40 / 45
五章『第一話 皐月班副長、桔梗という男①』
竜族取締機関所属、中央区管轄班――皐月。
俺たち文月班と同じく、各地区の防衛を担う班の長は五人。副長は四人いる。
東区担当――長月班班長、霰(あられ)と、副長、蘇芳(すおう)さん。
西区担当――葉月班班長、昌(あきら)さんと、副長、菊花(きくか)さん。
北区担当――水無月班班長、紫苑。
南区担当は俺たち、文月班で、残りが中央区担当――皐月班だ。
他にも機関に所属する班はあるが、特に顔を合わせる機会が多いのは、このメンバ―だろう。
情報交換だとか、当主を交えた会合だとか。ちょくちょくあるので、顔くらいは嫌でも覚える。……けど、言ってしまえば、それくらいの関係で。基本、自班にいることの方がほとんどだから、よっぽど仲良くなければ、他所の班との面識は正直薄い。
特に俺なんかは、千草以外に興味はないから……余計に。
「そう思わないかい? 文月班班長、燐君」
にこりと笑う、皐月班副長、桔梗。長会議で挨拶を交わす程度の、浅い間柄。
そんな相手なのに。桔梗副長の言葉は、あまりに俺の罪悪感を真正面から捉えてくるものだから。喉の奥で言葉が詰まって、上手く声にならない。
――――優秀な部下の言葉は、ちゃあんと聞くべきだよ。
そう言って、俺の嘘を拾い上げ、お節介ともいえる言葉を落としてきた。
「…………」
医務室に、妙な静けさが落ちる。
桔梗副長の肩越し、鴇さんが何かを言おうとしたのが見えたが、それは桔梗副長に制され、音にならなかった。
そのまま向けられる、濃紫の双眸。じぃ、と。口元をゆぅるりと弧に描いて。ただ静かに、俺を見つめて離さない。
待っているんだろう。俺の言葉を。
――――まぁ、別に逃げる気もないが。
一度、息を吐いて。俺はそうですね、と口を開いた。
「俺も、貴方の言う通りだと思います。嘘は、少なければ少ない方がいい」
そのまま、思ったことを正直に。
吐く側も、吐かれる側も。どっちにとっても、その方が良いに決まってる。そう思ったから。
「……ほぅ?」
すると、桔梗副長の目が、ぱちくりと瞬いた。
意外そうな顔に、呟かれた声音。その顔には、さっきまでの笑みはない。
その顔を見て。俺は、すぅ、と目を細める。
――――……ああ、なるほど。そういうことか。
一呼吸置いて、俺は静かに続けた。
「……言っておきますけど、確かに俺、本調子ではないですけど。別に病んでないですからね? まぁ、腹は立ってますけど」
「……なに?」
そう吐き捨てると、桔梗副長も、鴇さんも。揃ってぽかんとした顔をした。
……やっぱり、だからか。
続けて、念押しも兼ねて呟く。
「さっきから、妙に俺の事聞いてくるから、違和感あったんですよね。……まぁ、暴走しかけた手前、説得力はないですが」
自分で、大切な存在を傷付けた。そんな自分の未熟さに腹は立つが……それだけだ。別に、自己嫌悪に陥って、自棄になってるわけじゃない。
すると、今度は鴇さんが慌てたように声を上げた。
「ま、待ってくれ、燐くん!」
その声に、視線を向ける。
なんですか、と返せば、鴇さんは少し言葉を探すようにしてから、口を開いた。
「あー、その……。君は、自分が千草くんを傷つけてしまったことを、責めているんじゃ……ないのかい?」
だから、君も傷付いて――――そう続きかけた言葉に、声を被せる。
「確かに。……無力さは、腹立ちますよ」
そこで切ってから。でも、と、力強く続ける。
「傷付くっていうのとは、ちょっと違うと思います」
はっきりと、そう言い切る。すると、鴇さんからは『えぇ……?』と間の抜けた声が返ってきた。
「贖罪、とか……」
「そんなの、必要性が分かりません」
「じゃ、じゃあ、君が千草くんの傍にずっといるのは……っ?」
「? ただ俺がいたいからですが」
何を今更、といった言葉は飲み込んで。けれど、鴇さんの言葉の意味が分からなくて、首を傾げる。
投げられる言葉には、ほとんど反射で答えた。別に、考えてないわけじゃなく。本当に、ただ思ったままを口にした。
一体、なんでそんな発想に至ったのか……。俺が答えるたびに、鴇さんが妙な顔をしていたが、なぜそんな顔をするのか分からない。
――――なんだ、鴇さんは何が言いたいんだ?
首を傾げながら、そもそも、と俺は口にした。
「というか、そもそもそれは俺じゃなくて、千草が俺に向けるものです。……責めるのも、叱るのも」
だから、俺はここにいる。千草が起きた時、すぐ千草の思いを受け止めるために。
そう続けた瞬間、また、鴇さんにぽかんとされてしまった。
――――んん? ……俺、なんかおかしいこと言ったか?
