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五章『第五話 衝撃の告白』
「……ただ、その前に」
しんと静まり返った医務室。その中で、燐が低く息を吐く音がした。
「……千草、悪かった」
膝に手を置いて、そう言いながら、燐は深く頭を下げてきたものだから。ぎょっとしてしまう。
「え……っ?」
落とされたその言葉は、俺が想像していたものとはまるで違っていて。その意図が分からなくて、呆然としてしまう。
――――なんで、謝るんだ。
すると燐は、そんな俺の反応に気付いたのか、視線を伏せたまま静かに続けた。
「……助けに行ったくせに、結果的に、お前に余計な無茶させた」
だからごめんと、続く謝罪の言葉に、俺はかっとなる。
「――――っ、な!」
なんでそうなる。違うだろ、そんなこと思ってない。
予想外すぎる言葉に、咄嗟に否定の言葉が、口から飛び出す。
「それは違――っ」
「千草」
それなのに。違うと、そう言い切ろうとしたその瞬間、被せるように名前を呼ばれ口を噤む。
すぅ、と向けられる、真っ直ぐな赤い瞳が……そうさせない。
「こればっかりは、いくらお前に否定されても取り下げるつもりはない」
そう告げる燐は、どこまでも静かだった。けれど、その声には、一切の迷いが感じられない。
「今回の件で、実際俺は、お前を余計危険な目に遭わせた。……これは事実だ」
確かに、そうかもしれないけど。でも、それだけじゃないだろ。そう言いたいのに、燐自身が、それを許してくれない。
ただ淡々と、自分の失態を口にする。
「もう、然るべき処遇は受ける手筈になってる」
いいな。そう告げる声は、どこまでも真っ直ぐで。責任を負うことから、一歩も逃げるつもりがない眼だった。
「……燐」
――――ああ、ダメだ。
燐の目を見て、思う。
この顔をしている時は、もう誰にも止められない。それは、長い付き合いの中で、嫌というほど見てきたから分かる。
「――――」
こうなったら、何を言おうと燐は、絶対に意見を曲げない。
なら、俺が出来るのは――――。
「…………分かった」
そう、頷くことだけ。たとえ、本心では納得していなくても。
そっと視線を落とす。映るのは、右手に巻かれた、白い包帯。……思い出すのは、あの――炎の熱。あの焼ける熱さを忘れることは……多分出来ない。
――――でも。
「……なぁ、燐」
一度、ゆっくりと包帯の上から、右手を撫でて。そっと顔を上げる。
「……ん?」
優しく、促すような声に、まっすぐ燐を見つめる。
確かに、今回の件だけを見れば。正気を失い、部下を傷付けた班長として、燐が責任を負うのは分かる。
――――けれど。たとえ、そうだとしても。
「……たとえ、この火傷が残っても」
言葉を選ぶように。殊更、慎重に声を紡ぐ。
どう言えば、この男にちゃんと届くのか……考えながら。
「なんなら、これ以上の怪我を、お前から負わされてたとしても。俺は……あの時、お前が来てくれて……安心したんだ」
そう――――怖かったから。
あの時、あの瞬間……呪いを掛けられて、身動きが取れなくて。任せろって啖呵を切ったくせに、本当は不安で仕方がなかった。
「……嬉しかったんだよ」
燐の背中を見た瞬間、ひどく安心した。それこそ、泣きたくなるくらいに。
――――だから。
「だから……それだけは、覚えててよ」
助けに来てくれたそのことについては、どうか、後悔しないでほしくて。そう願いながら、へにゃりと、眉尻を下げて笑う。
「――――っ!」
すると、目の前の赤い瞳が、大きくまん丸に見開かれた。
びっくりした、子供みたいな顔。そのあどけなさに、笑ってしまう。
「……なんだよ、その顔」
あまりにも、分かりやすい反応。この様子だと、こんな風に俺から言われるとは、多分一ミリも思ってなかったんだろう。
どうして、そうやって自分ばかり責められるんだ。
――――まったく。ほんと、そういうところは変わらない。
「それに、元はと言えば、俺が一人で見極めきれなかったのも悪いんだし」
だからと、俺の言い分を聞かせる。
「……燐だけが、そこまで気に病む必要はないよ」
お前のおかげで、助かったんだ。
どうにか、それだけでも伝えたくて。言葉を重ねる。
