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No.25:アラタ「心地いい海風にあたる」

【6月17日 07:00・レストラン】 俺とトモイは、6階にあるイタリアンレストランの窓際の席を確保し、ビュッフェのモーニングを食べている。 窓の外は快晴で、青い空には白い雲が浮かび、波も穏やかだった。 色々ありすぎたサンデリアナ号の旅も、昼にはゴール。 横浜へと到着する。 最終日の今日は、何もプログラムが組まれていないため、乗客皆が、朝から美味しいものを食べ、豪華客船を味わい尽くそうとしていた。 「このプロシュート美味しい!ミネストローネもいい味だよね。だけどソーセージはやっぱり、うちの工場のほうが美味しいな」 トモイはお腹が空いているようで、何度もおかわりをよそいに行く。 それもそのはず。 昨日の朝、7階の部屋に戻り、そのまま丸一日眠っていたのだから。 「トモイ、体調はどう?」 「うん。元気だよ。味覚も戻ったみたい。何を食べても美味しく感じるよ」 「そっか、よかった。じゃ、俺もパニーニをもう一つ食べようかな」 朝食のあとには二人で屋上デッキへ上がり、海風にあたりながら、ベンチでカフェオレを飲んだ。 俺はトモイに話したいことがあったし、トモイも知りたいと思っていることが山ほどあるだろう。 ただ、話し始めるきっかけが見つからず、海ばかりを見てしまう。 最初に口を開いたのは、トモイだった。 「あのね、アラタ。「運命の番」って言葉、知ってる?」 「あぁ、知らなかったけど、昨日トモイが眠っている間に、俺も古来のオメガバースについて色々と検索して調べたよ。俺もどうやら、オメガだったらしいからさ」 (自分が稀少なオメガだったなんて、この船に乗らなければ一生知らなかっただろう) 「そっか、アラタも……。この船がさ、なんらかの特殊な環境だったってことだよね?陸へ戻ったら、僕もアラタも、オメガだってことは忘れちゃっていいんだよね?……お、お尻が、ぬ、濡れちゃうなんてことも、もう、ないんだよね……?」 最後のほうは、とても小さな声になっていたけれど、俺は「大丈夫、もうない」と頷いてやる。 今ここで、しっかりと話しておかなかったら、もうこの話題で会話をすることは無いだろうから。 (俺もオメガの状態で、誰かに抱かれてみたかったな……) 俺は、ユウシから説明された話を、トモイに聞かせる。 この船で、どうやって、オメガが炙り出されたのか。 一緒にアッパーデッキに上がった、他のオメガたちがどうなったのか。 それから、俺がただの乗客ではなく、ユウシに雇われていたことも、伝える。 「なんか、思ったより壮大な話でびっくり」 「うん、大金持ちのやることはエグイよな。それで「運命の番」がどうかしたのか?」 「カイリさんに、言われた。「運命の番」にならないか、みたいなことを。うなじを噛みたいって。そしたら僕はカイリさんのものになるって……」 「うおぉ、凄い!それで、番になったのか?いや、噛み痕なんてどこにもないな」 トモイの首には、カイリが俺やユウシの目も憚らずつけていたキスマークだけが、薄く残っている。 「断っちゃったんだ」 「へ?」 「やっぱり断るのって、おかしかったかな?僕「番」ってよく分からなかったし、誰かのものになるって言われるのは、オサムで懲り懲りだったし……」 「まぁ、確かにそうだよな。でも、オサムのことは大嫌いでも、カイリは憧れの人なんだろ?」 「もちろん!命の恩人だし、初恋の人だし……、大好き、だよ……」 「俺もさ、ネットを使って調べただけだから、知識が浅いんだけど。アルファがうなじを噛むのって、別にオメガの許可なんか要らなかったんじゃないのかな。カイリさんが無理やり噛んじゃえば、トモイは彼のものになっていた。だからトモイに同意を求めてくれたってことは、彼なりの誠意なんだと思う」 トモイは頭を抱える。 「あー、断らなければよかったかも!そしたらまた会えたんだもん。船を降りちゃったら、もう接点もないし、お話することも叶わないなんて、寂しすぎる」 そのとき、俺のスマホが振動し、メッセージの着信を知らせた。 仕事でお世話になっている週刊誌の編集部からだった。 添付されていた画像を、トモイに見せてやる。 「え?なに。僕が見てもいいの?」 画像を覗き込んだトモイは、「えー!」と驚いた声をあげる。 オサムの会社で不正会計が発覚し、逮捕されたというニュース記事だった。 「とはいえ、すぐに釈放されると思うよ。だけど、トモイにちょっかいを出してくる暇はなくなるはず。だから、安心して」 「あれ?ここに載ってる恐ろしい顔したオサムの写真って、この船の中で撮られたもの?」 「よく分かったな。俺が撮ったんだぜ。よく撮れてるだろ」 オサムがレイヤを殴った直後の写真だ。 いかにも悪人面に写っていて、このニュース記事を見た人は、ぞっとするだろう。 (この船に乗って一週間を過ごせたことは、俺にとってプラスだった。トモイと友達になれたことも、仕事で思わぬいい結果が残せたことも、城井財閥で秘書をするユウシと縁ができたことも。それから自分がオメガだと知れたことも、経験としてよかったのかもしれない……) トモイは、気持ちを入れ替えるように勢いよくベンチから立ち上がり、「ジェラート食べに行こう!」と俺を誘った。 — この前と同じマンゴーのジェラートを食べたトモイは、「この前よりずっと美味しい」と微笑む。 座っていたソファの正面にあったモニターからは、各種セミナーの講師陣からの挨拶が流れている。 その動画の最後にはカイリが姿を現わし、総括を述べて閉会の挨拶をした。 真剣な表情でモニターを見つめるトモイは酷く寂しそうで、「運命の番」を断ったことを後悔しているのがよく分かった。 でも、もう今さらだ。 今の状態のトモイは、もうオメガではない。 ごく普通の青年だ。 カイリがこの状態のトモイに噛みついたとしても、番にはなれないだろう。 「トモイ、港についたあとはどうするんだ?」 「うーん。オサムのところへ行かなくてよくなったなら、特に予定はないかな。スーツケースを持ったまま工場へ顔を出すよ」 それを聞いて、俺はユウシへメッセージを送信した。

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