20 / 22

No.20:オサム「あの秘書が全部悪い」

【6月15日 19:00・カンファレンスルーム】 腹立たしいことに、あの松木ユウシとかいう秘書に、いいように使われた。 本当に5コマの講義をやらされ、質疑応答までさせられる。 ただ、この船の乗客20代30代の志高い男性にとって、俺のような成功者は憧れの的らしく、大変好評を博し、悪い気はしなかった。 「どうだ。この盛況を見れば、俺のサプライズに感謝したくなっただろ」 ユウシにそんなことを言ってみれば、あの男は目の奥をキラリと光らせる。 「では、夕食時、城井とオサム様でトークショーなどいかがでしょう?講義に参加できなかった乗客が、わんさか押し寄せるかと思います」 「それは話が違うだろ。トモイと会食するという話はどうなった?」 「現在、調整中でございます」 「調整中?何をだ」 「なにぶん、私が無能なもので、セッティングに手こずっており、大変申し訳ございません」 ユウシは慇懃無礼に頭を下げてみせる。 夕方、講義と講義の間に、船内の客室を下から順にうろつき、トモイを探してみたが見つからなかった。 とはいえ、この船に乗っていることは確かだ。 どこにも寄港しないのだから、逃げることはできないはず。 そのとき、室内にあったモニターから突然インフォメーションが流れた。 『20時よりメインロビーにて、スペシャルゲスト岩戸オサムと、城井カイリによるトークショーを緊急開催』 「は?なんだこれは。まだ了承していないぞ」 「あぁ、困った。スタッフのミスでしょうか。しかし、もう告知が出てしまいましたので、申し訳ありませんが、何卒よろしくお願いいたします」 (なんて小賢しい男だ!) 俺に話を持ち掛ける前から、トークショーは開催予定だったということだ。 冗談じゃない、と大声で一喝することも可能だった。 しかし、5コマの講義で賞賛され、気分が良くなっていた俺は、さらなる貸しを作るのも悪くないと、引き受けてやることにした。 — トークショーは大盛況で始まった。 会場となったメインロビーは吹き抜けになっており、上の階、さらにその上の階から、見下ろすように観覧する者も多数いる。 船内のすべての乗客が集まってきたのではないかとすら、思えた。 視力のいい俺は、ぐるりと周囲を見渡しトモイを探すが、彼の姿は見つけられない……。 カイリは鼻持ちならない奴だと思っていたが、意外と人を立てることができる男のようだ。 トークの中には、俺へのリスペクトも感じられた。 「城井代表は、私と同じくアルファだね。そのことはどう思っている?」 俺の調べによれば、この船は、オメガバースに関することで何か裏があるはずだ。 このトークショーの場で、その澄ました顔を暴いてやろうと揺さぶりをかける。 「ノブレス・オブリージュ 。私は自分がアルファであることを皆に還元していきたいと考えています」 「ほー。優等生な答えだな。では、現代にはアルファかそれ以外かという二種類しか存在しない第二の性だが、昔はアルファと番にもなった「オメガ」についてはどう考えている?」 「オメガ?申し訳ないが、私はあまり詳しくないですね。ところで岩戸CEO、日本の経済界には重鎮と呼ばれる大御所が多数ご健在ですよね。彼らの功績をどう教訓にしていますか?」 するりと話題を躱された。 (まあ、いいだろう。トモイさえ奪い返せれば、カイリがこの船で何をしていようと、同じアルファのよしみで見逃してやるとしよう) 俺は経済界に未だ君臨する時代遅れの老害について、たっぷりとぶった斬ってやった。 — あー!もういい加減、腹が立ってきた。 あの秘書のせいで、全てが思い通りに進まない。 今も「ディナーはルームサービスになりました」とシレっと伝えてきて、部屋に用意するという。 「青山トモイはどうした?今すぐここへ呼べ」 イライラし腹も減った俺は、部屋にウェルカムフルーツとして用意されていたリンゴを、果物ナイフで皮を剥くこともなく食らう。 「それが、こちらの不手際で現在の居場所が分からないのです」 「そんな白々しい言い訳が通用すると思うか?