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四章『第十一話 幕間/その頃』
下校時刻を知らせる鐘が鳴った瞬間、俺は席を立った。
鞄を肩に引っ掛けて、誰にも声を掛けず、そのまま教室を出る。
今日の授業がどうだっただの、あの教師がどうだの。どうでもいい話を垂れ流してる連中の声は、正直耳障りだ。馴れ合いたくない。
……まぁ、向こうも薄々それに気付いてるんだろう。無駄に話しかけてくることもないから、その点は楽でいい。
さっさと教室を出たせいか、廊下にはまだ人が少ない。これも、いつも通り。
そのまま廊下を抜けて、階段を降りる。一直線に向かう先は、決まってひとつだ。
校舎一階の端。ほとんど誰も寄りつかない、旧資料室。
静かで、誰にも邪魔されないこの場所が――――アイツとの、待ち合わせ場所。
「……流石にまだ来てないか」
扉の前まで来て、そのまま引き戸を開け、軽く中を見回して、ひとつ息を吐く。
雑多に物が積まれた狭い部屋に、人影はない。それを確認してから俺は、窓際まで歩き、そのまま壁に背を預けた。
やることもない。ただ、窓の外の空をぼんやり見上げながら、待ち人の事を思う。
俺はすぐ抜けてくるが、アイツは違う。やることをきっちり終えてから来るタイプだ。俺と違って不愛想でもないし、人付き合いは悪くない。
だから、待つのはいつもの事だ。
――――今日はどれくらいで来るか。
そんなことを考えていると、がらり、と扉の開く音がした。
反射的に、そっちを見る。
なんだ、思ったより早かったな。……そう思いかけて――――。
「……あ?」
思わず、声が漏れた。
「――――ん、ああ良かった。本当に此処にいた」
柔らかい声。人好きするだろう、ふわりとした笑顔。
その姿に、俺は一気に自分の眉間に皺が寄ったのが分かった。
白い髪に、日焼けなんか知らないといった白い肌。パッと見頼りなさそうに見えるその姿は、けれど彼の深い緑の目で、がらりと印象を変える。
――――なんで、コイツがここに来る。
「やぁ、空くん。探したよ」
生徒会長、孔雀(くじゃく)。……コイツは、苦手だ。
「……何で、俺がここにいるって分かったんですか。孔雀会長」
わざと嫌悪感を隠しもせず、睨むように視線を向ける。
上級生だろうが、教師にも信頼の厚い奴だろうが、知ったことか。嫌なものは嫌なのだ。
けれど、その当人は、それを気にした様子もない。にこにこと、笑顔のまま近づいてくる。――――それが、益々気に食わない。
「以前、琥珀くんに相談したことがあってね。君に話しかけようとしても、すぐ避けられてしまうから、どうすればいいかなって。どうやら君は、あまり僕を好ましく思っていないみたいだから」
わざとらしい悲しむ素振りを見せる会長に、ふん、と息を漏らす。
「それはすみませんでした。今後気を付けます」
微塵も思っていない謝罪の言葉。
もし、琥珀から直接お願いされたとしても、アンタと仲良くなるのは御免だ。
そんな、明らかに棒読みな俺の言葉に。けれど会長は、また気にした様子もなく、すぐに笑顔を浮かべた。
――――……まただ。その顔……気味が悪い。
「……で? 生徒会長殿が俺に何の用」
とにかくさっさと終わらせたい。そう思って促すと、会長はひどくわざとらしい動きで「そうそう」と言ってぽん、と手を合わせた。
「君に、これを渡しておこうと思ってね」
そう言って、会長は右手を差し出してきた。ぐっと握りしめられたその手に、首を傾げる。
「は? 渡すってなに――――、」
「まぁまぁ! ほら、手を出して!」
「ちょっ、なに……っ!」
訝しんでいると、そうやって急に無理やり手を掴まれ、何かを握らされたものだから。声が上擦った。
「てめっ、なにしやがっ――――」
そう、言いかけて。言葉を飲み込む。
ころりと、手のひらにすっぽり収まる、小さなソレ。ソレを、俺はよく知っている。
「……おい」
すぅ、と、視線を手元から、手前の男へと向ける。
「コレ、どこで拾った」
小さく、けれど精巧なその機器はまぎれもなく――竜族取締機関の、通信端末だ。
――――しかも、コレは……。
そう俺が尋ねるも、会長は変わらず穏やかな顔のまま、にこ、と目を細めた。
「実は僕、今日はちょっと用事でお休みをもらっていてね。それで、中央区の大通りにいたんだけど、その時拾ったんだ」
「中央区……?」
俺の言葉に、会長はうんと頷き返し、ほら、と続けた。
「君のお兄さん、取締機関の人なんだろう? だから渡してもらおうと思ってね。頼めるかな?」
にこにこと笑顔を浮かべるその顔を、じっと見つめる。
……嘘では、ない……か?
