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第25話 消し込み作業&……

 それから数日で、愁一は4人を消し込んだ。  星宇を『夜蝶楼』の娼妓だと知るものが、万が一にでもいたら間に合わない。  愁一はあの日の夜から行動を起こしていた。  日本人しか行かない飲み屋に出入りしながら日本人の振りをして友人もどきを作り、いわゆる内偵のようなことをやったのである。  あの星宇の関わった事件のすぐ後に、抗日の溜まり場である家屋へ日本人が大人数で襲撃した事件もあり、中国人を痛めつけた武勇伝は簡単に耳に入ってくる。  坊さん襲撃の犯人を捕まえてやったという自慢話もすぐに耳に入り、特定は簡単だった。  そのおかげで今日、1月23日に最後の1人を追い詰めることに成功していた。  そこは奇しくも坊さん襲撃の場所に程近い裏路地だった。  泰然は追い詰めた男を壁に手をつかせ、武器を取り上げた後足を払ってその場へ跪かせる。 【最後に聞きたいんだけどさ、お前たちをあの場に送り込んだのはどこの誰だ?】  その後、男は膝をついた形で両手を頭の後ろで組まされたが、泰然の質問には背を向けたまま答えない。 【なあ、丁寧に日本語で聞いてやってんだけど?】  泰然はその背中を蹴って、顔面を壁にぶち当てる。 【中国人が日本の坊さんを襲うこと知ってて待ってたんだろ?すぐに捕まえて、状況証拠にしようとしたんだよな】  壁から顔ごとずり落ちても、男は無言を貫いた。既に腕は頭の後ろからはほどけていて、力なくだらんと下がっている。 【誰なんだよ待たせたのは。青幇か?関東軍か?中共や国民党って事はさすがに無いだろうな。お前ら日本人だし】  壁に額を押し付けたまま、腕をなんとか持ち上げようとしてくる男の背中をもう一度泰然は踏みつけ、より強く壁に押し付けた。 【ぐっうっ…】  壁に押し付けられて、痛い額を外し頬を寄せたがそれすら我慢しきれず顔が歪む。それでも答えはしない。 【武士道か…日本人はそういうの多いな。『身内』は売らないってことかい?】  泰然は踏みつけている足を、顔を擦るように下へと力を加える。 【んぎっ…ぐぅっ】  体が下がり、顔がより削られ壁に赤い線が引かれた。 【黙ってることが返事になっちまうってこともあるんだよ。関東軍だな】  今度は背を踏んだまま、髪を掴み無理な体勢で上を向かせる。 【まあ本当のこと言うと、どこがお前らのバックについていようと俺には関係ないんだけどね。聞いたのはただの確認だし】  それでこんだけ痛めつけられたのか…といった恨みがましい目が泰然へと向けられた。 【いいね。やる気ある目をしてる】  泰然は足を外すと、上向きに睨んでくる男の髪を後ろに引っ張り、強引に地面に叩きつけた。  男は反射的に起き上がり、逃げようとする。  しかし額を(したた)か打っている男の足はおぼつかず、ふらりとした瞬間を泰然の手が襟首を捕まえた。 【逃げるのは卑怯だな。あ、卑怯は日本人のお家芸か】  などと言って後ろから首に右手を回し、締め上げてやると男は 【ちっ!】  と舌を鳴らして、泰然の腹に肘を一発入れてくる。  その衝撃に泰然からも少しの声が上がるが、衰弱しているためそこまで効果的ではなかった。  しかしその後、男は泰然の腕を取り強引な背負い投げを仕掛けてくる。 「おわっ!」  背負われて肩に乗せられた瞬間にそこで身を捩り、投げ落とされた時に向かい合って足をつけられるように男の腕を掴んだ。  かろうじて地面に足を下ろした泰然は、 【あぶね〜。背中から落ちるとこだった。柔道か…やるねえ…】  かろうじて両腕を組んでいる状態で睨み合う。  奥襟を取られても上着を脱げばいいが、気をつけなければならないのは足技だ。  足払いをかけてくる男の足を避けながら、タイミングを見計らう。  男はもう一度背負い投げをしようとしたのか、泰然の上着の襟を掴み片足を一歩踏み出したその瞬間に、泰然は腕を掴んだまま足の間から、身体ごと男の向こう側へスライディングをした。 【うわあっ!】  