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第15話 星宇 2
店に戻り、泰然は部屋へ一緒に入った。
そこで、星宇のこれまでを軽く話してくれと部屋の真ん中にふたり向かい合って座る。
星宇は素直に、両親から虐待を受けてきて、10歳の時に両親を殺したこと。
それから上海中を彷徨いながら、安い金で今日みたいな仕事を請け負ってお金を得ていたこと。
大人を信用できなかったから、攫おうとしたり『使おう』としたりする大人は片っ端から殺してきたこと。等、色々話してくれた。
「俺ね、親父と母親を殺してからどうでも良くなっちゃってさ。いつも死ねばいいなんて思ってたけど、自分で殺してみてあんなでもいなくなると寂しいんだなって感じて不思議だった」
きっとその時には感情の爆発でやってしまったのだろうが、やはりどんなでも親は親ということか…。
それでも泰然は自分の親に対する恋慕はかけらもなかったが。
「それからは、なんか人を殺していないと気分が悪くなるようになっちゃって…最初は、いいこととは思わなかったけど道端で寝てるやつとか、徘徊してるアヘン中毒のやつとか…殺ってた。そうしないとなんだか狂いそうだったからね」
泰然には、人を殺すことで心の均衡を保つことは理解できることだった。
今の自分がまさにそれであるし、この子もその呪縛が解ける日が来るかは今の段階ではわからない。
ただやはり、親もいなくなり1人で彷徨い歩いていた星宇も、居場所が欲しかったんだろうなとそこも自分と重なって見えた。
ここが居場所になれるといいんだけどな、と先ほどの仕事で返り血の一つも浴びていない星宇に、文机の引き出しからキャラメルを一箱出して、
「仕事の後これ食うと落ち着くぞ」
と中身を3つほど手渡してやる。
「ありがとう」
それを受け取った星宇は、一つを開けて口に入れた。
そこからまた話しているうちに、星宇はそんな親だったから学校へも真面目に行っていなかったらしく、読み書きはできないと恥ずかしそうに俯いた。
それでも、ここが娼館だと知ると『ここで仕事をする』という気遣いはできる子でもあった。
「『そういうこと』もやってきたから大丈夫。人を殺せる仕事もくれるんだろ?」
生きるためには何でもしてきたよ、と星宇は笑う。
どこまでも似てるんだよな、と泰然は思った。
「ここの仕事はいずれにしろ、裏の仕事は定期的に渡せる。よく来てくれたな」
泰然の言葉に星宇は
「あんたが俺を利用するでもなく売ろうとするわけでもなく、『仲間になろう』って言ったから。必要って言われたし…」
その言葉は、これまで随分苦労してきたことを物語っていた。
危なげな大人は片っ端から殺してきた、と簡単に言っていたが、その度に傷ついてはいたのだろう。
あんなに見事に仕事をこなしてもまだ子供だ。
さっき年齢を聞いたら12歳だという。
12の子供が大の大人相手に渡り合ってきた中には、想像を絶することがあっただろう。
自分はそれよりも上の年齢で家を出たが、少しは理解できるところもあった。
「店の仕事はやらなくたっていいんだぞ」
「居づらいけど…」
「俺が呼んだんだし気にするな。それにまださせられねえんだよ」
こんな混沌とした世でも法律というものはあって、さすがに12歳には身売りの仕事はさせられない。
愁一は『やるなら15になってからだ』と言い聞かせ、15までに娼妓に必要な読み書きを叩き込もうとは思っていた。
そして15になった誕生日から、店の決まりに縛られない身売りをやっている。
「だから〜俺は、美味いもので落ち着くんだよ。以前の俺じゃあないんだよ〜?」
あれから3年。
箸を泰然に向けて笑う星宇は、人殺しでしか癒えなかった心がだいぶ回復しているようにも見えた。
「ところでリーハン?俺の仕事はソンケイしてないのか?凄くないの?」
とリーハンに絡み始め、やっと食べ始めたところを邪魔されたリーハンだったが、
「勿論お前も天才。俺はお前別格にして泰然褒めたんだぜ」
子供好きなリーハンは、星宇を殊の外可愛がっているからそれはそれは優しく宥める。
「へへ、そうだろー?」
褒められてニコニコな星宇を、泰然も微笑ましく見ながらイワノフへと顔を向けた。
「所でイワノフ、アヘンの在庫はどのくらいだ?」
プリプリとしたエビを口にいれ、その感触を楽しむ。
イワノフは、頼んだ一品物のジャージャー麺を食べているが、最後に拭けばいいやと言う派らしく、少々口の周りを黒くしている。
「あ〜そうだな。10gくらいか」
4人は次々と運ばれてくる料理を平らげていた。