なんとなく。そう思う。
取締機関の本部があるのも、中央区。だからまぁ、こういうのが落ちていても、不思議じゃない。
「……そうですか。わかりました」
そう言って、端末を握る。
「そうかい! いやぁ良かった、大事なものだろうから、君が届けてくれるなら安心だ」
その笑顔に。その言葉に。普通の人なら、流石生徒会長だ、なんてことを言うのだろう。学校外ですら、模範的で、頼りになる奴だって。
でも、だとしたら引っかかる。
「――――なんでですか?」
「ん?」
静かに、端的に、疑問を投げる。
「なんで、わざわざ俺に渡しにきたんです? そのまま本部に届ければよかったじゃないですか」
そう、中央区にいたのなら、本部に持って行った方が早いし、確実だ。俺に持ってくる必要なんて、ない。
ちら、と視線を落とす。
端末に記されている、花のマーク。それは、各班の象徴の花だ。機関から支給されている物は、所有者が分かるようになってる。
この端末の花は、睡蓮――――それは、文月班の象徴だ。
偶然か、それとも……。
そこを指摘すると、会長はほんの一瞬だけ、目を丸くした。
けれど。すぐにまた、にこりと笑った。
「嫌だなぁ、空くん」
分からないかい?と、いやにゆったりとした口調で告げた後。会長は一歩、俺に近付いてきた。
「……何が、ですか」
警戒心を強めながら、ぐ、と睨む。
すると、会長は――――とびきりの笑顔で、にこりと笑った。
「僕はただ、君と話す口実が欲しかったんだよ」
「……はぁ?」
そうして返ってきた言葉に、思わず声が漏れる。
――――口実?俺と?……意味が分からない。
素で分からないと言った俺に対し、会長は緩く首を傾げる。
「何度も言ってるだろう? 僕は、可能なら君と仲良くなりたいんだ」
「……何で、俺なんかと」
俺と関わったって、メリットなんてないだろうに。
本気で分からずそう零せば、逆に向こうが不思議そうに眼を瞬かせた。
「えぇ、分からない? 理由なんて特にないさ。ただ……そう思っただけだよ」
それじゃダメかな?なんて零す会長の言葉に、ただ眉間に皺が寄る。
意味不明だ。
……嘘には、聞こえない。けれど、だからこそ――――気味が悪い。
そう思った時だ。
扉の向こうから、足音が聞こえた。次第に大きくなる音に、す、と扉へと目を向ける。
その瞬間。がらりと、扉が開いた。
「悪い空、遅くなっ――!」
現れた、飴色の瞳と銀髪。
――――遅ぇ。
やっときた待ち人の姿に、思わず浮かんだ言葉。けれど、それは口にせず、ふん、と息を吐く。
そんな待ち人――琥珀は、俺と……孔雀会長の姿を見つけて、きょとりと目を丸くさせた。
「やぁ、琥珀くん」
「え、あれ、孔雀会長? なんで……」
戸惑う琥珀に対し、会長は特に気にした様子もなく、琥珀に笑いかけた。
「会長、確か今日は、ご自宅の用事でお休みだったんじゃ……」
琥珀は、この男と仲が良い。なるほど、だから『なんで』なのか。
休んでるはずのコイツが学校にいれば、そりゃあ不思議だよな。
そんなことを考えていると、会長は一拍の間を置いた後。にこりと、また笑った。
「うん、そうだよ。ちょっと害虫駆除をね」
***
資料室を出て、帰る道中。琥珀に、さっきまでの事を、掻い摘んで話してやる。
「なるほどな……そう言われてみれば、前々から会長、空のこと気にしてたな」
「意味が分からん……。なんで俺なんかを……」
――――こんな、中途半端な人間のこと、構ったところで。
「こら」
思わず、思考が沈みかけたその時。即座に飛んできた声に、顔を上げた。
眉尻を上げて、怒ったように睨むその姿に。目を丸くする。
「……いくらお前でも、俺の親友を侮辱するのは許さないぞ」
俺が、何を考えていたのか分かったのか。
そうはっきりと告げる琥珀に、俺はぱちくりと目を瞬き……最後には、ふ、と笑ってしまった。
――――ああ、コイツには敵わねぇな。
「……悪い」
そう言って、くしゃりと琥珀の頭を撫でる。
すると、琥珀はふん、と鼻を鳴らし、『分かればいい』と胸を張った。
満足そうに笑う琥珀に、苦笑が漏れる。
けれど。すぐに、俺は話を切り替えた。
「――――それより琥珀、分かってるな?」
そう俺が告げれば、琥珀の表情が一瞬強張った。
それは気にせず、続ける。
「昨日の人攫いのいる場所。案内しろよ」
はっきりと。間違いようもなく、そう俺が言えば。琥珀の顔が固まった。
「……空、お前、本気で行くのか?」
「当たり前だろ」
鼻で笑って、当然と返す。
「知りたきゃ来いって言ってただろ、アイツ。……俺も、知りたいんだよ俺自身のこと」
自分の事。ずっと、不思議だったこの力。
それを知る手立てがあるのなら。行かないわけにはいかない。
ぐ、と右手を握って、視線を落とす。
しばらくの沈黙。
それを破ったのは、琥珀の、諦めたような吐息だった。
「……どうせ、止めても行くもんな、お前は」
分かったよ。琥珀はそう言って、俺の背をぽんと叩いた。
「とは言っても、あの人、じっとしない人だから。会えなかったら諦めろよ」
「そん時はそん時だ」
俺の返しに、諦める気はないってことね、と琥珀が呟いた。
よく分かってんじゃん。
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