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"キュッ"から"ギュッ"
夕方になり、シメサクと葵はライブ会場まで歩いていた。
「なんか、無理矢理誘っちゃったみたいでごめんな。」
「いえ、経験としてライブに行ってみたいと思っていたので。それに、今日は特に予定もないですし、明日学校でテストがあるから、少し勉強しようかなって思っていた程度なので。」
「明日テストなのに、良かったのか?」
「多分、勉強しなくても90点以上は取れると思います。」
「マジか。すげーな。葵くんって何でも出来るんだな。料理も上手いし。」
「そんな事ないです…。」
「いやいや、爪の垢を煎じて飲ませて貰いたいくらいだよ。」
冗談のように軽口を叩いたが、シメサクはこれと言った特技のない自分にコンプレックスを感じており、勉強も料理もできる葵を羨ましく感じていた。
「僕、いつも完璧でいなきゃって思っているんです。去年父親が離婚して、お母さんとおばあちゃんと3人で暮らしているんですけど男は僕だけだし、僕が2人を守らなきゃいけないんです。高校を卒業したら、大学には行かずに就職しようと思っています。」
葵の言葉に少し力が入っているのをシメサクは感じた。
葵の家庭の事情を聞いて驚いたが、彼の普段の寂しげな表情や影のある雰囲気は、そういった家庭環境が背景にあるのだと、その時にシメサクは思った。
「葵くんは、まだ高校生なのに本当にしっかりしているんだな。見習わないとな。俺はフリーターだし、小学校教員の通信大学も行き当たりばったりな感じだしさ…。」
「先生を目指しているんですか?」
「まぁ…。なれるか分からないし、そもそも俺なんかに努まるとは思えないんだけど、子供は好きだし、このまま目標もなく生きていくのもアレだなと思ってさ。」
「サクさん、向いていると思います。」
「え…?」
「小学校の先生。サクさん、明るいし、優しいし、人を安心させる雰囲気みたいなものがありますから。」
葵の思いがけない言葉にシメサクは驚く。
しかし、それ以上に嬉しさを感じた。
こんな自分に、そんな言葉をかけてくれる事がシメサクはとても嬉しかったのだ。
ライブ会場に入ると、葵は落ち着かない様子でキョロキョロとあたりを見渡していた。
「人、すごいですね…。」
初めてのライブという事もあってか、葵は随分緊張している様子だった。
「落ち着かない?」
「少しだけ…。でも、すぐ慣れると思うから大丈夫です。」
そう言った葵の握った拳は、少し震えていた。
暫くすると、会場が暗くなった。
「え、停電…?」
葵がそう言うと、シメサクの袖を"キュッ"と掴んだ。
その行動があまりにも可愛くて、シメサクは少しドキッとしながらも冷静に答えた。
「停電じゃないよ。これから始まるんだよ。ほら、映画館と一緒。映画始まる時、暗くなるでしょ?」
「あ、なるほど…。」
暗くて分からないが、多分顔を赤くしているんだろうなとシメサクは思った。
ステージ上に"ブラックナイン"のメンバーが登場し、演奏が始まる。シメサクは、大好きなバンドの久しぶりのライブに興奮しながらも、葵が爆音に驚いていないかが心配で様子を伺う。
すると、葵は食い入るようにステージ上を見ていた。
袖を掴んでいた葵の手の力が"キュッ"から"ギュッ"に少し強まったのを感じた。
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