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後編 深い森の底に眠れ【R18】
夏が役目を終え、秋がその歩みを深めていく。朝晩の空気が冷ややかな色を帯び、街路樹がわずかに色づき始めた頃。
路央が冬服の準備を始めたある日のこと、郁杜がいつになく切実な顔でこぼした。
「長さの合うズボンが売ってない……」
欧米人にも見劣りしない長躯、そして驚くべき脚の長さを持つ郁杜にとって、既製品の衣類はどれもこれも丈が足りないらしい。なるほど、足長族には彼らなりの悩みがあるのだ。
路央は少し考え、名案を思いつくと、休日に郁杜を連れて電車に飛び乗った。
向かったのは、デートスポットとしても名高い、川沿いの洒落た一等地。そこに聳え立つ銀白のマンションこそが目的地だった。路央は慣れた足取りで共用部を抜け、エレベーターで最上階へと昇る。
重厚な扉の先で待っていたのは、一人の男だった。
人形のように均整の取れた長身、耽美な色気を宿した目鼻立ち。ゆるく波打つ黒髪を揺らしたその男を見て、路央が顔をほころばせる。
「羽瑠矢くん、今日はありがとうね」
「全然いいよ。路央の頼みなんだから」
この色男こそ、路央の元(?)想い人、羽瑠矢だ。大手アパレル企業で働く彼は、郁杜に負けず劣らずの足長族である。高身長向けのサンプルが自宅に豊富にあるということで、快く招いてくれたのだ。
高級感の漂う室内を抜け、テレビでしか見たことがないような巨大な衣装部屋へ案内される。路央と羽瑠矢は、郁杜をマネキン代わりにああだこうだとコーディネートを楽しみ始めた。
「郁杜くん、すごい格好いい体格だね。スポーツやってたの?」
「高校まで野球をやってました」
おーたにしょーへーじゃん、と気さくに笑う羽瑠矢は、その妖艶な見た目に反して非常に話しやすい。路央とは古くからの友人のように軽口を叩き合い、屈託なく笑っている。
満足するまで着せ替えゲームを楽しんだ二人は、やがてリビングへ移動してグラスを傾け始めた。郁杜も半ば強制的に、輪に加わらされる。
近況を語り合い、時折郁杜をいじっては笑い合う。そこにはかつて在ったという泥沼の気配など微塵もなかった。
いつになくリラックスした路央の表情。それを見つめる郁杜の胸の奥で、静かな泉が明確にさざめくのを、彼は自覚していた。
その時、玄関の扉が開く音がした。羽瑠矢の瞳に熱が灯るのを視界の端で捉えた直後、リビングに「城の主」が姿を現した。玖我智紘の帰還である。
一点の曇りもない美貌を湛えた彼がそこに立つだけで、室内が静かに制圧される。羽瑠矢が「おかえり」と駆け寄り、二人の世界が完成したその刹那、智紘と郁杜の目が合った。
言葉を交わす必要はなかった。
智紘の瞳に宿る冷徹な確信、お前もかという無言の問い。郁杜はそれを真っ向から受け止め、静かに首肯した。
自分たちは同じだ。手に入れたいものを、自分の箱庭に閉じ込めておかなければ気が済まない、強欲な独占心の持ち主。
「もう遅いし、これ以上はご迷惑だよ」
郁杜は路央の腕を強く掴んだ。路央と羽瑠矢が不満を漏らすが、その声は「城主」である智紘の視線によって制される。
郁杜は丁寧に挨拶を済ませると、酒に酔って足元の覚束ない路央を半ば抱き抱えるようにして、その場を後にした。
◇
路央は酒に強くない。自宅に着く頃には、郁杜の腕の中でくったりと目を閉じていた。
薄桃色の唇が、満足げに小さな寝息を刻んでいる。一階にある郁杜のベッドへ下ろすと、路央は嬉しそうに表情を緩めた。
この男は、その一挙手一投足がどれほど郁杜を惑わせているか、全く分かっていない。
「……ほんと、悪い男」
低く呟き、郁杜は顔を寄せて路央の唇に触れた。柔らかな粘膜同士がぶつかる音。何度も、何度も、それを確認するように繰り返す。
舌が唇の端をなぞった感触で、路央が微かに目を開けた。状況が飲み込めず、ぼんやりと郁杜を見上げている。
その隙を逃さず、郁杜は慣れた手つきで路央の服を剥いた。下着越しに、熱を帯びた一点を指先でなぞる。
「あっ……え?なに!?」
路央がようやく覚醒し、ムードもへったくれもなく騒ぎ出す。
「おまえ、何してんの!?」
騒がしい口を、郁杜は再び己の唇で塞いだ。今度は遠慮なく、奥深くまで舌を突き刺す。ねっとりと絡み合う粘膜の感触。路央からは、フレッシュバターのような上品で甘い香りがした。
大きな掌で揉みしだかれ、路央の身体はあっという間に昂りを見せる。気づいた時には秘所へ滑りが足され、筋張った指が聖域を侵食していた。
誰にも踏みにじられたことのない場所を、丁寧に、執拗に開拓していく。柔らかい内壁を研磨するように磨り潰され、路央は鳴き声のような悲鳴を上げて泣きじゃくった。
やがて指が引き抜かれ、路央がぜいぜいと肩で息をする。
耳を打ったのは、薄いビニールが擦れる硬質な音。目を剥いて横を見ると、郁杜が己の熱塊に薄いゴムを被せているところだった。その、体躯に見合うあまりの猛々しさに、路央の酔いが一気に吹き飛ぶ。
「え、それ、入れんの……?」
郁杜は答えない。ただ、当たり前のことを聞くなと言わんばかりに眉を上げ、再び路央を組み伏せた。
「……待って!よく考えろ!おまえ、童貞だからおかしくなってるんだよ!」
「いや、童貞じゃないけど」
路央は呆然とした。この清冽で硬派な雰囲気の男は、とっくに純潔を捨てていたらしい。
思考が停止した路央の窄まりに、巨大な熱源が押し当てられ、吸い付くような官能が蘇る。
ぐっ、と腰が押し進められ、秘密の場所が強引に拓かれた。圧倒的な質量と存在感に、路央の呼吸が止まる。
「むり、入んない、入んないよ……っ」
「大丈夫。路央くんなら、できる」
根拠のない励ましさえ、郁杜の声なら真実だと思えてしまう。路央が力の限り身体を緩めた瞬間、がつん、と最奥まで杭が撃ち込まれた。
衝撃に声も出ない。そのままの勢いで腰を振られ、路央のやわらかい粘膜は容赦なく掘削されていく。
郁杜が呼吸を荒げ、額から滴る汗が路央の肌に落ちる。その必死で切実な、言葉よりも雄弁な表情を見たとき、路央は全てがどうでもよくなった。ただ、目の前の男と、そこに生まれる快楽だけを信じた。
逞しい身体にしがみつき、必死にお互いの熱を擦り付ける。太い腕の中に抱かれながら、路央は自分がもう逃げられない場所にいることを悟った。その瞬間、極彩色に染まった悦楽の証を吐き出した。
◇
家を失った野良猫は、狼の領土に招き入れられ、新しい居場所を得た。
そして最後には、狼の腕の中に完全に囲い込まれ、甘美に捕食されたのである。
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