「――――っ、ふ……っ」
そう思った、その時だった。
「っふ、ふふふ……っ、なんだいそれ……!」
いきなり、すぐ傍で笑い声が弾けたものだから、驚いた。
思わず目を向けると、そこでは、桔梗副長が腹を抱え笑っていた。
「いやぁ、面白い子だねぇ君! 今時珍しい!」
遠慮もなく声高々にそう叫び、笑い続けるその姿に、思わず目を丸くしてしまう。
さっきまでの上っ面だけの笑顔じゃない、心の底から可笑しいと、そう言わんばかりの顔。それで桔梗副長は、本当に愉し気に、くつくつと笑っていた。
そんな桔梗副長の様子に、鴇さんも流石に驚いた顔をして彼を見ていた。
……なんだ?
笑いながら、桔梗副長は目元の涙を拭う。
「長く生きてきたけどねぇ、君みたいな子に会うのは二度目……いや、三度目かな? ま、なんでもいいか。……いやぁ、いいねぇ。是非とも君は、そのままでいてくれたまえよ」
――――その方が、面白い。
そう言い切るその態度に、なんというか……じわじわと苛立ちが湧いてくる。
……いや、本当なんだよ、コイツ。
「……別に、そこまで笑われる筋合いはないと思いますけど」
眉を顰めたまま、そう吐き捨てる。
「というか、さっきから年寄りだなんだ言ってますけど、言うほどでしょ。上の連中の方が、よっぽど……」
そう言いながら、じろりと値踏みするよう、桔梗副長を見る。
鴇さんよりは、確かに上に見えるけれど……見た目だけなら、せいぜい四十前後。機関の中じゃあ、十分若い方だ。
規則がどうのとか口煩く言う、上の爺たちの方が――――。
「おや」
素直に俺がそう言うと、桔梗副長はぴたりと笑いを止めた。……とはいえ、その口元は、まだ緩んだままだが。
「なんだ、君は、私の噂を知らないのかい?」
「……噂?」
思わず聞き返す。
――――知らないな。
改めて記憶を遡ってみるも、まったく、これぽっちも、この男の情報は引っかかってこない。
そもそも、千草以外のことなんて興味がないのだから、仕方がない。
そう思っていると、何かを察したのか、桔梗副長はくすりと小さく笑った。
「いや、それならいいさ。興味のないことなんて、いちいち覚える必要もないのだから」
含みのある言い方に、首を緩く傾げる。
桔梗副長の後ろでは、鴇さんがやれやれと言いたげに息を吐いていたけれど。この男が言う言葉の意味を、理解したような眼をしていた。
辛そうというか……哀しむような、そんな眼。鴇さんが、なんでそんな眼を桔梗副長に向けるのか、分からなくて。興味は変わらずないのに……少しだけ気になった。
「噂って、一体――――」
気になったから、聞こうとして。そこまで口にした瞬間だった。
「――――やっぱりココにいやがったか……」
唸るように低い声が、部屋に響いたものだから。反射的に口を閉じた。
あからさまに、怒気を孕んだ唸り声。それが飛んできた瞬間に、目の前の男の動きがぴたりと止まった。
「……ぁー……」
だらだらと流れる汗と、途端引き攣る、始終胡散臭かったあの笑み。その姿を見れば、声の主が向ける怒りの矛先が誰か、なんて……一目瞭然だろう。
そのままぎこちなく、けれどゆっくり振り返った桔梗副長の、視線の先。この医務室の、入り口。そこには、一人の男が立っていた。
「や、やぁ、藍(らん)君。お疲れ様……よく此処だって分かったね?」
さっきまでの自信満々なそれとは違う、歯切れの悪い声。それに対して返ってきたのは……露骨な苛立ちだった。
「あぁ? お前の笑い声が廊下まで聞こえてんだよ。分からねぇ方が可笑しいだろーが!」
ずかずかと、大きな歩幅で部屋に足を踏み入れたその男は、一直線に桔梗副長の元へと歩み寄っていた。
相変わらず、でかいな。
俺より、単純に一回りは上だろうその体格に、圧倒される。何せ、近付くほどに圧が増すのだ。何も口に出せなくなる。
鮮やかな金と、そこに混じる黒の髪。それを乱雑にくしゃりと掻き上げながら、彼は続けた。
「そもそも、何年の付き合いだと思ってんだ? ……お前の考えなんざ、見え透いてんだよ」
「ゔ……っ」
ぶつぶつと文句を垂れながら、彼は、桔梗副長の前で立ち止まった。
ぎろりと、その鋭い眼光に見下ろされ、桔梗副長は明らかにたじろいでいた。
……へぇ。
その姿に、目を瞬かせる。
この人とは、何度かやり取りしたことがあったが。まさか、ここまで感情をむき出しにするような人だったとは。
面倒見の良い彼の印象しかなかったから、少し意外だ。
「――――藍班長。報告、お疲れ様です」
そんなことを思いながら声を掛けると、さっきまでの苛立ちが嘘みたいに、気さくな声が返ってきた。
「ん、ああ燐班長。今回は悪かったな、迷惑かけた」
その返しに、少しだけ肩の力が抜ける。
……そう、こういう人だよな、この人は。
皐月班班長、藍。
彼の登場で、場の流れは完全に切り替わったのが分かった。
ともだちにシェアしよう!

