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No.24:カイリ「運命の、番……」

【6月16日 07:00・バスルーム】 キングサイズのベッドは、シーツも、掛け布団も、ぐちゃぐちゃに乱れ汚れていた。 壁の時計を見れば、もうすぐユウシが、朝食について連絡を寄越す時刻だった。 私は抱きしめ続けていた男の身体をゆっくりと離し、ベッドを降りる。 彼は、酷く不安そうに子犬のような顔をして、私を見上げた。 「そんな顔をするな。風呂を溜めてくる。一緒に入ろう」 そんなやりとりをして、ようやく気が付いたことがある。 「名前は?」 「え?」 「すまない。名刺をもらいはしたが、君の名前が分からない。教えてくれるか」 「あぁ。僕は青山トモイ、です」 「トモイ」 「はい」 美しい男トモイは、微笑みながらコクリと頷いた。 15年前の事故のあと、警察は私と一緒に搬送された少年は「死亡した」と発表した。 私はそれを疑いもしなかったけれど、今思えば彼の死を直視できなかっただけかもしれない。 私が「そんなはずはない」と、食ってかかったら何か教えてもらえた可能性もある。 少なくとも、名前だけでも聞き出していれば、その後、彼の生死を確認する術を得ていただろう。 ただそれは、今だから思うこと。 17歳の私には事故のショックで、それだけの活力が残っていなかったのだからしかたがない。 「トモイ……」 もう一度その名を呟き、響きを味わいながら湯の温度を調整した。 — まずは共にシャワーを浴び、彼の最奥に私が出したものを、指で掻きだした。 トモイはその行為にも小さく声をあげ、可愛らしく敏感な反応を見せる。 ただ、全てを洗い流せば、私もトモイも一晩中昂っていた気持ちが、少し落ちついた。 それでもトモイの白いうなじが目に入る度に、私はそれを欲して生唾を飲む。 戯れに唇を這わせ、舌で舐めれば、彼は擽ったそうに身をよじり笑った。 あのとき少年が放っていたジャスミンの花の匂いが、オメガによるものだったと推測し、確信に至った頃から、私はオメガバースについて、色々と調べるようになった。 書物の中に「運命の番」という言葉があり「アルファがオメガのうなじを噛む」という行動が書かれていた。 文章で読んでも、その行為の意味はいまいちピンとこない。 でも、今は本能として分かる。 私は、トモイのうなじを噛みたい。 そして、誰にも渡さず自分の所有物にしてしまいたい。 二人で湯に浸かりながら、彼に問いかける。 「トモイ、「運命の番」という言葉を知っているか?」 彼は首を傾げる。 「番?いいえ。知りません。聞いたこともない」 彼に確認し了承を得てからでないと、してはいけない行為だと、必死に自分を律し続けていた。 1000人からオメガを炙り出すという実験を反省したばかりだから、尚のことだ。 「そうか……。アルファの私が今ここで、トモイのうなじを強く強く噛めば、君は私のものになると言ったら、どうする?」 「……僕が、カイリさんの、ものに?」 「あぁ。何の苦労もさせない。世界中、好きなところへ連れて行ってやる。豪華な食事をともにして、昨晩のように抱き合って、寝心地のいいベッドで一緒に眠ろう」 トモイはその言葉に朝方まで繰り返した行為を思い出したのか、頬を赤らめる。 彼も事故で両親を亡くし、苦労してきたはずだ。 だが、もう大丈夫。 私には財力があるのだから。 「僕は……、その……運命の番?というものには、なれません……」 予想に反し、彼はゆっくりと首を横へ振った。 「なぜ?まさか、岩戸オサムのことが好きなのか?」 今度はブンブンと首を激しく振り、全力で否定する。 「それは、絶対に有り得ません!」 「では、なぜ?」 「番が何かも分からないのに、とても、とても魅力的に思え「はい」と言ってしまいそうな自分もいます。でも……」 彼は言葉を選びながら、誠実に自分の気持ちを伝えようとしてくれる。 「そもそも僕は、明日この船が横浜へ到着したら、岩戸オサムのところへ行かされる予定です。もし、行かなくてよくなるとしても、ソーセージ工場の営業に戻りたい。僕は、僕は……、親代わりの橋爪社長が作るソーセージが大好きだから。僕にできることをして、工場を立て直さなきゃ」 よく考えれば、トモイはまだ、自分がオメガだということも、自覚していない。 「そうか……」 失意に、返事をする声が震えてしまう。 (所有物することを、彼が喜ぶに決まっていると思っていた。驕り高ぶったアルファな自分が、ほとほと嫌になるな……) 断られたって、無理やりうなじに噛みつくことは、出来ただろう。 しかし、健気な彼への愛おしさが勝り、そうすることはできなかった。 「船を降りても、オサムのところへは行かなくていいように私が手を回す。いや、トモイをあと男の元にだけは行かせたくない。絶対にだ。オサムとはもう会わないと、どうか約束してほしい……」 — 風呂から出ると、脱衣所には新しいバスタオル2枚と、バスローブ2着が用意されていた。 部屋から、様子を伺うようなユウシの声が聞こえてくる。 「カイリ様、おはようございます。ノックをしてもお返事がありませんでしたので、入らせていただきました。昨日は清掃ができておりませんでしたので、新しいリネンをご用意しました」 相変わらず優秀すぎて怖い秘書だ。 「船医をこの部屋へ呼べ」 彼にそう伝えれば「はい」とだけ返事があり、退室したのが分かる。 ユウシは、この部屋にトモイがいることを分かっているのだろう。 (本当ならトモイに抑制剤など打たせず、永遠にオメガのままでいてほしい。ジャスミンの花の匂いを纏っていてほしい。けれど、現代においてそれは不可能な話だ) 私はトモイと、バスローブ姿でリビングのソファに腰掛けながら、船医の到着を待つ。 その間に、彼に事情を説明する。 「トモイ、今更だが君はオメガだ」 「オメガ?」 「私の所業で、君は昨晩、むせ返るようなジャスミンの花の匂いを放っていた。それはアルファの私にしか感じられない香りだが、お陰で私は君を見つけ出すことができた」 トモイは理解が追いつかないようで、首を傾げたままだ。 「今から船医が来て、君にオメガ抑制剤を打つ。必要があれば、昨晩の行為の記憶を曖昧にするために鎮静剤も処方してもらうが、どうする?」 「え?」 「忘れたいか、忘れたくないか……だ」 「忘れたくなんかありません!僕は、昨晩のことを一生の宝に、したい」 — 船医によって、トモイに抑制剤が打たれた。 彼のヒートを経て昂っていた気持ちは急速に落ち着いていき、そのままウトウトし始める。 眠りに落ちる寸前、思い出したように私へのお礼を口にした。 「カイリさん……。ちゃんと、伝えたいと思っていました。15年前、僕の命を、助けてくださって、ありがとう、ございました……。感謝しています……」 それだけ言って、バスローブ姿で寝てしまった。 昨晩は一睡もしていないのだから、無理もない。 ユウシがアラタを呼び、トモイを7階の部屋へと運び出そうとする。 「ちょっと待て」 私は眠り込んだ彼の前に、膝をつく。 そしてうなじに唇を寄せて、せめてもの印に赤いキスマークをつけた。 (トモイ。私は君を諦めないから……) 「もういい。連れて行ってやってくれ」 それでも一人、部屋に残された私はたまらなく寂しい気持ちになる。 やはり無理やりでもうなじを噛み、運命の番になるべきだったと、悔いてしまうほどに。

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