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第7話 知恵(ヂーフェイ)2

 尻に挿入したまま覆い被さり耳元でそう言ってやると、ヂーフェイは急に目を開けて愁一を突き飛ばし、枕の下へと手を入れた。  が、そこにあるものがない。 「お探し物はこれですかー?」  入り口が開いて、そこに星宇が短刀を持って立っていた。 「気づいてたのか」  怪しくて全て脱いでいなかった愁一は、今ので一気に収まった下半身にクーズーを履く。 「この部屋に来たとき、なんか枕の下に隠してたの見たんだよね。お湯持ってきた時に抜いといた」  ヂーフェイは、チッと舌を鳴らし星宇に飛びかかっていったが、星宇はその顔面を手のひらで掴み頬に爪を立てて固定した。  星宇の手が大きいというより、ヂーフェイの顔が小さいせいで星宇の爪は丁度よく食い込み、ヂーフェイの頬からは血が滴っている。   蹴ったりぶたれたりしないように爪を頬に立てたまま、右足をヂーフェイの腹に当てて自分から遠ざけていた。  頬が痛いのもあるが、息苦しいのも手伝ってヂーフェイは暴れるが星宇は気にもせずに 「殺してもいいの?愁一」  と聞いてきた。 「ここではやめとけ。なんとか押さえててくれ」  愁一は部屋の飾りになっていた赤いロープを抜き取る。 「わかった」  星宇は、暴れるヂーフェイの腹を支えていた足で思い切り足をはらって跪かせ、後ろに回って右腕で首を締め上げた。  ヂーフェイは自分を絞めている星宇の腕に爪を立てるが、星宇は動じない。締め付けがより強くなるだけである。 「本当に殺すなよ。誰に言われたのか吐かせないとなんだからな」  呑気な声で近寄ってきた愁一は、締め上げられているヂーフェイの両脚を縛り、もう一本で腕ごと胸の辺りで締め上げる。 「痛い!」 「痛くしなきゃほどけちまうだろ。亀甲縛りされなかっただけ感謝しろ。したかったけど」 「ふざけてないでさ」  冗談を言う愁一を尻目に星宇は延髄あたりを殴りつけヂーフェイを昏倒させた。 「本当に死んでねえか?」 「人間は案外丈夫なんだよ」  倒れ込んでいるヂーフェイの腰にもロープを巻いて、その先を後ろから足のロープと繋げる。  足が後ろへ反るように固定された。 「これでよし」 「例のとこに運ぶんだね」 「ああ、あそこなら何したっていいぞ」  そう言われて嬉しそうに星宇は笑い、『リーハン呼んでくる』と部屋を飛び出していった。  重い荷物は彼に限るのだ。 「あ、起きた。おはよ〜」  ヂーフェイが目覚めたところは、コンクリートで固めただけの壁に、床は土という簡素で寒い部屋だった。  その真ん中に無造作に鉄骨がブッ刺さり、ヂーフェイはその鉄骨に開いた穴にかけたロープで両腕を上げたまま裸で吊るされている。  部屋で腰に巻かれた赤いロープに後ろに括られた外らされた足首のロープはそのままで、膝がやっとつく程度の高さに固定されていた。  身を捩ると手首が痛く、膝をつきたくても土に触る程度で手首の癒やしにもならない。 「降ろせよ!」  色白の顔の赤い唇が、男の子らしい言葉を発する。 「まあ、落ち着けよ。色々聞きたいことがあるだけだ。言えば…まあ、内容によっては気持ちいい目に遭えるかもだから」  愁一はヂーフェイから少し離れたところに置かれた丸椅子に座っていた。  手で銃を弄び、いつでも撃てるぞと言う空気を醸している。 「俺は何も知らない。あの店に行って男娼をやれって言われただけだ」  手首の痛みに顔を歪めながら『だから外して』と懇願するが 「こんなの忍ばせておいて、その理屈は通用しないよ」  目の前にヂーフェイのナイフを翳して星宇もうっすら笑う。 「誰かを狙いにきたよなあ?誰なんだよ。店のもんか?客か?」  愁一が目の前でリボルバーの弾込めを見せつけて、咥えていたタバコをフッと床に吹き飛ばす。 「まさかヤり方を『教えられる』なんて思ってなかったんだろ。あわよくばあの場で俺らを殺ってどうしようとしてたんだ?失敗したらあの店潰してこいくらいのこと言われてんのか。なあ、元々の狙いは誰なんだよ」  星宇(シンユー)はそんなヂーフェイの左前に立って、自前の短刀を指先で弄んでいる。ヂーフェイの短刀はもう放り投げていた。  自前の物の方が処しやすい。 「それは…」  ヂーフェイの唇が噛まれる。 「変な気がしたんだよ。お前の目さ、綺麗だなって思いはしたんだがどっかで見た目だったんだ。お前の目、犯罪者の目なんだよ」  愁一の言葉に 「ご同業〜〜」  と星宇が笑った。 