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第22話 新たな火種
「この間の仕事でチンピラと三清会の許久明やっただろ?あの後、少し探ったんだけどな、なんだか金持ちの日本人が上質なアヘンを買い付けて関東軍に売っていたらしいんだよ。その仲介に入ったのが青幇らしくてな」
「関東軍が?アヘン売って何の得になるんだ?」
イワノフはちらりと泰然を見て
「お前、『満洲国』って聞いたことないか?」
と言ってくる。
でたよ…満洲国…
「満州って国だったっけ?」
星宇がもっともな質問をする。
「いや、違うよ国じゃない。『まだ』な」
イワノフの答えに、蟹の半身を咥えて星宇は首を傾げる『まだ?』
「関東軍の狙いは、その満洲国建国らしくてな」
イワノフの言葉にリーハンが反応した。
「ああ、それ港でも聞いたぞ。満洲国がどうのって言ってた後に、清朝が…とか」
泰然の頭で色々なことがまとまってくる。
以前から鋭泰が言っていた、元清朝の関係者と日本軍が接触してると言う話。
「つまりだ。関東軍はアヘンを売りさばいて、金儲けしようとしてるってことか… その金の使い道が…」
『満洲国』だと思い浮かぶのだが…それは流石に…と思いたい。
「じゃあ何で、鋭泰が上野さん恨むんだ?」
また星宇が鋭いところを突いてくる。
「動いてるのなんてどうせ、特務機関だろ?しかも陸軍の。上野さんは海軍さんだしさ」
上野が特務機関の人間だと感づいているのは泰然だけだ。
「しかしさっきの鋭泰の状況からすると、組織が崩されてゆくという感じだったんだよな…」
そしてあの狂気は、青幇が自分の生きて死ぬ場所だから変わらずいてほしいという願望なのだろう。
それを鑑みると、いまの状況は…
「青幇が相当関東軍に肩入れしてる…ていうことか?」
『は~美味かった』とイワノフは箸をおき、泰然が言うのを聞きながら後ろ手に寄りかかった。
「それに付随して、売買ルートなんかも提供したりしてたらな。もうズブズブだぜ。あり得なそうだけどな」
だとしたら結構面白い図式だな、とイワノフは笑う。
「だからなんで、上野さんがさあ~」
星宇が、いまだ蟹の半身を咥えてチューチュー吸いながら割り込んできた。
「悪い、話それてた。まあ…俺の勘だから、事実かどうかはわかんねえけど上野さんも特務の人間だと思うんだ。海軍のな」
星宇が大きく瞬きをした。
「上野さんが?」
「ああ。あの人いつも制服着てこないだろ。見たことなくねえか」
そう言えば…と星宇は咥えていた蟹を外して思い起こす。
「特務の 人たちは制服着ないんだったね。そういう観点で見てなかった。あんな店に来る時だからとばっかり」
にゃははっと笑って、星宇は半身の蟹をもうひとつ口にする。
「あんな店で稼いでる人はそう言っちゃいけません」
笑ってリーハンが星宇のこめかみを小突き、星宇は星宇で悪びれもなく
「俺の本職じゃないけどね」
と、蟹の残骸をリーハンへ押し付けた。
そんなじゃれあいを眺めてから、泰然は話を続けてとイワノフを促す。
「で、上野さんと言う人が特務の人間だとしたら、この一連のアヘン売買、満洲国建設とかに深く関わってると思えるんだよ」
イワノフが星宇の疑問に半分答えてくれた。
「そこに関わってるとなんで鋭泰が怒んのさ」
これは尤もな疑問ではあるが、こればかりは鋭泰のあの狂気じみた青幇愛を目の当たりにしないと、完全に理解はできないかもしれないと泰然は思う。
「鋭泰 は、青幇に救われたと言っていた」
泰然はタバコを取り出して火をつけた。
イワノフがすかさず灰皿を前においてやる。
「その心酔している組織が、日本と…ましてや今満州・上海を脅かしている関東軍と手を組んでいるのが無性に気に入らないんだろうな」
「そうしているのが上野さんだからって事?1人でやってるわけじゃないだろうにねえ」
「こうも言ってた。あいつが優秀だから目障りだってな。随分ご活躍のようだよ、上野さんは」
灰皿に灰を落とし、立ち上る煙を見送る。
イワノフもタバコを出して火をつけた。
「まあ…元々青幇は、国民党とも長年つるんでるしな」
「有名な話だな。同じ中国人同士なら納得はできるんだろうが、 関東軍ともってことになるとな」
泰然は深くタバコを吸い込んだ。
「そんなに心酔してるやつなら、どっちにもいい顔をする組織に対して『何でこんなことに!我が組織がー』ってなったって、ある程度理解はできるわな」
今イワノフが真似をした鋭泰がそのまんますぎて泰然は苦笑した。
