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第4話 希佳2&泰然(タイラン)

 遣り手が言っていた『いつもの所』、つまり勉強部屋は愁一の部屋の向かいだった。  相当混めばこの部屋も客室になるが、今までそんなことになったのは一度きりで、大抵が空いているので新人の教育場所となっている。  内装は畳に、中国式の行燈や赤い格子が壁にかかりなんとも言い難い中途半端な異国情緒を醸していた。  かなり厚みのある布団の脇に正座して俯いている希佳(シージャ)に、布団の上にあぐらをかいてタバコを吹かしている愁一は、淡々と問う。 【今までに女とでもやったことあるのか?】  希佳は首を振る。まあ年齢的にそうだろうな、と納得はできる。  星宇と同じくらいに見えると言うことは15.6歳ほどか。  こんな所な以上、年齢がどうのという前に少しでも若いほうが高く売れるから人道的なことは言ってはいられない。 「こっちに来いって」  優しい声ではあるが、布団を叩きながらのその言葉にますます身体を緊張させた希佳は、未だに手を握りしめている。 【怖いのも解る。女ですら怯えるのに男だもんな】  色々言われるたびに緊張をし、次第に小刻みに震えてくる希佳(シージャ)を見ると可哀想にもなってくるが、実際の所ここにいるのが今は安全なのだ。 【お前くらいなのが今外を彷徨いてたら、すぐに攫われてもっと酷い目に遭う。日本人の、まして子供なんかには今の中国人は何するかわからんからな。そう言う時期なんだ。だからここが安全なんだよ。そしてここにいる以上やんなきゃならないこともある。機を待て。いずれ出ることもできるから】  煙が希佳にかからないように上へと吐き出し、枕元へ手を伸ばして灰を落とす。 【日本で…勉強していたかった。いずれ政治家になって国を動かしたいと思ってたのに…。今は失望しました…。】  希佳が中国に渡ってきた約一月前には、日本の新聞等で中国での日本の成功を祝い、現政府の手腕を称える記事が賑わせていたのだろう。  しかし実際に希佳がここで見たものは、そんなニュースとは全く違う現実だった。子供心にも失望くらいはするだろう。 【いい志だと思うぞ。今の政府に失望しても、お前が政治家を目指していい国にしたらいい。それには、今を耐え抜け】  希佳の目にほんの少しだが光が戻った。 【た…大したことないですよね…こんなこと…】 【うんうん、大したことない。寝転んでれば終わるから】  眉間に皺を寄せたまま、希佳は膝で歩いて布団へやってきた。  そして愁一の前に正座して 「チン・ドゥ・ガンジャオ(よろしくお願いします)」  と頭を下げた。 【お、上手いじゃないか。辿々しい所がまたそそられる客もいそうだな】  笑ってタバコを消して希佳を抱き寄せる。  まだ緊張している身体を、囁きながら横たえてやった。 【大丈夫。ゆっくりやるから…】  横たえられて覚悟が決まったのか希佳は身体の力を抜き、話している時とは違う愁一の声音に安堵も覚えた。 【む…無理…】  うつ伏せに抱きしめられながら『ソレ』を当てがわれた希佳は、身体を上にずり上がらせた。  『勉強会』が始まって、身体中に唇を這わせられ、『そう言う注文』もあるからと目の前に晒された大人のイチモツ。  父親とも風呂に入ったことくらいあるが、こうなったモノなどを見るのはもちろん初めてだった。  酷く大きいと思った。  それを口にしなければいけないのは、屈辱もあったがいずれこれが…と思うとその時ですら恐怖だったのに、今実際に充てがわれると逃げ出したい気持ちが大きくなってくる。 【俺のは…多分人よりでかいと思うから…さっき星宇も言ってたんだが日本語じゃなかったから聞こえてなかったな】  愁一は慰めるようにそう言うが、シーツを握りしめる手は白くなりそうな程キツく握られてしまう。 「大丈夫、ふのりも塗り込めたし他の人は受け入れてるから】  希佳の体が震え、ガチガチと歯が鳴っている。  それは愁一には想定内で、ここは妥協できないところだから様子を見ながら進めようと髪を撫でて落ち着かせようとした。 【日本に、好きな女はいたか?】  希佳の脳裏に、おさげ髪の女の子が浮かんだ。こっちへくる時に無事に帰ってね、と言ってくれて嬉しかった。 【命短し…】  耳元で愁一が囁くように言葉を紡いだ。  ゴンドラの歌の歌詞だ。掠れた声で微かに音程を綴る。 【…よ乙女】  こんな時の男の声が甘いことを希佳は知った。  それにその声と歌詞に女の子をますます思い起こし、彼女の笑った顔や教室での真面目な顔、さまざまな顔を思い起こして、ーああ、自分はあの子が好きだったんだな…ーと淡い気持ちが湧いた。  