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第24話 過保護

 中は運搬用の木箱が愁一の背丈ほどの高さに積み上げられ、整然とした中で木の香りと仄かな磯の匂いがした。  木箱の一ブロックを超えて左側にできている窪みまで歩いてゆくと、そこに星宇はいた。  リーハンが普段使っているのだろう毛布にくるまって、敷物の上にうずくまっている。  愁一が前に立つと星宇が気配に顔をあげた。  目が合いバツが悪そうに目を逸らそうとしたのだろうが、愁一の目がそれを許さなかった。  数秒目を合わせた後愁一は 「……なにがあった」  そう一言尋ねた。  愁一が思っていることであったなら、1人で暴走したことは注意せねばならないが、まずなんで逃げ隠れをしているかが知りたい。 「ごめんなさい…」  膝を抱えて謝ってくるが、聞きたいのはそれではない。 「何があったか答えろ」  愁一が仲間に対してこんなに怒りを露わにするのは珍しく、リーハンもそばでオロオロし始めた。  イワノフを呼んでこようか迷っている。 「さっき…前に話した日本人を…って言うのに…みんなで行ってきた」  ようやく目を離し、膝を抱えて毛布で口だけ覆うようにしながら、星宇は小さな声で話し始めた。 「俺は行くなと言ったよな」  愁一は未だ見下ろすように、星宇の前に立っている。 「うん、だから俺は見張りっていうか…見てるだけにしようと思って行ったんだよ。直接攻撃してない」  顔をあげて主張してくるが、そもそもそこに行ったのが…と怒鳴りたくなったが、先を促す。 「で?」 「お坊さんだったんだ。2人…とあと3人がお付きみたいにいて…、その5人を数十人で囲んでボコボコにして…俺は抑え効かないとまずいと思ったから参加しなかったんだけど…」 「だけどなんだ」  全て言い訳じみて聞こえて、愁一も流石にイラついている。 「そこに、何人かの日本人が飛び込んできて、小競り合いになったんだ。俺は離れたところにいたから、それにも参加しなかったんだよ」 「じゃあなんで追われてんだ」 「離れてたって言っても、そんな遠くじゃなくて…他のみんなはすぐに逃げたのもいれば何人かは捕まったのもいて…俺はこっちに逃げてきたやつを追ってきた奴に見つかっちゃって追いかけられた…だけ…」  愁一はため息をついた。 「『だけ』じゃねえだろ」  声が低くて、怒鳴ってこない分いつもの愁一ではないと星宇も怖くなった。 「向こうはお前を殺す気で追いかけてきたんだろうが。いまの状況分かってんのか。抗日が激化してるってことは、日本人(向こう)だって同じ感情でいるんだぞ。命かかってんだから」  (いま)だ冷たい目で見下ろしてくる愁一に、星宇は助けを求めるような顔でリーハンを見る。 「リーハン、黙ってろよ。過保護にすんな」  星宇から目を離さず愁一は牽制する。それでもリーハンは耐えきれなくなり 「おれ、焼き芋屋呼んでくる。待ってろ星宇」  と走り出してしまった。  過保護にすんなと言ったばかりだが!とリーハンの背中を舌打ちしながら見送って、愁一は視線を戻す。  意気消沈して、口元だけを覆っていた毛布は今や鼻まで覆い隠して反省を見せているように見えた。 「あのな星宇。なんで俺が今回やめろと言ったかわかってるか?」  目の前にやっとしゃがんでくれた愁一に、星宇は恐る恐る瞳だけを向けた。 「今回の件は、行った奴全員が利用されると思ったからだ」  星宇が不思議そうな顔になる。 「誰に?」 「俺の勘と経験値とこれまでに入ってきた情報を合わせると、今回のお前が参加した一件の黒幕は、多分だが関東軍だ」  星宇の眉が寄せられる。 「まさか…日本人が日本人を襲えって?」 「殺せっていう依頼じゃなかっただろ」  そういえばなんか中途半端だとは星宇も思っていた。 「九・一八の南満鉄線路爆破事件、わかるか」 「うん、抗日の中国人がやったっていう話は…でも違ったんだよね」 「判ってるんだな。そうだ、あれも関東軍が中国人を買収してやらせたという『説』が強い。が、まだ確証はない。それについて今年、欧米列強の調査団が入るだろ?」  『知ってる』  星宇はそう答えた。  愁一が想定していた通り、今回の仲間からそれらを聞いたと白状した。 「だからな、俺はお前とその友人という年齢層の低いところへ話が行ったのが引っかかってたんだ。今日のが関東軍の指示だとすれば星宇」  そこで止められ、星宇は思わず愁一の顔をみる。 「お前、結構危ない状況だ」  星宇の顔から血の気が引いた。 「この一件に関わったやつを、関東軍は責任取らせるよう中国側に言ってくるだろう。わかるか。『お前も関わってる』んだからな」  毛布に包まっている星宇の身体が震えてきた。 「お…おれ顔も見られたし…港に来たのも、もしかしたらリーハンに声をかけたのも全部見られてたかも…」  震える声で、仲間にまで危険が及ぶことが恐怖になった。 「どんな様子だ」  焼き芋屋のイワノフが、リーハンに連れられて声をかけてきた。  そして毛布の中で震えている星宇を見て 「愁一(泰然)お前何言った。星宇震えてんじゃねえか」  リーハンはそう言いながら星宇のそばに寄り、肩を抱いてやる。 