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第13話 愁一 2
父親のところへは当然行く気などなく、住所が書かれた紙切れは置いてきた。
まずは仕事だと奉天へ向かい、そこで仕事を探すことにする。
ともかく『金』だと稼ぐことを目的とした。
愁一は自分の居場所を作ろうと思った。それを作るために、お金は必要だ。
通訳等の仕事もできなくはなかったが、身入りのいい荷役の仕事を中心にすることにした。
今まで食事もまともではなかった愁一の身体には、力仕事は最初は大変ではあったが、まだ若い愁一がこんな仕事をしていることを周りは察してくれた。
親方は食事を優先的に多くしてくれたり、先輩人夫達も思いの外良くしてくれたから、仕事がきつい以外はやりやすい職場でもあったのは救いだ。
だが荒っぽい人夫の多いところだ。
時々喧嘩も起こる。
ある時には自分も、合わない人夫と喧嘩してボコボコにされたりと悔しい思いをしたりもした。
身体の大きさが圧倒的に違うので、そこからか…と考え功夫 経験者の人夫に教わったりなどして身体作ることもやり始める。
成長期の身体は見る見るうちに鍛え上げられていった。
初めて人を殺めてしまったのもこの奉天だ。
愁一は、夜になると荷役の仕事の後に、酒を売る屋台で働いた。
体力もだいぶ付き、年齢も若いので身体的には辛くはない。
日本人の客も少なくなく、日本語で相手ができる愁一は日本人を中心とした接客ポジションに置かれた。
そんなある時、酔いに任せた日本人客に絡まれた。
【おいお前、日本語話せる中国人か?】
いきなり喧嘩腰だったが、酔っ払いということで愁一も適当にあしらってはいたのだが
【随分日本語も上手いな。どっちつかずだな〜お前は】
酔っ払いは、片付けをしている愁一の腕を叩きながらより絡んでくる。
周りの日本人同僚は『やめとけ』等止めてはいるが、なぜだか男はムキになって絡んでくるのだ。
【なんか言えよ〜。お前みたいなのどっちにもいい顔する蝙蝠って言うんだぞ。お前も裏ではこうやって日本人に尻振ってるくせに、表向きは抗日か?この蝙蝠野郎!】
などと罵倒し始め、愁一の腕をより強く叩いてきた。
今の言葉には流石に愁一もカッとなり、叩いてくる腕をとって殴りかかり、取っ組み合いを始めてしまった。
『今の言動はお前が悪い』と周りの日本人もその男を掴んで止めようとしてはいたが男は治まらず、同僚の手を振り解き飲んでいた酒の瓶を叩き割ると愁一へと走り込んできた。
周りは囃し立て、『日本人なんかやっちまえ!』『いいぞにいちゃん、ぶっ飛ばせ』などと賑やかだ。
しかし酔っている男は刺しにきても弱々しく、愁一が軽く躱せるほどである。
それでもこんなことをいつまでも続けていても意味がない。
愁一は再び腹を狙ってきた手を叩いて瓶を叩き落とし、顎に掌底をぶち込んだ。
男は顎を反らせて後ろに倒れ込み、脳天から地面へと落ちていく。
それを見逃さず愁一は落ちた割れ瓶を持って飛びかかり、そいつの腹へ切先を差し込んでいった。
男は脳天から落ちた時点で嫌な声をあげて動かなくなっていて、同僚の日本人が確認した時には息絶えていた。
愁一は死体を見たのはその時が初めてだった。しかも自分が殺してしまったか…?と、瞬間戸惑った。
それを見ていた飲み屋の店主が腹に刺さった瓶を引っこ抜き、倒れた男をうつ伏せにひっくり返してから愁一の所へきて
「お前は何も喋るな」
とだけ言って、警察を呼びにいった。
現場での検証は、そこにいた中国人全員が
「喧嘩はしてたけど、こいつが1人で転んで脳天打った」
「酔った足で倒れた時に自分で持っていた瓶の上に落ちた」
と証言し、仲間の日本人がいくら違うと言っても人数で負けてしまう。
中国の警察も日本人とごちゃごちゃしたくはなかったのか、特に医者も呼ばずに死因は脳天をぶつけた事と断定し、掌底が決め手というにも薄く、事故として処理をしてしまった。
そんなどさくさで、一言も喋らないまま愁一は何もなかったことになってしまった。
これがいいのか悪いのかはわからなかったが、最初に思ったのは『こんなつまらない男のために殺人犯にならなくて良かった』と、いうことだけだった。