しかしそれ全部を上野1人に押し付けるのも、星宇ではないが無理はないかとも思える。
やはりこれは、鋭泰の『嫉妬』も大きいのかなと考えた。
そして立ち返る本筋。
「上野さん暗殺…はどうすっかな…」
情報を入れれば入れるほど悩ましい展開になる。
「100元はでかいよ。お前達ならできるだろうに」
上野に関わっていないイワノフは当然こういうだろうとは思っていた。
「リーハンは?」
愁一に目を向けられて、
「俺はあの時の通訳がそうだと言われても顔も覚えていないし…仕事として受けるにはいいと思っちまうよ。お前達の心情を抜きにすればだけど」
仕事がきちんとできる気がしないと言われてしまうと、もう受ける受けないは実行部隊の2人に任せるしかない。
「俺は…多分だけどできないことはないと思う。割り切れるから。でもそれが鋭泰 だけを喜ばす事になるのが、めっちゃ嫌だなって思う」
どんな仕事も請け負う。できる。やってきた。
依頼主1人が得になろうと関係なかった。
ただ今回は双方が知っている人間だ。
こう言った場合、双方知っている間柄だと途端に難しい。
星宇の言葉通り、鋭泰 『だけ』が喜ぶ構図に自分も納得がいっていないが、逆に鋭泰を…と考えると是としてしまうことが今は問題だった。悩ましいことだ。
「それに上野さんが消えたところで、青幇が変わるとも思えないしさ。鋭泰絶対上野さんに個人的な何かあるんじゃねえの?いい男だからとかさ」
星宇のそれには場が和んだ。
「色んな意味で深く考えすぎちまって結論が出ねえな…」
泰然は髪をかきむしり、タバコを噛み締める。
整髪料が髪を乱し、髪型がとんでもないことになった。
「まあ冷静に行こうや」
イワノフが櫛を通してくれて、また元どおりにしてくれる。
「だからやなんだよなこういうの…」
貰ったちり紙で手を拭いながら、慣れない整髪料に顔を歪めた。
「取り敢えずは…やる気がないなら断ればいいだけだろ?」
櫛をしまってイワノフは『100元はでかいけど』と釘を刺しつつも、泰然の心情をわかってはくれた。
リーハンも、今までこんなに迷った泰然を見たことはないので、仕事に影響あるなら、とこちらも理解を示す。迷って行うとこちらの命も危険な仕事だ。
星宇に至っては
「あの物覚えの悪いハオレイ なんて飼ってる鋭泰に肩入れするのは癪だ!」
と完全に私情で拒否だ。
「じゃあこの件は断るという方向でいいか」
イワノフが若干後ろ髪引かれていそうだったが、こればかりは納得してもらうしか無かった。
全員一致で、上野の暗殺にはこちらは関わらないと決めた。
その結論に泰然は密かにホッとしていることも自覚していて、なぜか少し申し訳ない気分にもなっている。
しかし猶予はあと3日ある。
上野にしたら命が狙われることに代わりはないのだ。
その間に一度会って、また暫く行方をくらましてくれと伝えたかった。
3日間だけは上野は安全なのだから。
「ところでさ、今回仕事が一件流れた後釜っていうわけじゃないけど俺の方にいい仕事きてるんだよ。その話してもいい?」
星宇が漸く諦めた蟹を新聞へ投げて、皆へ向き直る。
泰然はふと鋭泰の言葉が蘇った。
『星宇は好奇心旺盛だよね』『隙を突かれないように』
今から聞く星宇の話は心して聞かねばと構えてしまう。
「中国人の友達からさ、日本人を痛めつければ金が出るっていう話を聞いたんだ」
星宇の友達というくらいだから、『そういう』裏の世界の関係者だろう。
「痛めつけるって、なんか中途半端だな」
リーハンが殻の入った新聞紙を丸めながら心配そうに星宇をみる。
「ん~、殺すまではそいつから聞いてないんだけどさ、やらないか?って言われてて、やってもいいかな」
どことなく…遠くではあるが、泰然の頭に警鐘がなる。
鋭泰に言われたからなのかはわからないが、あまりいい仕事には思えない。
なんせオーダーが曖昧だ。『痛めつける』とはなんだ…?
そして依頼主は?
「なんか曖昧だな。本当に大丈夫なのか?依頼主とか受注額とかは?」
イワノフもあまり乗り気じゃなさそうだ。
「まだ聞いてないけど…」
星宇の声も小さくなってゆく。
「あまり賛成できねえな。何もかもが曖昧だ。色々はっきりしたら、また話そう」
フィルターなどないタバコが、指を焼きそうになる手前で泰然は灰皿に放り投げ、そう言って立ち上がった。
「今日は疲れた。帰って寝るわ」
「髪は流せよ?」
イワノフに言われて『そうだった』とまた頭を抱える。
「盛装なんて大嫌いだ…」
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