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第14話 愁一3と星宇(シンユー)

「2元じゃ安すぎだろ」  愁一は壁に寄りかかり、目の前で頭から血を流して死んでいる男の頭を蹴った。  男が絶頂で終わった瞬間に、誕生日に買ったばかりのバレルの短いリボルバーで額を撃ち抜いたのである。  強引に突っ込まれてから、せり上がってくる嘔吐感が未だ止まず、愁一はその血を流している頭に吐いた。  気色悪い気持ち悪い気色悪い気持ち悪りぃ!  かろうじて立ってはいるが、足に流れ出てくる血の混じった『モノ』も気色悪くて、男のシャツを剥ぎ取ってそこを拭い、剥ぎ取った時に見つけた財布も中身を全部攫った。  その時ふと思う。  今まで自分が戦ってきた何事よりも屈辱を感じはしたが、逆に考えたら『こんなんで稼げるのか。男も色を売れるんだ』という思考に転じられる。  毎回殺すことはないが、交渉すればいくらでも…。  都会のもうひとつの闇に触れた瞬間だった。  表と裏の自分を分けて考えようとする思考は、その頃に芽生えた。  そして因果なことに、愁一は何故か男相手の『そういうこと』が上手い。 らしかった。  それと相まって、アーモンド型の黒目がちな目と普通より少しだけ厚めな唇も客を寄せ付けるのに効果的だった。  最初の男もそこを見て来たのだろう。中々の慧眼っぷりだ。  それからは、暴力の裏の仕事と色の裏稼業どちらもが愁一の稼ぐ手段となった。  愁一の『色』も口コミで広がり、華やかな通りの裏路地で愁一は密かに多くの客を取った。  青幇のチンピラが、自分と一緒に売春(仕事)しないかと持ちかけてきたが、どうせ上前跳ねるだけのクソだと思いそいつも刺し殺した。  1人で仕事をしていたほうが稼げるに決まっている。  貰ったものが全て自分のものになる。  しかし反面命の保証はなかったし、なにより金の隠し場所には苦労した。  命の補償より金の管理が急務で、母からもらった通帳に都度入れてはいたが、その通帳の管理が本当に大変だった。  その頃寝泊まりしていたのは、港の人夫達が集まって雑魚寝をする小屋のようなところで、熟睡などしようものなら身ぐるみを剥がれるような安心できない場所だったものだから、それをなんとかしたかった。  そんな事で店にでも入ろうかと考えていた時に、声がかかった。  17歳も半年が過ぎた、3月だった。  その店が今いる『夜蝶楼』の前身の店で、オーナーはかなりの老人だったが、愁一の噂を聞き是非来てほしいと言う半ばスカウトだ。  うるさく言わないし、嫌な客は断っていい。支払いは4:6で6をやるという条件を出してくれた。  当時の遊郭にしたら、高待遇だ。  が、愁一は7:3で7だとこちら側からの要求を出した。  考え込むオーナーに 「その分稼ぐから」  と言い切ってその条件を飲ませることに成功する。  そういう経緯で店に入り、愁一は『翔梨(シャオリー)』という名で娼妓となり、思った通り安心して金を貯めることに専念できるようになった。  多少実入りは減ったが、オーナーに言った通り稼げば問題はない。  今までの裏通りの道端や、安宿ではなく安全でそれなりに綺麗なところでの仕事は楽しいとまで思えた。  自分の居場所を作るという目的のために貯めているのは変わらずで、親を捨てて根無草のように生きてきた自分には、どんなでもいいから早く自分の居場所が必要だった。  そこでも客は切れず、結構稼いだはずだ。  そんな時。19になる少し手前あたりに、身を置いていた店の店主が廃業するというのを聞いた。  愁一はこんなチャンスはない、と貯めていた金を持ってオーナーの元へ向かう。  そこには母に貰った金も勿論入っていた。  単刀直入に譲ってほしいと交渉したが、できるだけ使わずに稼いだ額は相当ではありはしたものの、それでもオーナーの希望額には足らなかった。  しかし老オーナーは、 「翔梨(シャオリー)はよく稼いでくれた。想像以上だった。それに儂も老い先短い。そんなに持っていても寄付くらいしかできんからな。今ある金でいいわぃ」  と言ってくれた。  しかも娼妓達もそのままという、中国人にしては破格の言い分だ。  愁一はオーナーに感謝した。  人生で初めて心から人に感謝した。  これで上海(ここ)で生きていける。居場所ができた。  そして少々の改築を施し、19歳の終わり頃に『夜蝶楼(イエディェロウ)』を始めたのである。  オーナーもいい名だと褒めてくれた。  自分を夜の蝶と模したわけではない。それならば蛾の方がイメージだったがそれでは心象も良くないと考え、蝶にした。  この店への思い入れは相当ある。  それからまた数日。  愁一は、焼き芋屋へと赴き 「飯でも行かねえか?」  と声をかけた。 「ここんとこ仕事もねえし、みんなクサッてんじゃねえかなって思ってさ。美味いもんでも食おうぜ」  そう言ってくる愁一に焼き芋屋(イワノフ)は、懐疑的な目を向けてくるものだから、愁一は苦笑して 「俺の奢りだ」  と付け加えると、一転笑顔になり 「いつ行く?」  