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No.9:カイリ「1000人と触れあう」

【6月13日 10:00・船内図書室】 「わ、わたくし、草篠商事、物流担当の川口タイキとお申します!」 「城井カイリです」 「お名刺、頂戴いたします」 皆、緊張しながら丁寧に名乗ってくれるが、その名が私の記憶に残ることはなく、耳から耳へとすり抜けていく。 聴覚は適当な仕事しかしていなかったが、鼻はクンクンと働かせていた。 何の匂いもしない者から受け取った名刺は左へ置き、オメガらしき匂いのする者から受け取った名刺は、右へ置く。 ユウシと私の間で取り決めたルールだ。 今朝、朝食の席で、ユウシが本日のスケジュールを私に告げた。 「10時より船内図書室にて、乗客1000人とカイリ様の名刺交換会が行われます。セミナー参加者にとって、メインイベントといってもよいプログラムです。皆、肩に力が入った状態で名刺を差し出してくるでしょう。話が長い者は、スタッフが切り上げるように促しますので、ご心配なく」 乗客一人の持ち時間は30秒だという。 単純計算で、一時間に120人。 スムーズに進んだとしても、8時間半かかる。 休憩を入れながら進めるので、終わるのは22時過ぎだろう。 全人類の2%存在するというオメガは、その数字通りの確率で見つかっていった。 100人の名刺を受け取り、匂いが気になるものは、2人か、3人。 ただ、オメガの匂いというものは、思ったより個体差がなかった。 抑制剤の摂取が停止し、まだ三日目だからだろうか? ジャスミンの花の匂いなどは感じられず、ただモワッとした南国の果物のような匂いがする。 そしてそれは、匂いというよりやはりフェロモンなのだろう。 私の身体がブワッとした熱を感じとるから、オメガだと断定できた。 フルーティな香水をつけている伊達男もいるが、そういった香りは、ちゃんと「違う」と判断できる。 これが私自身がアルファである証拠なのだろう。 この名刺交換会が始まる直前、ユウシがよくわからないことを、耳元で告げてきた。 「1000人の中に特によく見ていただきたい者が11名おります。該当者の順番が参りましたら、私がカイリ様の右肩を「ポン」と叩きますので、鼻を利かせてください」 (その11名とは何なのだ?どうせまたユウシが気を利かせ、独自に動いたの成果なのだろう) 問いただそうとしたが、他のスタッフにより会は進行し始め、聞きだすタイミングを失った。 今のところ3回、肩をポンと叩かれた。 しかし、その者たちにこれといった特徴はなく、もちろんオメガでもなかった。 — 昼休憩には豪華なバラチラシ寿司を出され、その次の休憩にはサロンからマッサージ師がやってきて肩を揉んでくれる。 12時間かけて、1000人と名刺交換するということは、傍から見て、相当な重労働だと思われたようで、予めねぎらいが手配されていた。 だが不思議なことに、周りのスタッフが心配するような疲れは、まるで感じなかった。 おそらくは、オメガの匂いを嗅ぐことが私の興奮材料になっているのだろう。 残り400人の段階で、頭はよりクリアになり、嗅覚も鋭くなっている。 (とはいえ、狂おしいほどの感情や、襲ってしまいたいような欲望は湧き起らない。正直、少し肩透かしではある。まぁ、オメガが「ヒート」の状態ではないからなのだろう) 「カイリ様、乗客とは一人残らずお会いになりますよね?」 短いお茶休憩のタイミングで、ユウシがおかしな問いを投げかけてきた。 その時点で、肩をポンと叩かれた回数は7回となっていたが、相変わらずその中にオメガはいなかった。 「当たり前だろ?全員と会わない理由がない」 「ですよね……。あの、お耳に入れていなかったのですが、昨晩ちょっとしたトラブルがございまして」 「トラブル?何があった?」 「岩戸コーポレーションの岩戸オサムをご存知ですよね?」 「あぁ。直接会話をしたことがないが、同じアルファとして、経済誌などで私と並べられることも多い男だから、動向は耳に入ってくる」 「そのオサムが、男を囲う趣味があるということは?」 「あぁ、興味はないが噂は聞く。それがどうした?」 「簡略化してお伝えいたします。オサムが次に囲う予定の男が、この船に乗っております。オサムはそのことを知り、激怒したのでしょう。乗船者に岩戸コーポレーション関係者がいるならば、その男を確保せよ、と通達を出しました」 馬鹿らしいと鼻で笑いながらコーヒーを飲む。 「偶然にも、つい最近まで囲われていた水原レイヤという人物が乗り合わせており、昨日メインダイニングにて、水をかけるなどの暴挙に出ました」 (ますます馬鹿らしい) 「そんな奴らはまとめて船から降ろしてしまえ」 「えー、全くです。しかしながら、この船はどこにも寄港いたしません。とりあえず、レイヤは予備の空室に閉じ込めております。この後、チラッとお会いになり、オメガかどうかだけご判断いただければと思います」 面倒なことは早く終わらせたく、私は「今から会おう」とレイヤの部屋に出向く。 彼は顔は整っていたが、どうということのない男だった。 もちろんオメガでもない。 一瞥しただけで部屋を出て、名刺も渡さなかった。 レイヤはユウシに向かって言い訳のようなものを並べていたが、私にとっては煩わしいだけだ。 とにかく、オサムの関係者がオメガでなくてよかった。 オサムが気に入ったような男を、自分があとから興味を示すなど、言語道断だから。 「それで、水をかけられた方の男は?」 「普通に過ごしております。……しかしながら、私がカイリ様の肩をポンと叩くのは残り4名。その中でも最後に合図を出すことになるのが当該の人物です。正直これは、思いもよらぬ展開なのですが……」 肩を叩かれる11名がどんな人選なのか、まだ聞いていなかった。 けれど、くだらない話を聞かされた後では、より面倒くさく感じ、結局何も問わなかった。

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