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No.12:カイリ「フツフツと湧きあがる欲望」
【6月13日 22:30・ロイヤルスイートルーム】
最後の一人、1000人目との名刺交換が終わり、私はぐったりと椅子にもたれかかる。
窓の外はもう真っ暗だ。
(ようやく終わった……)
「さすがにお疲れでしょう」
ユウシがそう声を掛けてくるが、今この身体に蓄積しているのは「疲労」ではない。
全部で21人のオメガと向き合い、その匂いに当てられた「熱」だ。
「それで、いかがでしたか?望んでいた匂いは見つかりましたか?」
「悪い。明日にしてくれ。今日はもう部屋へ戻りたい」
「承知しました。では、名刺を元にリストのみ作成しておきます」
「頼む」
「お部屋にアルコールと軽食を届けさせましょうか?」
「いやいい。一人にしてくれ」
私はアッパーデッキに上がれる専用のエレベーターに乗り、自分の部屋へ戻った。
—
乱暴にジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩め、冷蔵庫の中から炭酸水を出して、ボトルのままゴクゴクと飲んだ。
カフスを外し、ベストを脱ぎ捨て、整えてあった髪を手櫛でクシャクシャと崩す。
そして大きくため息をつきながら、ソファに腰をおろした。
21人見つけだしたオメガの中に、ジャスミンの花のような匂いは、いなかった。
事故で死んでしまったあの子のような、むせ返るような匂いを嗅ぐことは、叶わなかったのだ。
それでも、オメガの匂いというのは、私に興奮をもたらした。
いや、オメガなら誰でもいいわけじゃないんだ。
私はそんな下等なアルファではない。
あくまであの子に似た匂いをもつオメガを見つけたいだけ……。
だから、ジャスミンの花の匂いを嗅いでもいないのに、このように興奮している自分の身体が、許せないのだ。
冷静になろう、と残りの炭酸水を飲み干し、冷たいバルコニーへ出る。
シトシトと雨の降る夜の海は何も見えず、ただただ波の音が聞こえていた。
21人の中で、最後にオメガとして選別した青年「トモイ」のことをふと、思い出す。
とても美しく儚げな男だった。
彼はユウシがなんらかの奥の手を使ってこの船に乗せた、11人のうちの一人らしい。
だから、ユウシの選別と、私の選別が唯一一致した彼を、注視した。
注視しすぎて、幻嗅のように一瞬ジャスミンの花の匂いがした気もする。
しかし、彼の一人前もオメガだったことや、トモイはシャワーを浴びたばかりだったのか、シャンプーの匂いが強くしたことで、すぐにその香りは霧散した。
ただ、それは私を安心させた。
だって、トモイがレイヤに水をかけられたのならば、彼もまた、あの岩戸オサムの男だということだろう。
オサムが興味を持った男など、まっぴらごめんだ。
私はシャツのボタンをはずし、ベルトを抜き取り、スラックスを脱ぐ。
そうして下着一枚になり、バスルームへと移動した。
下腹部は熱を蓄え、わずかに形を変えていた。
一人になって頭を冷やし、自然に鎮めたいと思っていたが、無理のようだ。
裸になり、シャワーを捻り、熱いお湯を頭からかぶる。
今日一日で嗅いだオメガの匂いをきっかけに、ジャスミンの花のむせ返るような匂いを反芻する。
いつも、こうして思い出すとき、頭の中に思い浮かべるのは、あのときの12歳の少年ではない。
死んでしまった彼は、私の頭の中で一つずつ年齢を重ねているのだ。
つまり今は27歳の青年。
名前も公表されず亡くなった彼のことを考え、下腹部に手を伸ばす。
彼を思い手を動かせば、みるみる芯をもち、勃ち上がっていった。
(会いたい、会いたいよ、君に……)
頭の中の美しい彼を抱き寄せ、唇を重ね、その白い首筋に舌を這わすことを想像する。
想像の行為は、もっともっと過激になってゆく。
興奮は最高潮に高まり、手の動きも、強く、早く、激しくなっていく。
「んぁっ」
白濁がべたりとバスルームの壁に飛び散り、刹那的な快楽が身体を駆け巡った。
はぁはぁ、と乱れた呼吸を、シャワーを浴びながら整える。
徐々に、さっきまでの熱が身体から逃げ去り、自分の頭が冷めていくのがわかった。
—
シャワーから出てバスローブを纏った私は、ベッドルームで寝転びながらタブレットを操作する。
そして二週間前、船医とやりとりしたメールの文章を探し出し、表示した。
『抑制剤入りの飲料水を摂取しなくなることで、オメガの匂いは二日目の夜あたりから、徐々に漏れだします。ですから、三日目に選別の名刺交換会を設定することは、可能だと思われます。しかし、大きな怪我をして血が流れ出るときや、ヒート状態のときに放つ匂いと、常時の匂いは違う可能性があります』
そうだった。
まだ諦める必要はない。
『早い者は5日目から、遅い者でも6日目には、飲み物や食事に添付されたハーブの効果でヒート状態となるでしょう。このときの匂いが、カイリ様が求めている香りである可能性が高いと考えます』
私は目を閉じる。
1000人から21人まで搾り込んだのだ。
ここまでの実験は成功と言える。
あとは、ヒートを待ち、彼らの中から最もジャスミンの花の匂いに近い者を見つけ出し、私のものにする。
あの子の代わりとして。
(この豪華客船サンデリアナ号の旅も、残すところあと四日。望みが叶うまで、あともう少し……)
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