「八宝菜うま〜!」
星宇は手元に5つもの器を置き、それぞれにやって来た料理をリーハンに取り分けてもらって、美味しそうに食べている。
「10gか…大体10包位だな」
アヘンは、粉を吸うわけでも溶かして肌に入れるわけでもなく、燻して出た煙を吸う。
売るには粉状のものが便利なのでその形状で売ってはいたが、それをどう加工してどう吸っているのかまでは泰然たちも知らない。
ただ買う人がいるから売るだけだ。
「リーハンは何か変わったことは?」
主に力仕事や、星宇の行う仕事の補佐や後片付け、それと荒事などを受け持つ手前、他のみんなが動いていない以上リーハンの仕事はなかった。
「俺は真面目に港で人足として働いてるよ。最近日本人が増えたなっていうのは気になっているけどな」
蒸された肉入り饅頭を頬張って、リーハンは話すためにスープを口にする。
「日本人が?」
「ああ、日本語がよく聞こえてくるよ」
「軍人?」
星宇も気になって顔をむけてきた。
「いや、制服は着ていないな。民間人だと思うけどわからん。軍艦も頻繁にくるからなんともいえんけど、日本語はよく聞くな」
泰然は紙で口を拭って茉莉花茶をひとすすり。
「なん〜か動いてるのは感じるんだよな」
茉莉花茶は、口の中の油っぽさを拭ってくれた。
この頃の中国は抗日運動がますます過激になっていて、日本人へ帰国を促す声などもよく聞いていた。
今更民間人が増えるのか?と愁一は訝しむ。
まさか軍人が集結し始めているとかじゃないよな…ときな臭い雰囲気も感じ取った。
「なんか胡散臭いから、しばらくアヘン売るの本当にやめておけイワノフ」
以前止めておけと言われても、お金に目がないイワノフが売り捌いていたことを泰然は知っていた。
「ごめん〜。ほんとに暫くやめるよ」
ロシア人らしい白い腕を晒して、その手を前で組んでヘラヘラと謝る。
「頼むわ」
「それで仕事は入ってないの?」
蒸しパンに煮豚を挟んだ割包 をその イワノフに渡しながら、星宇は指を舐めて泰然を見た。
「仕事なあ…結構断ってたんだけど話はきちまうんだよな。で、仕方なく受けた話が、単価の安いチンピラの始末とか、ああ…三清会のナンバー2の始末もか…」
泰然はズボンのポケットから紙を出して、読み上げる。
リーハンが顔をあげて
「というと、許久明 か」
そう言う。
「ご名答。三清会 も大変だな。こんな時期に揉め事とはね。まあ単価はいいけど、25元出してきた」
手の中の紙を読み上げ終わると、泰然はクシャクシャにして灰皿で燃やした。
「それ俺やりたい!」
はい!と手を挙げて星宇 が立ち上がる。
「言うと思ったけど、立ち上がらんでも」
リーハンが苦笑する。
「じゃあそれは星宇に任せるわ。ナンバー2ともなると護衛も多いぞ、気をつけていけ」
「わかってるって」
泰然はリーハンに目を向け
「サポート頼むな」
と、いつものやりとり。
「了解」
リーハンは泰然よりも2歳年上の26歳だ。
喧嘩の強さと怪力を買われて、4年ほど前にスカウトされている。
さっきの言葉通り、泰然の無駄のない仕事ぶりを認めている1人だ。
「じゃあチンピラは俺がいっとく。イワノフ、これ依頼金。渡しとくわ」
泰然は斜めにかけた小さめバッグから銀貨の入った革袋を2つ出してテーブルに置く。
イワノフのことは、泰然も信用している。
今までにも何十何百元もの金を任せているが、使い込みなどは一度もない。
まあ、金の亡者で使うのが嫌いだというところが気に入って、この仕事を任せてはいるのだが。
「小さい方がチンピラの方か。確かに安そう」
小袋を親指と人差し指で摘み上げ、イワノフは苦笑した。
「つまらねえ小競り合いだからな。ないよりマシってくらいか」
その袋を受け取って、イワノフは同じく斜めがけにしていたバッグに収めた。
仕事の大きい小さいは、泰然にとってはどうでもいいことだった。
店という『居場所』を得てからの、腹の中で渦巻くぐるぐるが治ればいい。
抑制していた仕事が少しでもできれば、このグルグルが治 る。
それは泰然にはありがたかった。
人を殺すことが快感なわけじゃない。
ただそうしているとその腹の中のグルグルが暫く消えて、数日気分がいいのは確かなのだ。
そのグルグルの正体も何かわからないままではあるが…。
『なんとかならねえのかな…これ』
何度そう思ったことかしれないが、自分で理由がわからない以上上野がいない今はこうやって人を殺めていくしか方法がわからなかった。
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