心が熱くなり希佳の身体が弛緩してゆく。  愁一はそれをを見計らい、弛緩した身体をもう少し強く抱きしめてそのまま静かに希佳の中へと身を進めていった。 【んっぐぅっ】  途端に身体が緊張し、その部分が締め付けられる。  愁一は優しく肩を抱いて、自分の左手を握りしめられた希佳の左手に重ねてやると希佳の左頬に右頬を当てた。  右手はその右肩をトントンと宥める。  希佳は熱くなる身体の中、頬を寄せられたことにーそんな歌詞が確か…ーと朦朧と考え身を割かれるような痛みに歯を噛み締めた。 【ここには誰も…】  そのくだりを聞き痛みとは違う涙を流す。  そう、もうここには誰も来ない。自分で自分を守るしかないのだ。  希佳が必死に受け入れることを覚悟したのを見て取り、愁一もその気概を汲み取ってーじゃあ…ーと腰を緩やかに蠢かせ始めた。  ぐったりと寝そべる希佳の隣で、その髪を撫でながら愁一は希佳を見つめている。  痛いと喚くわけでも逃げ出そうと暴れるわけでもなかった。  ただ自分の境遇を受け入れて生き延びようとする覚悟をした少年を心から称賛する。 「お前みたいなのはきっと、本土へ帰れる。きっと帰れるよ。いい政治家になれよ」  わざと日本語で言わないのは、彼へのエールだ。ここまでたどり着いたラッキーボーイに敬意を表したい。  まあただ、あと2.3回は勉強会は必要かな…とは踏んでいたが。 「ああ?金が出来てないってのはどういうことだ」  泰然(タイラン)は、前で神妙にしている大男に箸を1本投げつけた。  ここは外灘(バンド)にある紅蘭(ホンラン)というレストランの個室だ。 「いや…焼き芋屋が今回の取引高すぎるって今更ゴネやがって、泰然がいいって言ってんだからって言ってもあと20元出しやがらないんだよ」  泰然は、青幇から直接アヘンを買い付けて売るという売人をしている。  今回は1kgのアヘンを仕入れたかったが、青幇側は90元を請求して来たのだ。  しかしそれを10元負けさせて80元にしたのも泰然だ。  80元はアヘン1kgの最低相場だ。底値まで交渉して勝ち取ったのに高いと言われるのは腹も立つ。  青幇とてそこは譲れないラインだ。  焼き芋屋とは、泰然のチームの金銭管理係である。  日本から入ってくるさつまいもに心酔して店を出したロシア人で、名前をイワノフという。  どこかとのハーフにも見えるが過去のことは語らない。 「今日取引日なんだぞ。今更20元まけろなんて言ったら俺らの首が飛ぶんだ。仕事無くすって意味じゃないぞ。文字通り飛ぶんだ解るよな」  一本になった箸で海老焼売を刺して口に放り込む。  紅蘭の焼売は最高だなと咀嚼しながらも、目の前の大男を睨みつける。 「黄力行(ホアンリーハン)。俺はお前を信用して任せているんだ。仲間説得できねえほどか?今13時だ14時までにここに持って来い。焼き芋屋には誰が稼いでるのか言い聞かせろ。持ってこなければ俺がお前の首を貰う」  泰然はもう一本の箸も投げつけ、憤然と腕を組んだ。  取引先との受け渡しにこの店を選んだのだが安い店ではない。  まあそれも焼き芋屋イワノフには気に入らなかったのだろうが、そこは仕方がないと飲み込んでくれた。それでごねているのだとも思うが。 「俺は…さあ…イワノフにはちょっと頭が上がらないことがあって…」  冷や汗を拭いながら、気の弱そうな眉を困ったように寄せて泰然を見てくる。 「そんなのはお前とイワノフの個人的事情だろ。公私混同すんな。どんな手を使ってでも持ってこい。1時間だ」 「ううう…わかった…」  黄力行(ホアンリーハン)と言われた男は、ーどうすべえかなあーなどと頭を傾げながらドアへ向かうがその背中に 「それと、イワノフにアヘンの相場も叩き込んできてくれ」 『ええ〜〜』と振り向いた顔があまりに情けなく『早くいけ』と声を上げたら走って出て行った。 「どいつもこいつも甘えてんじゃねえ!」  『こっちだってやることやってんだっつの』と隣にあった新しい箸を持ち、テーブルの上の料理へ向かい合った。  普段あまりいいものを食べていないせいか、ここの料理を見ると食欲が増してくる。 「どんな感じかな。リーハンが走って出て行ったけど」  そんな声が聞こえて声の方を見ると、なんとかオイルかなんかで髪を全部後ろに撫で付け、黒くて丸い上海マフィアサングラスをかけた男がドアに寄りかかっていた。  交渉相手の青幇、楊 鋭泰(ヤン・ルェイタイ)である。

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