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No.11:トモイ「ついにカイリと向き合う」
【6月13日 21:00・船内図書館】
(なんだか自分の体臭が匂い立っているような気がして、ジャグジーでもゴシゴシと身体を洗ったけど、気のせいかなぁ……)
ジャグジーに浸かり、シャワーを浴びて着替えてもなお、皮膚の上に一枚纏わりついているような、変な身体の熱さがあった。
でも、気分が優れないわけではない。
アラタも似たような症状みたいだから、おそらくは軽い船酔いが原因だろう。
それよりも今は、もうすぐカイリに会えるということで、気分が舞い上がっている。
図書館前の廊下に整理番号順に並び、スタッフのチェックを受けて数人ずつ入室していくようだ。
僕の前は、アラタだから心強い。
彼は少しも緊張した様子はなくスマホをいじっていたが、僕は心を落ち着かせるための深呼吸を繰り返している。
いよいよ、僕たちのグループが図書室へ入る。
部屋の奥にいるカイリは、濃紺で細身なスーツを着て、テーブルを挟んだ向こう側に座っていた。
すでに950人くらいの名刺を受け取っただろうに、疲れた顔はしておらず、背筋もピンと伸びている。
(やっぱり、すごく格好いいし、気高くて品がある……)
カイリの横には、昨日、水原レイヤを手刀一撃で倒した男、確か松木ユウシと名乗った人が立っていて、驚いてしまう。
あの人は、随分とカイリに近しい立場の人間だったようだ。
カイリは、名刺を渡してくる人が名乗るのを、目を合わせじっと聞いている。
そして、名刺を受け取り、積みあがった山へそれを置く。
するとユウシがさっとカイリに名刺を差し出し、カイリはそれを「城井カイリです」と名乗りながら、目の前に立つ乗客へと手渡す。
これが一連の流れのようだ。
皆、その後の数秒間、カイリに何か話しかけている。
「このような機会を与えていただきありがとうございます」というお礼や、「我が社に一度営業の機会を与えていただきたく」といった売り込みまで。
どのような言葉にも、カイリは薄く微笑みを返すのみ。
僕はとにかくこのルーティンを頭に叩き込み、粗相がないようにしなくては、と頭がいっぱいだった。
アラタの番がくる。
「フリーのライターをしている正田アラタと申します」
カイリはスンと鼻を鳴らした。
そして、アラタの名刺を、さっきまでとは違う山へ置く。
そちらには、20枚程度しか名刺が置かれていない。
淀みない一連の流れが少し変わったことに、僕は違和感を覚える。
「いつかインタビューをさせていただきたいと思っています。そのときには、この豪華客船クルーズの真の目的も教えてください」
そう伝えたアラタに、カイリは皆にするのと同じ薄い笑顔を向けただけで終わった。
名刺を他とは違う場所へ置いた理由は、判明しないままだ。
「次の方、どうぞ」
スタッフに促され、僕は一歩前へ出る。
その瞬間、ユウシがカイリの右肩をポンと叩いた。
まるで何か合図をするかのように。
その仕草に気を取られ、一瞬、間が空いてしまう。
「どうぞ」
スタッフの人に再び促され、慌てて名刺を差し出す。
「は、はしづめソーセージの青山トモイと申します。え、営業を担当しております」
カイリはじっと僕を見て、アラタにしたようにスンと鼻を鳴らした。
受け取ってもらえた名刺は、アラタと同じ小さな山へ置かれる。
「城井カイリです」
差し出された名刺を、今度は僕が受け取る番だ。
初恋の相手である人物が目の前にいると思うと舞い上がってしまい、大きく手が震えた。
だから、カイリの指と僕の指がぶつかるように触れ合ってしまう。
あっ。
その瞬間、ギュッと胸が締め付けられるような電流が身体を駆け巡り、体温が上がったように感じる。
(あぁ、やっぱりこの人が、あのとき、血だらけの僕を助けてくれた人だ。間違いない)
確信した僕はその目を見つめすぎてしまい、名刺はひらりと手から逃れ、テーブルに落ちてしまった。
「す、すみません」
カイリが長く綺麗な指でそれを拾ってくれる。
「はいどうぞ。慌てないで、大丈夫ですよ」
『大丈夫』それは、あの事故のとき、僕にかけてくれたのと同じ言葉だ……。
「し、失礼しました」
今度はしっかりと受け取った。
「昨晩、メインダイニングで水をかけられたそうですね」
一連の流れの予想に反し、カイリは僕に言葉をかけてくれた。
「えっ、あっ、はい」
まさか、レイヤのことが、カイリの耳に届いているとは。
どこまで彼は知っているのだろう。
この船を降りたら、僕がオサムに囲われることも知ってしまったかもしれない。
レイヤと僕でオサムを取り合ってるとか、僕がオサムを好いているとか、誤解されていたらどうしよう。
そういう男だと思われたくない……、カイリにだけは絶対に。
この状況が、堪らなく恥ずかしく、堪らなく悲しくなった。
「ご、ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
カイリは何か返事をくれようとしていたが、僕はペコリとお辞儀をしてその場を去り、走るように図書館を出た。
廊下ではアラタが待っていて「どうした?」と聞いてくれたけれど、ブンブンと首を振ることしかできない。
ただ、もらった名刺だけは宝物のように胸の前で抱きしめて、離さなかった。
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