そんな事件があってからも暫く奉天で働いていたが、少し居づらくなり愁一は上海へ行くことにした。
大都会だと聞いている。
居場所と何か面白いことが見つかればなんでもいい、という今の愁一を作り上げた一旦がこの頃から芽生えていた。
従事していた仕事の親方に挨拶を済ませ、給金を受け取る。
親方は、若い愁一を雇って息子のように接してくれた人で、去ってゆくのを惜しんでくれた。
屋台の主人にも迷惑をかけたお詫びと、奉天を離れる挨拶をした。
この店主には、殺人犯にならないようにしてくれた恩で一生頭が上がらないなとその時は思った。
そこでも給金を貰い、ほんの少し暖かい懐を抱えてその足で大連へと向かい上海行きの汽船に乗った。
船の中で、過去の自分と今の自分を見つめ直す作業をした。
奉天で出会った中国人のおかげで、クソみたいな母の実家の奴らに植え付けられた中国人への恨みがほんの少し消えたことは中国で生活する以上良かったなと思う。
当たり前だが、人はそれぞれだなと若さゆえの近視眼的な思考を反省した。
だがしかし…だ。それでも自分は、ただ目的もなく漂っている情けない人間だとも自覚する。バカみたいだと…そんな気持ちしかなかった。
ただ居場所を求めている、これだけは譲れない真実だった。
16歳の初夏に、愁一は上海へとやってきた。
到着した港は広く人が溢れていて、そして欧米人も多く歩いている。
噂に聞いた、租界というところに住んでいる異国人なんだなと、ぼんやりと見つめてしまった。
思っていた以上に都会で驚いたが、初めての都会は生きるのに楽だった。
その頃の租界も今と変わらず賑やかで、数多くの日本人が生活しており日本語での仕事も、通訳等も積極的にやった。
それに加えて路地裏でたむろするような仲間ともつるみ始め、チンピラ同士の喧嘩に巻き込まれたりすることも増えた。
そんな諍いは仲裁をするにはするが、自分に危害が来るようなら簡単に殺してしまったりと、今の裏稼業へ通じるような経験も徐々に積んで行く。
あまりに感情もなく容赦なしに人を殺すので、界隈では少々恐れられる人間にはなっていた。
殺人犯にならないようにしてくれた屋台の店主には、申し訳ない気持ちになる時もあるが、命がかかることは如何ともし難かった。
もう、1人殺すのもそれ以上も何も変わらないという考えだ。
元々動きも早く、完璧ではないが功夫なども齧ったおかげで暗殺等の裏の仕事もちょこちょこ話がやってきて、『仕事』として請け負うようにもなって来たのもこの頃である。
少しずつだがそういう依頼も次第に増えてくるようになった8月に、愁一は17歳になった。
誕生日当日に、去年は確か荷役の親方や仕事仲間が面白がって、女性の経験を初めてさせられたな…などと思ったものだ。
そんな事を考えた数日後、愁一は見知らぬ大男に不意に路地裏へ引き摺り込まれて、壁に後ろ向きに押さえ込まれた。
「何なんだよ!金ならないぞ!」
両手を頭の上で纏められ、壁に頬を押し付けられた格好だったが殺らなきゃ殺られると暴れて見たが、大きな男のでかい腹で背中を抑えられ身動きが取れない。
「その腹!なんとかし…」
「2元でどうだ」
「あ?」
意味がわからなかった。
「何の話だ?」
「わかるだろ…」
さっきから腹を背中に押し付けてくるなと思ったら、なんかその下のものまで押し付けられてる気がする。
しかしそれも『何やってんだこいつ』くらいな感覚で、まったく理解ができなかった。
逆に『2元貰えることとは何だ』との興味が湧いて、殺されそうになったら殺っちまえばいいか、と抵抗をやめて身を任せてみた。
しかしそれは男としてあまりに屈辱的なことの始まりだった。
了承を得たと思った男は、いきなりクーズーを後ろからずり下ろし、そのまま猛ったものを打ち込んできたのである。
かなりな悲鳴を上げた。
それに対しての男の言葉は『なんだ初めてだったのか、もっと慣れてると思ってたわ』と言うもので、それは今でも覚えている。
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