もういい。俺が探す」 「オサム様、お待ちください。それは、了承しかねます」 ユウシを引きずるようにして、部屋から廊下へ出る。 エレベーターまで辿り着き、別の階へ行こうとするが、ふと11階のボタンが押せないのが分かった。 しかも、上の階から南国フルーツのような甘い匂いが微かに漂ってくるではないか。 トモイのジャスミンの匂いとは違うが、これも俺の神経を昂らせる独特な香り、いやフェロモンだった。 「おい。上の階へ行くカードキーがあるだろ。出せ」 「いいえ、11階には一般の乗客はおりません。お探しになるなら、下の階へご案内いたします」 つまり意図的に匿われているとしたら、11階なのだろう。 俺の怒鳴る声、引き止めようとするユウシの声に、エレベーターホールには、何ごとかと人が集まり始めた。 ユウシは流石にこのままではマズイと思ったようだ。 すっと近寄ってきた若造に、指示を出した。 「アラタ、例の彼をオサム様のお部屋へご案内しなさい」 若造はコクリと頷き、走ってどこかへ向かう。 「オサム様、ただいま連れてまいりますので、お部屋にお戻りください」 「フン。初めからこうすればいいんだ。何の理由があって、トモイを隠そうとする」 ムカムカとしながら部屋へ戻った。 (でも、まぁいい。さっき漏れ出ていたフェロモンに当てられ、俺の気持ちは高揚している。今からトモイとディナーを食べ、この部屋に泊め、抱き潰してやろう。ここまで触れずにきた稀少なオメガを味わうのに、豪華客船はお誂え向きだ。そして明日にはヘリに乗せて東京へ帰るのだ) 数分後、部屋がノックされた。 ユウシが「はい」と答え、ドアを開け迎え入れる。 「オサム様!!」 駆け寄って縋ってきたその男は、思っていた姿ではない。 「レイヤ、オマエ何しにきた」 「オサム様、どうか俺にもう一度チャンスをください。どうかお傍に置いてください」 俺のイライラは頂点に達し、力任せにレイヤを拳で殴った。 それでも、怯むことなく縋ってくるから、今度は蹴り上げる。 一度、火が付いた自分の中の凶暴性は止まらない。 ほんの数週間前まで可愛がってやっていたレイヤに、暴行をくわえ続ける。 カシャ、カシャ。 シャッター音とフラッシュの光に反応し、振り上げていた拳が止まる。 音のほうを見れば、さっきエレベーターホールにいた若造が、俺に一眼レフを向け連写していた。 「何を撮っている!今撮った画像をこの場で消せ!」 若造は無視をし、俺を、そしてレイヤの腫れた顔を撮り続ける。 「聞こえないのかっ。カメラを叩き壊すぞ!それからトモイを連れてこい。今すぐトモイと東京へ帰る!」 喚き散らす俺に、レイヤは「行かないでください、オサム様。帰るなら俺も連れて行って」と泣いて迫ってくる。 「誰がオマエを連れ帰るって?レイヤ、オマエにはもう用がない」 レイヤは俺の言葉を受け、何ごとか喚きながら、フルーツの横に置かれていた果物ナイフを手に取る。 ナイフを持ったレイヤは、俺に向かって突進してきた。 驚いたことに、俺ともあろう者も、こんなときは咄嗟に身体が動かないものだ。 そこへ少し離れたところにいたユウシが体当たりしてくる。 ユウシのおかげで、レイヤが俺に向けていたナイフは軌道をそれた。 それでも、俺の左の手のひらがパックリと切れ、血が噴き出す。 カメラを持っていた若造がレイヤを取り押さえ、ユウシはすぐにスマホを取り出し、どこかへ電話を入れる。 「至急、ヘリの操縦士に出発の用意をさせてください」 通話を切ったユウシは俺に言う。 「この船には貴方様を治療できる船医はおりません。お帰りいただけますか?見たところ、十数針縫えば済む程度の怪我でしょう。警察へは連絡いたしますか?その場合、アラタが撮影した写真も、警察へ提出しますがどうされますか?」 俺は、テーブルに敷かれていたクロスを乱暴に抜き取り、熱い痛みを放っている自分の左手に巻く。 みるみると白いクロスが赤く染まっていった。 「トモイのことは、仕切り直しだ」 その場にいた全員にそう告げ、俺は屈辱にまみれ屋上デッキへと向かった。

ともだちにシェアしよう!