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No.6:橋爪社長「15年前の事故の真相」
【6月12日 14:00・ソーセージ工場】
事務所でパソコン作業をしていた私に、コーヒーを淹れてくれた妻が話しかけてくる。
「トモちゃんは、どうしているかしら?」
「船は今頃どのあたりだろうな。梅雨時で青い空は望めないだろうが、豪華客船の中は快適だろう」
「あの松木ユウシって人を信頼してよかったのか、心配だわ……」
妻は大きく溜め息を吐く。
(信頼もなにも、もうこれしか手がなかったのだ)
私たちの営むソーセージ工場は、岩戸オサムによって、たった三カ月でめちゃくちゃにされた。
今となっては、オサムに嵌められたのだとよく分かる。
しかしあの時の私は、堅実に経営してきた業績が、みるみる傾いていくことに焦ってしまった。
また、岩戸オサムというビッグネームに、たじろいでしまったのも確かである。
トモイを船に乗せることになったのは、15年前の事故を知る、ある人からの連絡がきっかけだった。
—
トモイの父は、一人息子に色々なことを体験させてやりたいと、幼い頃から家族三人、車で様々な場所へ出掛けていた。
私たち夫婦には子どもがいないが、誘い合って現地で合流したりすることがしばしばあり、トモイも私たちに懐いてくれた。
トモイが12歳のときのこと。
懇意にしている支配人のいるホテルへ「スキーに行こう」と私が誘った。
トモイも「初めてのスキーだ!」と喜び、ホテル主催の子ども向けスキー教室へ参加し、無事滑れるようになった。
トモイの父の仕事の都合で、彼らは私たち夫婦より、一日早く地元へ帰ることになる。
ホテルの駐車場で見送ったのが、トモイの両親を見た最後になってしまった……。
彼らは山間の鉄橋が崩落するという大きな事故に巻き込まれ、命を落としたのだ。
あの日は吹雪いており救助も遅れ、何人もの人が亡くなった。
助かったのは、17歳の少年と、12歳のトモイのみ。
17歳の少年は、あの城井財閥の坊ちゃんだったから、センセーショナルに報道された。
彼、城井カイリもこの事故で両親を失ったのだ。
ただ、トモイについては、公的なルールに則り、報道規制が敷かれた。
なぜなら、彼がオメガだったから……。
現場にかけつけた救急隊員や、警察の中に何人かのアルファがいて、すぐにむせ返る血の匂いの中にオメガがいることが分かったらしい。
職務に忠実だったそれらの人々は、トモイを隠すという選択を直ちにし、報道から守ってくれた。
しかし、助かった少年がオメガなのではないか、とSNSでは話題になってしまう。
搬送された病院で、バレたのかもしれない。
マスコミの目は、城井カイリに集中していた。
そのお陰で、オメガだと噂されたトモイの名前はどこにも出ず、公な記録にも残されずに済んだ。
カイリにすら、少年は搬送先で亡くなったと警察が伝えたらしい。
そして、親代わりとなることになった私たち夫妻にだけ、その事実が密かに告げられた。
退院したトモイは、生まれ育った地域を離れ、私たちの暮らす東京へと単身引っ越してきた。
そして我が家から転校先の学校へと通い、恩返しをするかのように、我が工場へ就職してくれた。
(私があのとき、スキーに誘ったばっかりに、トモイの人生を狂わせてしまった……)
あれから15年も経った今になって、ホテルの総支配人からメッセージが届いたのが、5日前の出来事だ。
『橋爪、久しぶり。15年前の事故のこと覚えているか?橋爪の友達家族も亡くなった鉄橋崩落事故のことだ。事故のあと橋爪は、子どもスキー教室の参加者リストから、一人の少年の記録を消してほしい、と言ってきただろ?事故で亡くなった子を、マスコミに嗅ぎまわらせないためだろうと承知して、パソコンに残っていたリストから、俺がその名前を削除した記憶がある』
今になって、なぜその話題を持ち出されたのか不審に思いながら、読み進める。
『当時のリストを見せてほしいって、最近になって言ってきた人物がいる。外付けのHDDに随分昔からのリストが残っていたものの、一旦は断ったよ。でも、個人的に金を握らされ見せてしまった。万が一にも橋爪に迷惑がかかることになったら、ごめん。だけど、あのときの少年の名前はあのリストに残っていないのだから、大丈夫だと思う。懺悔のつもりでメッセージを送らせてもらった』
私はすぐに総支配人に電話をし、リストを見に来た人物の名前を聞き出した。
そして、その「松木ユウシ」が城井カイリの秘書であることまで、突き止めた。
—
突然、唸るような低いエンジン音が駐車場のほうから、聞こえてきた。
回想に浸っていた私は、我に返り窓の外を見る。
真っ赤なスポーツカーが無作法に停められているところだった。
「あなた……」
妻はその音だけで怯え、私に視線を投げかけてくる。
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせるようにそう口にし、ドカドカと階段を上ってくるだろう男のために、事務所のドアを開けた。
「これはこれは、岩戸CEO。どうされましたか?」
昨日の出航のとき、横浜の埠頭に乗りつけて「船を止めろ」と騒いでいたこの男を見かけたが、咄嗟に身を潜めた我々は、顔を合わせずに済んでいた。
「トモイをどうして城井の船に乗せた?どんなコネを使った?」
「なんのことやら。トモイは有給休暇消化中の身です。なにしろ一週間後には我が工場を退社し、岩戸CEOのところでお世話になるのですから」
「とぼけるのもいい加減にしろ!」
「トモイは大人です。いくら親代わりとはいえ、私たちが彼の行動を全て把握しているわけではありません」
「何を隠している?」
「何も。御用がないならば、どうかお引き取りください」
私は断固とした態度を取る。
(どうか、どうか、城井カイリとトモイを再会させることが、あの子にとってプラスになりますように)
そう願いながら、バタンとドアを閉めた。
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