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No.19:トモイ「忍び寄る恐怖」

【6月15日 11:00・スイートルーム】 昨晩はアラタのあらぬ姿を目撃してしまい、そこから目が冴え、眠れなくなった。 ようやく微睡んだのは、日が昇り、窓の外が明るくなってからだ。 僕はベッドの中で、断片的な怖い夢を見続けていた。 夢の中で、上空から空気をつんざく爆音が、どんどんと自分に向かって近づいてくる。 その音が怖くて、怖くて、僕はどこかへ隠れようとするのだけれど、四方八方、海に囲まれていてどうすることもできない。 僕は夢の中で、泣いていた。 「助けて!あのときのように助けて!」と初恋の人、カイリを探して。 そのあとも、よくわからない夢をいくつも見たが、もう記憶には残っていない。 目が覚めて、しばらくはぼんやりとしていた。 ベッドサイドの時計を見ると、もう11時だった。 「アラタ?」 彼の寝具は軽く整えられていて、姿は見えない。 僕はベッドを降り、寝室を出て、リビングへと足を運ぶ。 するとローテーブルの上に書き置きを見つけた。 『少し熱っぽいので、医務室へ行ってきます。起きたらルームサービスを頼んで、何か食べるといいよ。アラタより』 もちろん「体調大丈夫かな」と彼を心配に思う。 けれどほんの少し、顔を合わせる気まずさから逃れられた気がして、ホッとしてしまった。 アラタが言うように、ルームサービスを頼んだ。 クロワッサンのサンドイッチと、ポタージュスープ、ヨーグルトが運ばれてくる。 相変わらず味覚はおかしく、美味しくは感じない。 それでも、僕まで体調を崩してしまったら困ると、しっかり完食する。 一人で過ごすスイートルームは酷く静かだった……。 食後にはタブレットを起動し、今日のスケジュールを確認した。 確か、午後からカイリが一部屋ずつ訪問し、面談をすると言っていたはずだ。 訪問の順番や、時間の通知が来ているかと思ったが、何も届いていない。 そのうち、ユウシが知らせに来てくれるのだろう。 (面談でカイリと直接話せたら、ちゃんと伝えよう。貴方は覚えていないかもしれませんが、15年前、僕は雪の中で貴方に助けられました。命を助けてくださり、ありがとうございました、と) そう決めてしまえば、随分と気持ちがすっきりした。 そしてまたベッドに寝転び、窓の外の海と空の青を眺めながら、ダラダラと過ごす。 ここ三カ月の心労、船に乗ってからの疲れがどっと押し寄せたのか、いつの間にか眠ってしまった……。 — さっきの夢の続きなのか、また大きな音が頭の中に響いてきた。 ドアを乱暴にノックする音、廊下を大きな足音を立てて歩く音、怒鳴るようにしながら、誰かを探している声……。 夢の中で「これは夢だ」と気付いたが、妙にリアルだった。 部屋をノックする音は、床の下から聞こえる。 下のほうから徐々に徐々に上がって、近づいてくるような不気味さを持った夢だった。 ……微睡みから目が覚めた。 夢見が悪かったからか、全身に汗をかいている。 ベッドから出てリビングへ移動すると、もう17時を過ぎていた。 随分と長く眠ってしまったようで、頭も身体もポーッとしている。 カチャ。 唐突に、ドアロックが解除された音がして、僕の心臓は跳ね上がった。 (えっ、誰?) ドアは音を立てず静かに開き、するりと人影が室内へ入ってきた。 「なんだ、アラタかぁ。びっくりした」 「シッ」 アラタは唇の前に人差し指を立て、黙るよう指示を出してくる。 そうして彼は僕に近づき、小声で話しかけてきた。 「部屋を移動するよ、トモイ。荷物はそのままにして俺についてきて」 「え?なんで?」 僕も彼に釣られ、小さな声で問い返す。 「説明は後だ」 緊迫感に圧された僕は、コクリとだけ頷き、手ぶらでアラタに続く。 「すぐそこの階段まで走るよ。音を立てないように」 アラタはそっとドアを開け、キョロキョロと左右を見て、「今だ」と告げた。 僕はアラタの背中に隠れるように廊下に出て、彼の後ろを追いかけた。 階段まで辿りついたとき、下の階から、低く響く大声が耳に届いた。 「トモイは、トモイはどこだ!どこにいる!」 それは船にいるはずのない、オサムの声だった。 どうして……。 恐怖で身体が固まりそうになる。 「勝手に出歩かれては困ります。さぁ、次の講義へご移動を」 ユウシさんが宥めているらしき声も聞こえてきた。 「トモイ、止まるな、走れ」 アラタは僕の腕を取り、一つ上の階の屋上デッキへと階段を駆け上がった。 屋上デッキに出てもアラタは足を止めない。 海風が吹く中を、走り続ける。 視界の端に、ヘリコプターが駐機されているのが見えた。 あんなの横浜を出たときには、停まっていただろうか? デッキを船尾から船首へ横断するように走り、また階段を降りた。 アラタはカードキーを扉に当て、再び11階フロアへ入っていく。 そして、僕らがいた部屋より、明らかにもう一段階グレードの高そうなドアの前で、再びカードをかざした。 「トモイ。ここに隠れていて。ここなら安全だから」 「アラタは?」 「俺は薬を摂取したから大丈夫」 「薬?ここは何の部屋?」 「城井カイリの使っているロイヤルスイートだ。今は留守にしているはずだから、誰もいない。とにかくここへ隠れてるんだ。これはユウシさんの指示だ」 僕は押し込まれるように、豪華な部屋へと滑り込んだ。 — 再び静寂が僕を包み込む。 走ったことでゼイゼイと上がっていた息は、徐々に整っていくが、身体の奥底から、フツフツと熱のようなものが湧き上がり、ドロリとこぼれ出そうなこの感覚は、なんだろう? まるで自分が何か違うものに変態してしまいそうな怖さを感じ、思わず自分を抱きしめる。 そうして、しばらく立ち尽くしていた僕は、そろりそろりとカイリの部屋の中を進み、リビングのソファへ腰掛けた。 そこには触り心地のいいひざ掛けが、無造作に置かれている。 吸い寄せられるようにそれを手に取って、思いっきり匂いを嗅ぐ。 (あー、なんだろう、この気持ち。もっともっと、この匂いに浸りたい……) 僕はひざ掛けを自分の肩にかけ、身体をギュッと包み込んだ。 この布が持つ匂いと、どうやら僕自身が発している甘い花のような香りが淫靡に交じり合う。 オサムがすぐそこまで来ているなんて、そんな余計なことは考えたくない……。 いや、考えられない。 今はそれよりも、変わってしまいそうな自分の身体を受け止め、恐怖と興奮に溺れないようにするだけで、精一杯だった。

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