と、乗り気になってきた。 「明日の11時に、外灘(バンド)の『菜苑』を予約した。遅れんなよ」  そこそこ人気の店である。  イワノフは『1時間前に行ってるわ』と笑った。  次の日に集まった4人は、予約のコースに加え一品ずつ頼んで食事を始めていた。  クサっているだろう配慮もあったが、暫くやっていなかった状況確認というのも兼ねている。  愁一は赤茶けたカツラを付けて、泰然(タイラン)として参加していた。 「1番クサってんのは泰然と星宇だろ?」  面倒見のいいリーハンが、早速来たエビと白菜の炒め煮を大皿から取り分けながら2人の顔をみた。 「俺は美味いもので還元できるよ」  取り分けてもらった器にすぐに食いつきながら、星宇はうまうまと口にしていく。 「俺を殺人狂みたいに言うな。仕事なんだよ」  泰然も受け取って、箸を取った。 「俺は、泰然の仕事っぷりはすげえなって思ってるよ?片付けの時、割と楽なんだよな。綺麗に殺るよなって思ってさ」  やっと自分の食事を始めたリーハンだ。 「そうかい、ありがとな。でもどっちかってぇと、星宇の方が殺人狂(そっち)に近いんじゃねえのか?」  泰然はキクラゲを口にしながら、初めて星宇を目にした日を思い出していた。  真っ赤に開いた孔雀の羽を纏っていると思った。  仕事帰りにふと覗いた路地裏で、同じような仕事を見かけてしまった時の感想である。  まだ少年に見えるが、地面にはもう2人転がっており最後の1人なのであろう相手を後ろから首を切り裂き前に走り抜けた時に、その光景となったようだ。  本当にたまたまなのだろうが、頸動脈から飛び散る血潮が弧を描いて孔雀の羽に見えた。  それが初めて見た星宇だった。 「へえ…綺麗なもんだな」  と、つい呟いてしまい、その血飛沫が落ちきる前に少年の目がこちらを見た。 「やべっ」  と思った時には、俊敏な小さな体はこちらへと走って来ていて、泰然は迎え撃つしかなく飛びかかってきた短刀を頬の皮一枚だけで避ける。  星宇は意外な顔をしながらも笑って、背中に回ろうとしたがその足を泰然は引っ掛けて星宇を転ばせた。  自分の速さについてくる相手は初めてで、驚いた顔をしながらもすぐに立ち上がった星宇は、正面から対峙する。 「まあ待てよ。見ちゃったの悪かったけど同業だよ。見逃してくれ」 「同業なら尚更無理なのわかるだろ」  そう言って走り込んできた少年を、泰然は『仕方ねえな』とその勢いを使って横に流し、その腕を取って地面へと叩きつけた。 「なっ……!」  再び起き上がろうとした星宇は、瞬時に押さえ込まれた喉元が苦しくて息を詰まらせた。  裏稼業同士の戦いだ。当然泰然(年長者)にアドバンテージがある。 「…は?」  何が起きたかわからないような顔をしていた星宇は、瞬時に足をあげ蹴ろうとしてきたが 「仲間にならねえか」  と不意に言われ足を止めた。  星宇の大きな目が揺れる。 「仲間?」  不思議そうに首を傾げて、瞳孔が開き切ったような…何も見ていないような目が泰然を見つめ、その目に泰然も流石に背筋が冷たく感じた。  『本物』なんだと。 「いい腕してるなって思ってな。俺の仕事手伝ってほしい」  どうしてもこの凄腕が欲しくなった。実行係は今は自分1人だ。もう1人増えれば多少楽にはなる。 「仕事…」 「そう仕事。今みたいにして金稼げるよ」  押さえ込んでみると、思った以上に華奢で子供だと認識してしまい、口調が子供に話すようになってしまう。そこまで幼くはないのだけれど。  押さえ込んでいる人間がどんな人間かを図りかねている『本物』の目が怪しげに動いている。 「俺が必要?」  星宇は感情のない声でそう聞いてきた。  言葉の真意を図りかねるが、泰然は 「そうだな、一緒に仕事したいと思ったよ」  とそう答えると、不意に大きな目から涙が溢れ出し 「じゃあ、行く」  右手で涙を拭って『何もしないから起こして』と告げられて泰然は手を離した。  星宇も、この仕事をしてきて『格』というものは肌で解っている。  目の前の人物は、自分がこの人を殺すより先に自分を殺せる人間だと思い知り大人しくその場に座り込んだ。 「星宇って言うんだ…俺の名前」  そして不意に、暗殺者にはあり得ない行動だが名前を言ってきた。 「いい名前だな、宇宙の星か。俺は…泰然だ。もっともこれは仕事の時の名前で普段は安堂愁一を名乗っている」  泰然もそれを受け止める。  星宇は『めんどくさい』と一言言ったが『色々あんだよ』と続けて泰然は立ち上がり、星宇に手を差しだした。 「ここに居たんじゃ色々めんどくせえことになりかねないから、俺ん家に行こうぜ」  泰然は大胆にも店へと星宇を連れて行くと言った。  それに驚いたのは星宇だったが、それは『仲間』にしようとしていることが本当なんだと、はっきりと理解し黙ってついて行くことにした。

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