「本当のことしか言ってねえよ」  少々声が荒い愁一は、震える星宇から目を離さない。 「ちゃんと話せ」  と、イワノフがしゃがんでいた愁一の隣に片膝をついて、 「で、お前も落ち着けな…」  言いながらその膝を叩いた。  知らず高ぶっていた愁一の感情を、イワノフが戻してくれた。  そしてその場へ愁一はあぐらをかいて座り込み、自らの額に手を当てる。 「前に星宇が言ってた日本人を痛めつけるって件があっただろ。あれに参加したんだと」  イワノフもリーハンもその後の話を聞いていて、自分達も怪しいとは思っていたものだから、それを聞いて少々驚いた。 「今回の話は、多少歳いってる奴なら『また九・一八みてえに中国人を嵌めようとしてるのか』なんてくらいは想像するだろ。だから俺は止めたんだけど」  イワノフも、鼻まで毛布で隠している星宇に小さなため息をつく。 「1番挑発しやすい年齢だもんなあ…」  その言葉に愁一もうなずいた。 「それを破って今日の襲撃に参加したんだから、命の危険に晒されてることを教えただけだ。港まで来たからリーハンも顔を見られたかもしれないことも気付いて怖くなったんだろ」  そう二人に話して聞かせ、なんとか気持ちを収めた。 「なるほどね」  イワノフも納得がいったように星宇を見る。  リーハンは、それでもずっと星宇の肩を抱いてくれている。 「俺も、九・一八の事はきちんと話しておけばよかったと反省したわ。星宇に抗日感情植え付けちまうかな、と思ってわざと言わなかったんだけど、こんな利用のされ方する前にちゃんと話しておけば…」  それにはイワノフも『それは仕方ねえよ』と愁一の背中を一度撫でた。 「星宇は、九・一八の時関東軍が線路を爆破した中国人を全員中国当局に探させた事は知ってるんだな」  イワノフに言われ、また目だけを向けて小さな動作で頷いた。 「じゃあその後のことを教えると、そいつらは全員処刑された。しかも関東軍がやったんじゃない、中国軍にやらせたんだ。それに倣えば、今回の件に関わった中国人を『全員』差し出せと言ってきた後のことは…想像つくだろ…」  イワノフは淡々と話し、星宇はさっき愁一に言われた事と被った話のその先まで聞かされてますます震えた。 「イワノフまで脅かすなよ。こんなに震えてるんだぞ」  リーハンは星宇側に居てくれている。それでいい。  表情も変えずに人を殺せる星宇は、大抵のことには怯えない。  ただ今回は自分の独断で仲間にも被害が及ぶ可能性があることが怖かった。 「星宇(おまえ)を怖がらせる訳じゃないが、そういうもんなんだよ、今の中国は」  イワノフは両肩をあげるしかない。 「リーハンは…大丈夫?かな…」  リーハンは星宇の肩を強く抱いてやって 「俺の事は気にするな大丈夫だ。あの時お前の後ろには人いなかったしな」  慰めになるかならないかの言葉を注いで、リーハンは星宇の肩を撫でてやる。 「隠れて見ていたかもしれねえし…それはわからんな。あっち次第だ」  イワノフがそう言うのに愁一は尤もだと頷いていたが、ここでこうしていても埒があかない。 「仕方ない。星宇は、当面焼き芋屋の家に避難してろ。あそこが1番安全だ。悪いけど頼む。イワノフ」 「勿論だ。お前の店に来るやつもいそうだしな」  客としてではなくても、星宇の顔を見た反中の日本人が店に捕獲にくる可能性は有る。 「星宇が自由になるのは、今回の一件に参加した『人間が全て』粛清されてからだろうな」  愁一は意地悪でもなんでもなくそう言ったが、その『全員』には含みを持たせた。  そして震える星宇の頭に手をのせる。 「お前を追ってきた日本人の顔はわかるのか…」  『え?』と全員が愁一を見る。 「わかんねえなら仕方ないけど、わかるならそいつは俺が仕留める。そうすればお前は外歩けるぞ」  頭をポンポンとして、にこやかに微笑む。  もう怒っていない愁一に星宇も、薄く顔が綻んだ。 「お前、今の『全員』ってまさか…」  イワノフが腰を上げかけるほど驚いていた。 「おう、どうせならその日本人全員やっちまおう。星宇の顔を見たかもしれねえしな。やっちまったって平気だろ。どうせなら全員……何人だ?」  膝を抱えたまま、星宇は『五人』と答えた。 「五人!?おい愁一(泰然)、いくら何でも全員は無謀だろう」  イワノフはそう言い募るが、 「やらねえと星宇が危ねえだろ」  そう言われると黙るしかないが…。  リーハンはそばで聞いていて『1番過保護なのは愁一(泰然)なんだよな…』と心で思っていた。 「いつも目をギラつかせて中国人を見てくる一派の奴らだなって言うのは気付いたよ。でも顔をどう説明したらいいかな…」 「ま、そこはいいや。探す」  星宇のことが気がかりなのは1番だったが、九・一八に続き今回も中国人のやったことにして何かを成し遂げようとしている関東軍が心底気に入らない。 「探すったってお前…」  イワノフが後ろに手をついて無理だろ…と呟く。 「俺は、どっちにも見られる得な立場だからな。日本人だけの店にだって入れる」  逆にどっちでもないんだけど…と言うことは言わないでおいた。

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