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四章『第六話 匿名報告』

「……瑠璃さん、武器屋がどうかしたんですか?」  俺の問いに、瑠璃さんは一瞬だけ言葉を失った。  ――――あ、これ。  やらかした顔だ。  さっきの一言。明らかに引っかかる言い方だったし。俺と鴇さん、二人分の視線がそのまま突き刺さってるのを、自分でも分かってるんだろう。  少しの間の、沈黙。 「――――はぁ……」  それに折れたのは、瑠璃さんだった。  深いため息と、眉間の皺。観念した、って顔だ。 「……つい先日、中央通りのとある店が、過激派の集会所として使われていたらしく。検挙されたそうです」 「……は?」  思わず声が漏れる。  初耳だ。  隣を見れば、鴇さんも目を瞬かせていた。 「それは……聞いてないですね」 「でしょうね。私も今朝知りました」  淡々と返される言葉。  どうやら、かなり内々で処理された案件らしい。うちだけでなく、他班にもまだ、情報は下りてきていないくらいには。  ――――そんなの、ありかよ。 「そう、なんですね……」  小さく息を吐きながら頷く俺の横で、鴇さんがふぅん、と細く目を窄めた。  瞬間、ピリ、と肌がひりつく。 「……何か?」  そんな鴇さん反応に、瑠璃さんがぐ、っと眉間に皺を寄せた。  けれど。 「――――いや? なんでもないよ」  にこりと。鴇さんは、瑠璃さんに笑顔を向けた。  その顔に、俺はうわ、と引く。  ――――これ、笑ってるけど、機嫌よくないやつだ。 「君の情報網に感心していたんだ。流石だね、元情報部・卯月班は」  柔らかい口調のまま、妙に引っかかる言い回し。  ――――珍しい。この人が、ここまで棘を見せるなんて。  そんなことを思いながら、瑠璃さんを横目で見る。すると、その顔が少し、強張っているのが分かった。  ――――あー……こっちもまた、珍しい。  そんな二人を前に、これは触れない方がいいやつだと早々に悟り、そっと口を開く。 「あー……瑠璃さんの情報なら、間違いないですね」  瞬間、無性に千草に会いたくなった。  とりあえず話を戻そうと、話を続ける。 「それにしても、中央通りで集会って、向こうも随分思い切ったことしますね」  このままじゃ、空気が面倒な方向に行く。その一心で、言葉を紡ぐ。 「さっきの反応からすると、その店って武器屋なんですか?」  俺の問いに、一拍の間。 「……はい」  次いで静かに、瑠璃さんの返事が落とされた。  そのまま、事務的に情報が並べられていく。  場所は、中央通りでも奥まった路地。  建ってから一年程度の、新しい店。  そして、店主含め捕縛されたのは、若い男女――――。  続く淡々とした説明の中、ひとつだけ、引っかかる。 「……逃げた奴も、いるんですか」 「はい」  短い肯定。その声に、ざわり、と胸がざわつく。  ――――嫌な予感がする。 「なるほどね」  瞬間。それまで黙っていた鴇さんが、ぽつりと呟いた。 「帰りが遅い千草くんたちの行き先に、その残党がいるかも……そう思ったわけだ、君は」 「……はい」  その問いに、今度は素直に瑠璃さんは頷いた。  そのやり取りに、俺も腕を組み、考える。  確かに、可能性としてはゼロじゃない。――――でも。 「……多分、大丈夫ですよ」  言いながら、顔を上げる。 「今日あいつらが行ってるの、双子が懇意にしてる店ですし。店主に会ったこともありますけど、まともな人ですよ」  少なくとも、過激派とつながるタイプには到底思えないような。  それに、と続ける。 「何かあれば、端末で連絡してくるでしょうし、だから――――」  ――――その時だった。  ピリリリ。 「――――っ」  不意に、懐の端末が、震える。  空気が止まる。視線が、一点、俺に集中する。 「……」  取り出した端末の画面。そこには――――、『千草』の文字。  嫌なタイミングだな、と思いながら。千草の連絡に、出ないわけにはいかないので。受信ボタンを押す。 「千草? どうした、何か――――」 『ん、あーよかった、繋がった』  ――――違う。  耳に入ってきた声に、一瞬で思考が切り替わる。 「……お前、誰だ」  聞こえた、知らない声。軽く、けれど妙に引っかかる声音に、自然と声が低くなる。  隣で、二人が何か言っている気配を感じる。  けれど、今はそれどころじゃない。 『僕? んー通りすがりの善人? ……いや、それはちょっと違うか。あっ、気の利く通行人A、ってことでどう?』 「あ?」  ――――ふざけてるのか。  苛立ちが、じわりと滲む。  じりじりと、神経が擦り切れていく。  それなのに、通信越しの男は特に気にした様子もなく、からりと話を続けた。 『まぁいいや。時間ないし、手短にいくね』  そのまま、男は勝手に話を始めた。 『――――』  数秒。いや、体感としては、もっと短い時間。  けれど。 「――――っ!」  その内容を理解するには、十分すぎた。  勢いよく席を立つ。思考よりも先に、身体が動いた。 「え、燐くん⁉」 「班長⁉」  背後で声が上がる。けれど、止まらない。……止められない。  