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No.22:カイリ「絶望の後に」
【6月16日 01:30・11階フロア】
私は今、深く深く反省をしている。
このサンデリアナ号を貸し切って、航海をスタートさせたこと自体を悔いている。
鉄橋崩落事故で死んでしまったあの子の代わりを、見つけたかった。
15年経っても忘れられない、あのむせ返るようなジャスミンの花の匂いを、もう一度嗅ぎたかった。
それだけだったのに……。
ようやくわかった。
1000人が口にするものから抑制剤を抜き、オメガを炙り出すことが、どれだけ身勝手だったのか。
ユウシとアラタにも随分と迷惑をかけてしまったようだ。
私は疲れ果て、11階フロアの廊下に敷かれた上等な絨毯の上に、座り込んでいる。
航海が6日目に突入した真夜中、25時半を過ぎて事態はようやく収束しようとしていた。
—
そもそも5日目の午後は、選別した21名の部屋を回り、個別の匂いを嗅ぎ分けるという時間に充てるはずだった。
そこへ、岩戸オサムがヘリに乗って現れた辺りから、予定が狂い始める。
彼がやってきた理由は、この船に乗った一人の男を取り返すためだというのだから、本当に馬鹿らしい。
ユウシが上手いこと彼を煽て、セミナー講師をやらせた。
その間私は、かねがねオサムの強引な経営を疎んでいる人々へ連絡を取り、彼の失脚を画策した。
ユウシが彼の不正会計を下調べしてくれてあったため、政財界でのパワーゲームは私が圧倒的に有利となる。
トークショーで、重鎮たちへのヘイトを引き出せた時点で、それは完成した。
オサムは確かに有能だが、年寄りたちはまだまだ力を持っている。
財閥などという厄介なものを背負っている私は、それをよくわかっているが、一代で財を成したオサムには一生理解できないだろう。
挙句、オサムのパワハラ現場、いや暴力沙汰を写真に収めたというのだから、うちの秘書の有能さは恐ろしい。
オサムの件が片付き、私は改めて11階のオメガたちがいる一角を訪ねた。
すでに廊下にまで、甘い南国フルーツのようなフェロモンが漏れ出ている。
私がそのうちの一部屋をノックしようとしたとき、ドアが開き、中からヒート状態の男が飛び出してきた。
「欲しい、欲しい、カイリさま、貴方をください……」
私は狼狽える。
この男は理性をなくしてしまっていた。
逃げようとすると、今度は隣の部屋のドアが開く。
またヒート状態の男が現れる。
次から次へと、男たちは唯一のアルファである私を目掛けて押し寄せてきた。
彼からは、ジャスミンの花の匂いはしない。
私の身体を熱く高揚させる成分のようなものは、確かに分泌されている。
けれど、私の理性を奪うまではいかない、その程度の匂いだ。
11階の一角は、ゾンビ映画のような様相になってしまった。
オメガを炙り出したことは一般スタッフは知らぬため、私と、ユウシと、船医でこの場を収めなければならない。
「カイリ様、このアラタも事情を承知しております。彼も一緒に事態の収束にあたります」
「た、頼む」
アラタと呼ばれた男は、確かオメガである21人に含まれていたはず……。
しかし、今それについて考えている暇はない。
私を囮にして一人一人を拘束し、抑制剤と鎮静剤を打っていく。
顔が上気し、目をギラギラとさせ、息を荒らげる彼らの姿は正直恐ろしかったし、怖かった。
本能で暴れる彼らを押さえつけ、船医に注射を打たせる様子に罪悪感を覚える。
(私はこんな酷いことが、したかったわけじゃないんだ……)
おそらく全員に投与が終わり、廊下に座り込む私は本当に本当に疲れ果てていた。
なにより、どのオメガからも、ジャスミンの花の匂いなどしなかったことに、絶望している。
「カイリ様、しばしここでお待ちください」
「私は自分の部屋へ戻る」
「あぁ。今、状況をご説明しますので、お部屋には入らないでください。いいですね」
そう言い残しユウシはアラタと共に、オメガの者たちを各部屋へと搬送していった。
私は「今更何の説明だ」と投げやりな気持ちで、疲れているのに昂った身体を持て余しながら、自室へと向かった。
—
手を動かすのもダルいと思いながら、胸ポケットに入れていたカードキーで、部屋のロックを解除する。
そして、そのドアを開けた瞬間のことだ。
あの匂いが、むせ返るジャスミンの花の匂いが、暴風雨のように私に襲いかかってくる。
15年前の雪の日に嗅いだ思い出の匂いよりも、もっともっと濃厚で、もっともっと淫靡な香りが。
(どうして、私の部屋から……)
今まで内に熱がこもり燻っていた身体に火がつき、一気に燃え上がった。
どこだ、この匂いを放っているオメガはどこにいる!
暴力的なまでの欲望が、自分の中で渦を巻く。
広いリビングを探すが、誰もいない。
匂いを頼りに進んでいくと、途中にあるクローゼットは開け放たれ、バスルームも使用された気配があった。
そして、辿り着いたベッドルームで、ベッドの上にこんもりとした山ができているのを見つける。
まるで巣だ。
掛け布団だけじゃなく、ひざ掛けや、バスローブや、バスタオル、そしてタキシードで作られた巣。
「だ、誰かいるのか?」
私の声に反応し、巣の中心から一人の美しい男がモゾモゾと顔を出す。
水原レイヤに水を掛けられた、あの男だった。
彼は赤い顔に潤んだ目で、私を見つめてくる。
「カ、カイリさん……。ご、ごめんなさい、ぼ、僕は……」
自分の理性が「プチン」と音を立てて切れたのが、わかった。
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