
これは、本心からの言葉だ。その速さに対して、深く突っ込む気は今はない。
――――今は、優先順位が違う。
「バックアップは問題なさそうだ」
端末を持ち直しながら、カロン、と、一歩前へと歩み出る。
「それじゃあ、僕たちも行こうか」
久し振りだな、現場。
そんなことを思いながら、口元に笑みを乗せる。
すると、隣から、冷ややかな声が飛んできた。
「……くれぐれも、足を引っ張らないようお願いします」
「えぇ? 手厳しいなぁ、君は」
軽く、肩を竦める。
これが、僕たちの通常運転。やるべきことはやったんだ。なら、焦ったところで意味はない。
けれど、そんな僕たちのやり取りの最中。端末の向こうから、ふぅん、と気のない声が落ちてきた。
『随分と優秀なんだね』
興味がなさそうでいて、どこか値踏みするような。そんな声。
『なら、僕はもうお役御免かな?』
それが、不意にからからと笑った。
『いやぁ良かった、これで僕も安心だ』
良かった良かったと男は頻りにそんなことを呟く。
――――安心、ね。
明らかに、本心からくるものではないことが窺える、その声音に。ほんのわずかに、目を細める。
「……それはどうも」
短く返せば、すぐにそれじゃあ、と続く。
『あとはよろしく。僕も、彼の無事を祈ってあげるよ』
一方的に、そう言い残して。ぷつり、と、通信は途切れた。
「…………」
途端、辺りを包む静寂。
ついさっきまであった気配が、嘘みたいに消えた。
軽薄と言って差し支えない、へらへらとした声の主。
「……ふぅ」
小さく、息を吐く。
そのまま、顔を上げて、一言。
「――――面倒だな」
ぽつり、零した。
さっきまで張り付けていた笑みは、もうない。
そのことに気付いたのは、きっと。――――隣にいる、瑠璃くんだけだろう。
ともだちにシェアしよう!