即座にコートと大刀を掴んで、そのまま扉へ。  蹴破る勢いで廊下へと出て、一直線に駆け出す。 「――――っ、千草!」  とにかく、今すぐ、アイツの傍に行かないと。  それしか考えられなかった。  ***  何が起きたのか、理解が追い付くよりも先に。  燐くんは、いなくなっていた。  扉の向こうへと駆けていった背中。その残像だけが、やけに鮮明に焼き付いている。  ――――ああ、これは。  面倒なことになったな。  そんなことを、冷静に思いながら。僕は、ゆっくりと視線を落とした。  床に転がる、通信端末。  耳に残るのは、先程までそこから響いていた。軽薄な笑い声。 「…………」  特に、言葉は交わさない。  ただ、隣に立つ瑠璃くんの気配が、ほんのわずかに鋭くなったのを感じる。  ――――そうだね。    彼の目を一度見て。そのままそっと身を屈め、それを拾い上げる。  まだ、通信は繋がっている。  画面に触れて、通話状態を確認して。……問題ないと理解してから、二人で話せるよう、ボタンを操作した。 「やぁ、初めまして」  声音は、普段通り。 「楽しそうなところ申し訳ないけれど、君の話を聞いて、僕たちの班長は飛び出していってしまってね」  一拍、間を置いて。にこりと、笑みを深める。 「改めて、話を聞かせてもらってもいいかな?」  相手に、僕の顔は見えていないけれど。分かっていても、笑みを崩す気はない。  すると。ぴたりと、あの笑い声が止んだ。  それから、へぇ、と。どこか楽しげな声が、返ってくる。 『ああ、いいよ。別に隠すようなことでもないしね。お安い御用さ』  ――――軽い。  けれど、その軽さが、逆に引っかかる。  横目で瑠璃くんを見ると、案の定、その眉間には深い皺が。……まぁ、気持ちは分かる。  ――――僕も、あまり好きなタイプではないかな。 「……助かるよ」  それでも。その感情は表に出さず、軽く礼を述べて、「それじゃあ」と問いを重ねる。 「君は何者で、何を話したのか。そこから教えてくれるかな」 『そりゃあ、もちろん』  間髪入れずに返ってくる声。それは、自分がただの通行人であることを告げた後。  静かに、続けた。 『彼には、この通信機の持ち主について話したよ』  予想通りのその言葉。  ――――やっぱり、そこか。  内心で呟く。 『ああそうだ、君たちも急いだほうがいい』  続いた言葉に、自然と意識が研ぎ澄まされる。 『店にいる奴、中々手段を選びそうにはなかったからね』  どこまでも淡々とした口調。それが、ただ状況だけを告げた。 『彼、腕は立ちそうだったけど……甘いよね。ああいうタイプはさ、民間人を盾にされたら、すぐに動けなくなる』  くすり、と笑う気配。 『君も、そう思わない?』  その言葉に、小さく息を吐く。 「――――なるほど」  状況は、十分すぎるほどよく分かった。  ――――だから、燐くんは迷わなかったわけだ。 「瑠璃くん」 「はい」  彼を呼ぶと、間髪入れず返事が来た。 「手配は既に済ませています。皐月班、並びに卯月班へ通達済みです。住民への伝達も、間もなく完了するかと。」  早い。そして、無駄がない。  ――――……本当、相変わらずだ。 「流石だね」  思わず、そう零す。  これは、本心からの言葉だ。その速さに対して、深く突っ込む気は今はない。  ――――今は、優先順位が違う。 「バックアップは問題なさそうだ」  端末を持ち直しながら、カロン、と、一歩前へと歩み出る。 「それじゃあ、僕たちも行こうか」  久し振りだな、現場。  そんなことを思いながら、口元に笑みを乗せる。  すると、隣から、冷ややかな声が飛んできた。 「……くれぐれも、足を引っ張らないようお願いします」 「えぇ? 手厳しいなぁ、君は」  軽く、肩を竦める。  これが、僕たちの通常運転。やるべきことはやったんだ。なら、焦ったところで意味はない。  けれど、そんな僕たちのやり取りの最中。端末の向こうから、ふぅん、と気のない声が落ちてきた。 『随分と優秀なんだね』  興味がなさそうでいて、どこか値踏みするような。そんな声。 『なら、僕はもうお役御免かな?』  それが、不意にからからと笑った。 『いやぁ良かった、これで僕も安心だ』  良かった良かったと男は頻りにそんなことを呟く。  ――――安心、ね。  明らかに、本心からくるものではないことが窺える、その声音に。ほんのわずかに、目を細める。 「……それはどうも」  短く返せば、すぐにそれじゃあ、と続く。 『あとはよろしく。僕も、彼の無事を祈ってあげるよ』  一方的に、そう言い残して。ぷつり、と、通信は途切れた。 「…………」  途端、辺りを包む静寂。  ついさっきまであった気配が、嘘みたいに消えた。  軽薄と言って差し支えない、へらへらとした声の主。 「……ふぅ」  小さく、息を吐く。  そのまま、顔を上げて、一言。 「――――面倒だな」  ぽつり、零した。  さっきまで張り付けていた笑みは、もうない。  そのことに気付いたのは、きっと。――――隣にいる、瑠璃くんだけだろう。

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