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No.3:アラタ「同室の男を監視」

【6月11日 16:00・7110号室】 出航から1時間。 ようやく、7110号室のドアがノックされた。 「はーい」 ツインルームのベッドに寝転んでいた俺は、身体を起こしドアを開けに行く。 「あ、あの。同室の青山トモイです。よ、よろしくお願いします」 ペコリと頭を下げた姿は、緊張で少し強張っているようだ。 知らない男と一週間同じ部屋で過ごさなければいけないのだから、当たり前か。 「俺は今回同室になる正田アラタ。27歳。よろしくな」 「あの、僕のスーツケースを知りませんか?」 「あー、廊下に届いていたら、俺のと一緒に部屋に入れておいた。ほら、そこ」 「よかった。ありがとうございます」 彼はフワっとした美しい笑顔を、俺によこしながら、室内へ入ってくる。 写真では確認していたけれど、実物もめちゃくちゃ綺麗な男だった。 どういう理由で、この男を監視するよう指示をされたのかは分からない。 でも、そういう厄介ごとに巻き込まれそうな色気を無自覚に纏っているのが、感じ取れた。 「アラタさんは、もう船の中をご覧になりましたか?」 「アラタでいいよ。同い年くらいだろ?敬語もいらない」 「そうですか……。じゃ、僕のこともトモイで」 「俺は乗船して、ラウンジだけ通って、部屋に来ちゃったから。まだ見てないや」 「船内、すごく豪華でした!僕、びっくりしちゃって。あっちこっち見てたら、部屋に来るのが遅くなっちゃった。映画館や、劇場、バーやカフェ、アイスクリーム屋さんもあったし、カジノまであるなんて」 (青山トモイが一体どんな男なのか、俺だって緊張していたけれど、いい奴そうで一安心だ) 「今回の航行ルートは日本の領海から出ないから、カジノはオープンしないらしいぞ。それに、映画館や劇場は、講習会場として使われるらしい。だけどさ、船内の飲み食いは全てセミナー料金に含まれて支払う必要がないなんて、ヤバいよな」 これで参加費用は10万円らしい。 いくら城井財閥が「次世代への社会貢献」と銘打ってるとはいえ、外国籍の豪華客船を貸し切っての6泊7日がこんな代金なんて、条件が良すぎで、おかしいに決まっている。 トモイを監視する役割を請け負った代わりに、無料で乗せてもらった俺が言うのもなんだけれど、かなり怪しい企画だ。 他の奴らは、不思議に思わないのだろうか? まぁそれだけ、城井財閥の名には信用があるのだろう。 「僕みたいな普通の営業マンが、こんなセミナーに参加しちゃって大丈夫かなって心配だよ。参加者って、みんなエリートビジネスマンなんでしょ?」 「そんなことないみたいだぞ。多種多様な異業種との交流って書いてあったし。実際、俺みたいなフリーのライターにまでチャンスが回ってきたわけだしさ……。そんなことより、トモイ、スーツ疲れない?ラフな格好に着替えたら?」 「うん。あのさ、僕、タキシードとか持って来なかったんだけど、夕食はこのスーツでも大丈夫かな?」 「タキシード?」 「豪華客船なんだから、ドレスコードとかあるよね?船内で貸してもらえるといいんだけど……」 「へ?トモイ、事前に配布された案内とか読んでないのか?ドレスコードなんて無いよ。服装は終日、チノパンにポロシャツ程度でOKだってば」 (こんな綺麗な男がタキシードなんて着たら、そういう趣味の男たちが変な気を起こしかねないぞ) 「よかったー。僕、一昨日の夜に急にこのセミナーに参加することが決まって、案内もちゃんと読めてないんだよね」 それを言ったら、俺も同じだ。 急遽トモイを乗せることになったから、俺に声がかかったのだろう。 「スーツケースだって昨日買いに行ったんだよ」 「道理で新品だと思った。じゃ、トモイはまだ衛星Wi-Fiの設定もしてないんじゃないか?しないとスマホは使えないらしいぞ」 「そうなんだ……。でも、使えなくてもいいかな。一週間くらいデジタルデトックスっていうの?静かに過ごしてみるよ」 「まぁ、それもありだよな。トモイはさ、営業マンって言ってたけど何売ってる会社?」 「僕は「はしづめソーセージ」っていうソーセージ工場の営業。全国規模で展開してるわけじゃないけど、本当に美味しいんだ。原材料にもこだわってるから安心安全だし、食感もよくて、おかずにも、おつまみにも、おやつにもなる。冷めても味が落ちなくてお弁当にだって入れられるし……」 よほど美味いソーセージなのだろう。 真剣な表情で語られると食べてみたくなる。 「あっ、ごめん。僕、ソーセージの話になると、急に饒舌になっちゃうんだ。アラタは?フリーライターってどんな記事を書くの?」 「俺は、乗り物関連が得意分野なんだけど、それだけじゃ食ってけないから何でも書くよ。週刊誌やネットの下世話なゴシップもね。ほら、今回だって、一眼レフ持ってきてるし……」 そんな会話をしているタイミングで、部屋のモニターがまた付いた。 18:00からオリエンテーション、その後、ウェルカムパーティーが行われるという説明が流れる。 明日からは、各所で開催される各種セミナーを事前にタブレットから予約し、好きなだけ受講すればいいらしい。 俺の役割はトモイに「異変」があったら、依頼主にメッセージで知らせることのみ。 それ以外は、自由に行動していいと言われている。 折角、こんな船に乗ったのだ。 他では得られない知識や人脈を広げるチャンスにしたい。 「トモイは、明日から何を受講するかもう決めた?」 「全く何にもチェックしてない……。どんな講座があるのかも、分かってないや」 「じゃあさ、俺と一緒に受けない?まとめて予約してやるよ」 「ありがとう!すごい助かる。アラタが同室でよかったよ。本当は緊張してたんだ」 彼は、また美しく微笑んだ。 「異変」とは何を想定しているのか。 今のところ分からないし、予想もつかない。 (ただ、トモイが熱心に勉強したがっているわけじゃないことだけは、確かだな) 俺は早速、手元のタブレットでどのセミナーがいいか検討を始めた。

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