けれど、燐は呆然としたまま、俺を見ていて。ちゃんと伝わったのか分かりづらくて、少し不安になる。――――いや、というか、伝わったとしてもだ。この頑固男が、そう簡単に納得するとは思えないな。
基本、優しいというか……過保護な男だから。自分に非があることは、いつも中々折れてくれない。
思いながら、内心そわそわして、様子を窺っていると……。
「…………そう、か。分かった」
「――――っ!」
数秒の沈黙の後、燐が小さく頷いてくれて。ぱっと顔を上げる。
良かった。分かってくれた。
燐にしてはかなり素直な反応に、ほっと胸を撫で下ろす。
もしかしたら、責任を感じてる分、強く出られないのかもしれない。そんな申し訳なさも少しだけ過ったけれど……でも、これが俺の本心だから。
知っていて欲しかったから。今回は、これでいい。
そう思いながら、ふふ、と苦笑が漏れた。
「ありがとな、燐」
「なんで礼なんか……」
「いいから。受け取ってくれよ」
「……分かった」
強く言えば、燐はむぅ、とした顔をしながらも、また頷いてくれて。それがまた可笑しくて、笑ってしまった。
――――それにしても。普段からこれくらい素直なら、いろいろと楽なんだけどなぁ。
なんて、肩の荷が下りたからか、ちょっと場違いなことを考えてしまっていた……その時だった。
「……ああ。それでだ、千草」
不意に、燐が俺の名前を呼んだ。
「ここからが本題なんだが……俺の考えを聞いてくれるか」
「……ん?」
――――考え?
急に変わった話題に、ぱちりと目を瞬かせる。
そういえば、言っておきたいことがあるとかなんとか、言ってたっけ……。今の話じゃなかったのか。
まぁ、真面目な顔してるし。今回の襲撃を受けた上で、今後の方針とか、その辺りの話がしたいんだろう。
「なんだ?」
そう思いながら、特に気にせず、俺は続きを促した。
――――その時の俺は、まだ知らなかった。この後、自分がとんでもない爆弾を、投げ込まれることを。
「今回の件で、俺は嫌というほど理解した」
燐は真っ直ぐ俺を見たまま、静かに口を開いた。
「今までみたいに、緩く隣で見守っているだけじゃ足りない」
その声は、低く、重い。
真剣な眼差しで、話し続ける。
「平和な環境に気が緩み過ぎていたんだ」
「……ん? う、うん?」
なんか、若干のずれを感じるけれど。やっぱり、班の危機管理とか、そういう系か?
とりあえず曖昧に頷いていると、燐は気にせず続けた。
「いくら俺が目を光らせてても、今回みたいに、すぐ駆けつけられるとは限らない」
言いながら、燐は少しだけ、す、と目線を落とした。
「結果、間に合わず――――なんてこと、考えたくもない」
「それは……まぁ、そうだな」
確かに、そうだ。
燐の言葉に、今度は強く頷き返す。
基本、危険と隣り合わせの仕事だ。昔よりは、大分落ち着いてきたとはいえ……今回みたいなことが、二度とない保証なんて、ない。
やっぱり、少し気が緩んでいたのかもしれないな。そんなことを考えていた、その時だった。
「そこで、千草」
「ん?」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
あの、真っ直ぐで赤い瞳と、目が合った。
「俺と婚姻を結んでくれないか」
「…………はい?」
その、言葉に。ぴしりと、思考が止まった。
「本当は、お前から切り出してくれるのを待ちたかったんだが……もし、今回以上のことが起きて、何かあった時。このままでいると、俺は絶対後悔すると思った」
「……いや、ちょ――――」
待て。
待て待て待て。
なん、今なんて言った、この男……?
話が飛びすぎてないか⁉
まったく頭が追い付いていないのに。そんな俺を置き去りにしたまま、燐は続けた。
「だから」
どこまでも真っ直ぐで、力強い、赤。それが、俺を射抜いて、離さない。
「千草。俺と一緒に生きてくれ」
「――――っ⁉」
もしかして俺、まだ寝てる?
そんな現実味のないことを、妙にぼんやりした頭で考えてしまうくらいには。燐の言葉は、あまりにも突拍子がなくて。
ぐらぐらと、視界が揺れた。
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