柔道ではありえない動きをされ男は咄嗟に飛び跳ねたが間に合わず、前回り状態で地面に頭頂部を擦りながらひっくり返った。 【試合じゃねえんだよ】  へっ、と笑って泰然は、すぐに立ち上がり仰向けになった男の膝にジャンプしてまず膝を砕く。  ゴギッと言う、骨が折れる音がして 【うぁああああっ】  と言う悲鳴が路地裏に響いた。  そうしてもう一方も同じように膝をぶち壊し、男を跨ぐようにして見下ろす。 【あんま手こずらせんな】  男はそれでも起き上がろうとするが、泰然はそれをいちいち蹴り倒す。  怪我をした時に咄嗟に手で押さえたりはするものだが、今の状況でそれが許されず、痛みを放置された男はかなり辛そうだ。 【お…まえ、一体何が目的で…ひっ!】  泰然は屈んで男の前髪を掴むと、何度か頭を地面に叩きつけた。  そこでようやく男はおとなしくなる。  そうして立ち上がると、そんな男を見下ろした。 【お前さ、坊さん襲撃された日に年若いオトコノコを追い詰めてなかったか?】  後頭部を打たれて少し朦朧とするのか、掠れた声が出る。 【お…追いかけた…けど、みな…港まで行きそうだったから…追うのをやめた…やつの事か】  最初に壁に擦られた傷は乾き始めていて、口を動かすとひき攣れて痛そうだ。 【ああ、やめたんだ、追っかけるの。でも顔は見たよな…】  ナイフを取り出して、左手のひらをその刃でなんどかたたき始める。 【随分怖がってたぞ、その子】 【そんなのはあいつが!中国人がわる…うわあ!】  下を向いた刃先が腹の上に落ちて、男は情けない声をあげた。  ナイフはシャツの上で跳ね、横向きに落ちて腹の上に留まる。 【大丈夫大丈夫。この手のナイフはこんくらいで刺さらないって】  泰然は笑いながら腹の上からナイフを取り上げて、再び傷だらけの顔を見て笑った。  起きあがろうとしては蹴られて、今では鼻血まで垂れ流しだ。 【で?なんだって?中国人が?」 【中国人が日本人襲ってるのを見て、放っておけるわけないだろ!って言ったんだ!】  もう覚悟を決めたのか、男は大声を出して言い募ってくる。 【そんな正義感か?】  泰然の手から再びナイフが落ち、それは落とす瞬間に少しの力を加えたせいで、今度はシャツを裂いてちょうど左の脇腹に刺さった。 【うあああっ!痛え!刺さったじゃねえかよ!いってえ】  身を起こそうとするところをまた蹴り倒されるものだから、今度も寝たままで痛みに耐えるしかなく異常な苦しみだ。  暴れた反動で折れた足も痛い。どうしようもない痛みに歪む一方の男の顔を見て、泰然は楽しそうだ。 【正義感も中国人もいいんだけど、その子が怖がってた報いをな…お前には受けてもらおうかな】  刺さったナイフは再び抜き取られ、腹から抜かれる瞬間にも男は悲鳴をあげる。  傷口からは血が流れ出て、瞬時にシャツを染めた。 【でけえ声出すなよ。大袈裟だな】  泰然はあいかわらずの薄ら笑いで男のシャツでナイフの血を拭くと 【今度はどこがいいかな…】  と両足を進め、脇の下へとつま先をはめ込んだ。  男は両手でその足を掴んで上に来ないように阻んだが、脇腹の痛みで力が入らない。  泰然はしゃがみ込んでナイフで頬を撫でてやり 【情報もくれないようなやつはもういいや】  『さっき自分で当ててたじゃねえか!』  などと言う間も無く  それまで笑っていた泰然の顔が急に真顔になり、 【じゃあな】  とその首筋にナイフを突き立て、抜くと同時に瞬時に離れた。  飛び散る血は横に吹き出し、壁にかかってゆく。  もうそれすら興味がなくて、泰然は今度は男のズボンでナイフを拭き取り腹に突き立てて帰ろうとした。  その時だった。  たったいま仕留めた男の向こう側にあるダクトの影から拍手が鳴り 「なかなかいいものを見せてもらった」  と言いながら男が出てきた。  泰然は瞬時に腰の銃を取り出したが、どうにも聞き覚えのある声に暗闇に目を凝らす。 「君の『仕事』を見るのは初めてだったけど、見惚れるね」  この現状にあって、こんなのんびりした声が出せる人物は… 「上野…さん…」

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