「2.3人は殺ってるよな。まあそうでもなきゃ短刀忍ばせないだろうし」 「あんたら…」  すごい目で睨まれて、未だ銃に弾を込めながら愁一は嬉しそうな顔をする。 「簡単に入り込めると思ったんだろうなあ…お前も、お前の雇い主も」  ヂーフェイの顔が、手首の痛みと悔しさで醜悪に歪む。 「それにな…お前のこと疑ったのはさ、申し訳ないけど肌が…15、6の小僧じゃねえんだ。もう何回もそんなガキの肌触ってればわかるんだけど、全然違った。そりゃ何か目的があると思っちまうだろ」  それは侮蔑と受け取ったのか、ヂーフェイの顔が羞恥と怒りに満ちた。 「勘違いすんな、逆だ。男食いまくった肌は艶がな…違うんだ。そうだな…18…19。まさか俺より上ってことはなさそうだけど…」  全て込め終わった銃のシリンダーを音を立てて戻し、新しくタバコに火をつける。  年齢は19と言った時に小さく息が漏れたので、多分そうなのだろう。 「あの『お勉強会』は、お前みてえなやつ炙り出す意味もあんだよ。俺たちがいるのを見抜けなかった、お前の雇い主がお馬鹿さんだったってだけだ。恨むならそいつを恨みなよ」 「ヒッ!」  ヂーフェイの喉が鳴ったのは、銃口をまっすぐに向けられたからだ。  自分の経験上、その1秒後には発射されることが身に沁みている。 「まあ、ターゲットは後でいいや。雇い主は誰なんだ?そのお馬鹿さんは」  星宇がヂーフェイの目の前に短刀を翳した。 「そんな人いない…俺は単独であの店に…」  星宇が、短刀を深くは刺さらない程度に突っ込んでくる。 「うああっ」  急なことに身を引こうとするが、挙げられた両腕が後ろの鉄骨にあたり下がれない」 「まだ何もしないよ。ただ舌噛まれても困るから抑えてるだけ。言いなよ。個人名じゃなくてもいいよ。組織名とかとかでもさ」  星宇も楽しそうに笑って、ヂーフェイの口の中でカチカチと刃を歯に当てた。 「しりゃなひ…おえは、みしぇにいけっれいわれたらけ…」  怯えながら自分の口に入っている短刀を見つめながら、やっとの思いで話すが 「何言ってるかわかんねえな…星宇もう少し浅くしてくれ」  愁一に言われ、星宇は舌を鳴らしてほんの少し短刀を引く。 「しりゃなひ…んらよ…おれは…店れかしぇげっれいわれたらけ」 「そんな訳ないことはわかってるんだよ。その目がもう物語っちゃってるんだからさ」  星宇が苛立たしそうに再びナイフを奥へと進め、その刃先をヂーフェイの唇の右端へと当てた。 「ひぃいっ切りゃないれ…おねひゃい!」 「ちゃんと言えば切らないけど」  愁一もおもしろそうにその光景を眺めている。 「だから誰なんだって。お前を店に送ったやつ」  刃先が動いて唇の端から血が滲んできた。 「ひゃめれ!痛い痛い」 「いいから言いなって」  星宇も面白がって刃先をどんどん進めてゆく。 「ひぃぃっいふ!いふよ」  ヂーフェイの言葉に愁一がうなづいた。  面白くなさそうに星宇は短刀を口から出し、それでも側に立っていつでも行ける態勢はとっていた。 「俺は、中国共産党の軍の…奴らの相手してた人間だよ。小さい頃から慰み者にされて、それでも軍人の教育も多少はされたから人も殺させられてきた…そういうことだ」  愁一の眉が上がる。 「中共の人間か…じゃあ何が目的であの店に?俺らじゃないことは明白だが」  ヂーフェイは黙った。 「今更黙っても意味ないよ?それにあんたが喋ったなんてのは、相手にもバレないし。大丈夫言っちゃいなよ。言っても安全なところに居させてやるからさ」  星宇が短刀の刃で鼻をピタピタとさせる。 「ほんとに?」 「うん、ほんとう。もう軍に戻らなくたっていい所さ」  星宇の顔が再び楽しそうに笑っていた。つられてヂーフェイの顔も引き攣りながらも微笑んだ。 「上野っていう人と接触しろって言われた。できれば殺せって」  随分と簡単に話しちゃう子だなあと、愁一はある意味中共軍の誰かに同情してしまう。  『しかし上野さんか…』愁一の脳裏に、優しげな笑顔が浮かび上がってきた。  上野はやはり何かのキーパーソンになっていそうだ。 「あんな飄々としやがってるくせに」  つい口に出てしまい、星宇が振り向いた。 「上野さんってそんなに大物だったんだねえ」 「ああ、思ってたよりな」  さもありなん…とは思ったが、命を狙われるほどの大物だとは想像もしていなかったのは事実だ。

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