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No.18:ユウシ「もう一人のアルファ登場」
【6月15日 09:00・屋上ヘリポート】
そのとき私は、個人資産の運用を専門とする講師から呼び出され、彼の部屋にいた。
彼の講義は最も人気で、常に定員いっぱいだったから、今日も5コマの授業をお願いしていた。
「ちょっとスケジュールが過密すぎないかい?もう少しゆったり過ごせると思って引き受けたんだけどな。これじゃ、他の仕事を調整してまで、豪華客船に乗った意味がないよ」
この講師が人気の理由の一つは、こういった歯に衣着せぬ物言いだったりする。
とはいえ、急に言われても今更プログラムを組み直せないと、私は頭を悩ませた。
「今日一日だけ、誰かに代わってもらえないかな?代役を探してみてくれよ」
もちろん、他所から連れてくるわけにはいかない。
この船の中から代役を探さなければならないのだから、無理があった。
「難しいかと思いま……」
「ん?何の音だい?」
「なんでしょう。すごい音ですね」
私は講師に断りをいれ、空気を震わせる爆音の原因を探るため、この部屋のバルコニーへ出る。
「ヘリだね。屋上のヘリポートに着陸しようとしているのかな」
講師がのんきに感想を言うのを聞き、非常に慌てる。
ヘリコプターが乗り入れる予定など、船長からも、誰からも聞いていないから。
「失礼。ちょっと確認してきます」
私はエレベーターも使わず階段を駆け上がり、屋上のヘリポートへと走った。
—
屋上デッキは、航海が始まって初めて雨が止んだこともあり、ジョギングする者や、散歩する者で溢れていた。
ヘリポート周辺は立ち入り禁止になっているとはいえ、いきなり着陸してくるとは、あまりにも無謀で危険な行為だ。
私が到着したとき、ヘリは既にプロペラの回転を止めていて、周りには人垣ができていた。
そして、乱入者とは思えぬ悠然とした態度で、岩戸オサムが堂々と降りてくる。
何も知らない受講者たちは、スペシャルゲストだとでも思ったのだろう。
大きな拍手が巻き起こり、あろうことかオサムもその声援に手を上げて応えた。
私は人垣をかき分け最前列に出る。
「城井財閥、城井カイリ秘書の松木ユウシと申します。本日はどういったご用件で」
カイリ様とはまた違う威圧感のあるアルファだったが、ここで押し負けるわけにはいかない。
私は殊更に胸を張り、オサムと対峙した。
「次世代の経済の担い手のために、面白い企画を城井財閥さんが私財を投げ打って行っていると、小耳にはさんでね。私も是非力になりたいと、馳せ参じた次第だよ」
彼のよく通る大きな声は、屋上デッキに響き渡り、再び拍手が起きる。
そう語ったオサムは笑顔だったが、目の奥は少しも笑っていない。
私には、彼がここまでやってきた理由がはっきりと分かっていた。
しかし、こうなってしまった以上、無理に追い返すのは、得策ではないだろう。
「それはそれは。思いもよらないサプライズ、ありがとうございます。城井も喜ぶかと思います。では早速ですが、本日5コマ講義を行っていただけますか?」
「は?5コマだと?随分と人使いが荒い秘書だな」
「皆さん、いかがですか?オサム社長の特別講義、聞かせていただきたいですよね?」
さっきより倍以上に増えた人垣に私は訴える。
乗客は純粋に喜んでいるのだろう。
大きな拍手が、ヘリポートを包み込んだ。
「では、控室にご案内いたします」
私は、有無を言わせずオサムを誘導する。
11階のアッパーデッキではなく、私や講師の部屋がある10階へ。
ヘリの操縦士にもスタッフをつけ、部屋への案内させた。
「お夕食は召し上がっていかれますか?」
「折角だ、今日はここへ泊めてもらおう」
「では、城井との夕食をセッティングさせていただきます」
「その席に、青山トモイを同席させてほしい」
「青山トモイ?申し訳ございません。1000名の乗客が乗っておりますので、一人一人のお名前は把握しておらず……」
「調べればいいだけだろ。夕食のあと、トモイは私の部屋に宿泊させる。そして明日、一緒にヘリで帰らせてもらう。その手数料として、今日は講義とやらを務めさせてもらうよ」
—
オサムの部屋をあとにして、私は大きくため息をつく。
そして頭の中で、今からしなければいけないことを整理した。
カイリ様に報告をし、オサムの講義の場所や受講者を調整し、夕食の手配もしなくてはいけない。
他にも、トモイの件をどうするか、アルファのオサムに11階にいるオメガの匂いを嗅がせぬよう警戒も怠れず、人を使って探っている最中の彼の弱点も早く報告を出させねば……。
そのとき、胸ポケットに入れているスマホがメッセージの着信を知らせた。
『ユウシさん。会って相談がしたい』
アラタからだ。
このタイミングかと、私は思わず天を仰ぐ。
五秒ほど目を閉じて考え、返信を書いた。
『今すぐ誰にも会わないように気を付けて、9階の医務室に来てください。そこで落ち合いましょう』
—
医務室に現れたアラタは、アルファではない私にも、ヒート状態であることが見て取れた。
目元や頬が赤く、淫靡な空気が全身から漏れだしており、妙に色っぽい。
私を見つめてくる瞳も熱く潤んでいて、まるで誘っているかのようだ。
ヒート状態のオメガの欲望は、アルファ以外にも向くものなのだろうか?
私は船医を処置室で待たせ、診察室でアラタと二人きりになった。
「アラタ。貴方は物書きです。そして、ほんの数日の付き合いですが、私は貴方を信頼に値する人間だと判断しました。だから、全てを打ち明けます。驚かずに聞きなさい」
熱く甘い息を吐きながら、アラタがコクリと頷いた。
「今から、船医により貴方に抑制剤を注射します。それにより、貴方のヒートは収束するでしょう」
「ヒート?それってやっぱり、俺は……オメガなのか……」
「センシティブに取り扱うべきことだとは理解しています。しかし現在、トモイへの危機が迫っているため、直接的に伝えます。アラタはオメガです。そして、トモイを含め、アッパーデッキへと上がれた21名は、全てオメガです」
「そ、そんなことって……」
「アラタ、貴方以外、もしくは、貴方とトモイ以外には、今後、抑制剤と鎮静剤を打ち、この状態がオメガによるヒートではなく、ウイルスによる流行感冒ということで、収めます。集団感染ということで、見舞金も出す予定です。でも、アラタ。貴方には、鎮静剤は打ちません。今からここで起きることをしっかりと目に焼き付け、私のサポートをしてほしい」
ヒートにより虚ろだった彼の目が、キラリと光った。
やはりアラタを味方に引き込むのは、正しい選択だったようだ。
私は船医に声をかける。
「彼には鎮静剤はなしで、抑制剤だけを注射してください」
アラタは頬を赤く染めたまま、自らシャツの腕を捲った。
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