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No.21:トモイ「もう、どうかなってしまいそう」
【6月16日 00:00・ロイヤルスイート寝室】
カイリの部屋であるロイヤルスイートに隠れているよう言われ、もう6時間以上が経った。
その間、誰もこの部屋を訪ねてはこない。
アラタも、カイリも、もちろん恐ろしいオサムも……。
備え付けの冷蔵庫にはドリンクがたくさん冷えていたし、リビングには高級そうなフルーツが盛られたバスケットもある。
気を紛らわすため、それらを口にしたりもしてみた。
けれど、そんなことでは鎮まらない何かが、僕の身体の中で暴れ回っている。
太陽が沈んで一時間ほどが経過した頃だったか。
急に窓の外から大きく響く音が聞こえ、恐怖に震えた。
しばらくすると屋上デッキから飛び立ったのであろう、ヘリコプターの機体が見えた。
ヘリはみるみると小さくなり、遠くの空へ飛んでいく。
あのヘリに乗っていたのは、オサムだったのかもしれない。
だとしたら、僕はもうここに隠れている必要はないはずだ。
それでも、この部屋から出たくなかった。
カイリに会いたい、いや、会わずにはいられない。
本当なら、午後には個人面談があったはずだ。
オサムのせいで、僕はそれを受け損ねたけれど、ここで待っていれば、絶対に会えるはずだから。
そこからさらに一時間ほどが経過して、今度は強い雨が降り出し、窓ガラスを打ち付けた。
部屋の湿度が増したのか、空調により室内は適温なはずなのに全身が汗ばんでくる。
肌がベタベタとして気持ち悪く、自分が何か強い匂いを放っているかのように感じられた。
それは花のような甘い香り。
でも、爽やかだったり、清らかだったりはしない、もっともっと毒々しく禍々しい匂い。
(僕の身体のどこに、こんなイヤらしい匂いが潜んでいたんだろう……)
カイリはもうすぐ、この部屋に戻ってくるだろうか?
もし、まだ戻らないのならば、その間にシャワーを借りたい。
タイミング悪く、シャワー中に彼が戻ってきたら「何をしている」と、咎められるかもしれない。
それでも、今の自分が酷く穢れているような気がして、耐えられなくなり勝手にシャワーを使った。
それが3時間ほど前の出来事だ。
—
せっかくシャワーを浴びた後に、さっきまで身に着けていた下着やチノパン、ポロシャツを再び身に着けるのは抵抗があった。
やはり自室へ戻り着替えを用意してから、自分の部屋でシャワーを浴びるべきだった。
いつもの僕ならば、判断をミスらない簡単なことだ。
それがどうしてか、今の僕は全てに於いて、優先順位がおかしくなっているように感じる。
脱衣所には、未使用のバスタオルが一枚ありそれを使ったが、バスローブは使用済みのものが無造作に置かれているだけだった。
午後に入るはずだった部屋の掃除が、僕をここに隠したことで行えなかったのだろう。
僕はボーッとした鈍い頭で、使用済みのバスローブを手に取る。
そして、素肌に羽織った。
数時間前この部屋に入ったときに、彼のひざ掛けを身体に纏い感じた昂ぶりと同じ、いやもっと強い感情に揺さぶられる。
(あぁ、カイリさん……)
そこから僕は、さらにおかしくなっていく。
中途半端にカーテンの開いた彼の寝室にフラフラと入り、ベッドメイキングが済んでいないシーツに潜り込む。
こんなことをしてはダメだと、頭の片隅では分かっている。
それでも、自分が制御できない。
カイリの使ったバスローブを着て、カイリの使ったベッドに入り、そこにあった枕を抱きしめる。
あぁ……。
甘い甘い息を大きく吐き出す。
満ち足りた気がした。
何年間もの間、欠けていた何かが、補われたような充足感だ。
しかし、すぐにその感覚は失われる。
足りない。
こんなんじゃ、カイリが足りない……。
僕はベッドから出て、犬のようにクンクンと鼻を鳴らしながら、ロイヤルスイートの広い部屋を歩き回った。
そしてクローゼットを勝手に開ける。
どうしてこんな無作法なことをやってしまうのか、自分でも分からない。
クローゼットには、あの黒よりも黒いミッドナイトブルーのタキシードが仕舞われていた。
僕はそれをズルズルと引きずって、ベッドへと運ぶ。
シワになってしまうなどと、心配することもできない。
また一つ、カイリの匂いが強くなり、僕は再び満ち足りる。
こうした行為を繰り返し、彼のベッドルームには、僕が作ったまるで巣のようなものが出来上がってしまった。
身体は内側から熱く火照り、呼吸も荒い。
肌からは毒々しい花のような匂いが香りたち、心はカイリを求めてやまない。
僕は、どうかなってしまったようだ……。
カイリが部屋に戻り、こんな僕を見たらどう思うだろう。
軽蔑されるにきまっている。
そう分かっているのに、もう制御できる段階ではなかった。
(欲しい、カイリさんが欲しい。抱きしめてほしい。キスをしてほしい。もっともっと、そんなんじゃなくて、もっと深く彼を感じたい……)
今、どこで何をしているのだろう。
早く、早くこの部屋へ戻ってきて。
ベッドサイドの時計を見れば、もう25時を過ぎている。
昂ぶり過ぎた僕は、知らぬ間に涙をこぼしていた。
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