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No.8:トモイ「敵意を向けられた夜」
【6月12日 19:00・船内メインダイニング】
「トモイ!大丈夫か?」
「だ、大丈夫……」
咄嗟に立ち上がったアラタが間に入ってくれたお陰で、僕よりも彼の方が濡れたかもしれない。
メインダイニングで食事中だった人々はザワザワと騒めき立つが、空になったコップを右手に持った男は、座ったままの僕の腕を左手で掴み、睨みつけてくる。
「アンタ、なんなんだよ。いきなりコップの水をかけてくるなんて、トモイの腕、離せよ」
アラタはそう怒鳴りながら男の腕を掴み、反対の手でスマホを取り出すと、すごいスピードで何か文字を打ち込み始める。
「青山トモイ、俺はオマエを、許さない……」
整った顔をした男は真っ直ぐ僕の目を見て、呪詛のように呟く。
どこかにメッセージでも送信したのか、スマホをテーブルに置いたアラタが、男に聞き返す。
「許さないって、アンタ誰だよ。トモイは知ってるのか、この男のこと?」
「し、知らない……」
こんな風に、誰かからあからさまな敵意を向けられた経験はなく、僕はこの状況に上手く反応できずにいた。
ただただ、掴まれている手が痛み、顔をしかめる。
「オサム様を、奪っただろ。俺の、オサム様を、返せ!」
船に乗ってから、できるだけ頭から追いやっていた名前がここで登場し、驚きは増す。
(こんな海の上にまで来て、その名前は聞きたくない)
「俺は、俺は、岩戸コーポレーションのオサム様付きのポジションを与えてもらえていたのに、先週、降格させられた。オマエのせいだ、トモイ!」
「えっ、そんな」
「オマエが、猫を助けたばっかりに……」
猫……。
確かに、あの猫の事故でオサムと縁が出来てしまったのだ。
「あの猫さえ、猫を助けたオマエさえ、いなければ、俺は今もオサム様の隣にいられたのに!」
混乱し上手く言い返せずにいると、アラタが男に問う。
「アンタ、なんでトモイがこの船に乗ってるって知ってたんだ?」
男は「ダンッ」と音を立てコップをテーブルに置き、スマホを取り出して画面をこちらに向けてきた。
その間も、僕の腕は掴まれたまま、男の腕もアラタが掴んだままだ。
「これが岩戸コーポレーション関係者の社内アプリで、全員に配信されている」
画面を覗き込むと指名手配のような僕の顔写真と、恐ろしい文章が書かれていた。
『城井財閥のクルーズセミナーに参加している者がいたら、青山トモイを見つけ出し確保せよ』
「俺がこの船に乗っていたのは、幸いだった。俺がトモイのせいで、オサム様のそばを離れなければならないことを憂いた人が、偶然にもこの船のチケットを譲ってくれたんだ。ツキはまだ俺を見放していない!きっとオサム様は俺を褒めてくださる」
声高にそう話す男の背後に、ビシッとスーツを着こなした、いかにも仕事が出来そうな紳士が迫ってきていることに、僕とアラタは気が付いていた。
紳士は、そっと近づき、男の首筋に手刀を落とす。
そして、一撃で膝からガクッと崩れた男を、抱き留めた。
「お騒がせいたしました。この男はクルーズ中、こちらで監禁いたします。腕は大丈夫ですか?あぁ、赤くなっていますね。シャツも濡れています。風邪をひく前に着替えてください。アラタ、トモイくんのこと、よろしく頼みますよ」
「えっ、あ、あの、貴方は?」
「申し遅れました。松木ユウシと申します。城井財閥の者でございます。どうか後のことはご心配なく」
財閥の人がどうして僕の名前や、アラタのことを知っているのか気になったが、それよりも大勢いるレストランで注目を集め続けるのが嫌だった。
僕は席を立ち、アラタと共に自室へと戻った。
—
部屋に戻り、交代でシャワーを浴び、部屋着に着替えた。
あの男は、水原レイヤという名前だったらしい。
今になって、レイヤの奇行や、オサムの執着に恐怖を感じ、震えてくる。
(やはり噂通り、オサムは気に入った男を囲っては捨て、囲っては捨てているのだ。そんな男がどうして僕に目をつけたんだろう……)
可能ならばこのままベッドに入って眠ってしまいたい気分だったが、今夜は配布されているタブレットを使ってテストが行われると、予め告知されていた。
各部屋にて回答し、送信することが必須のようだ。
このテストで優秀な点数だった者は、城井カイリの部屋もある11階のアッパーデッキに移動できるらしい。
カイリを近くで見たい、なんなら話をしてみたいという思いはあったが、僕などでは、上位へ食い込むことは無理だろう。
(でもこのクルーズ中に、一言でも言葉を交わすことができたら、どんなにいいか)
予想に反し、テストは大学受験のようなものではなく、直感で答える問題が多かった。
ビジネスマナーや雑学、カルチャーなどについても出題され、高学歴の者を選ぶわけでもなさそうだ。
とはいえ、問題を解いている途中から、なんだか身体が熱っぽく、だるい。
隣のベッドに寝転んで解答しているアラタも、僕と同じで、あまり調子が良さそうではなかった。
水をかけられて風邪をひいたのだろうか?
それとも、船酔いかもしれない……。
「トモイ、解答、送った?」
「うん、なんとか全問答えて送った」
「そっか。俺、なんか疲れたみたいで、ちょっと熱っぽいや」
「大丈夫?船酔い?」
「うーん。たぶんそんな感じ。トモイは?調子悪かったり、どこか痛かったりしない?異変があったらちゃんと言えよ」
アラタに心配をかけたくなかった僕は「大丈夫だよ」と笑顔を作ってみせる。
きっと明日の朝までぐっすり眠れば、僕もアラタも元気になっているだろう。
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