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第18話 高級外車ベントレーフライングスパー。

 正規ディーラー店『ベントレー東京』に着くと、美月は満月を連れて店内に入る。  確か車は暴力団名義だと購入出来ないはずだったことを思い出し、やはり見るだけのつもりなのだろうと満月は思った。  美月は店内にいるスタッフに言った。 「直ぐに納品出来るフライングスパーはどれだ?」  と聞いていたので、ここでようやく美月は車を購入することに気付いた。 「あの、美月さん?」 「直ぐ納品出来るのはこの三種らしい。満月はどの色がいいと思う?」  美月はまるで喫茶店でメニューを選ばせるくらいの軽いノリで満月に聞いてきた。 「この中なら、俺はオニキスが美月さんに似合うと思います」  満月はオニキスを選んだ。  暗闇に美しく輝く月の光が似合いそうなメタリックな黒い色は、美月にぴったりだと思った。  美月はスタッフに極上の微笑を見せて交渉を仕出した。 「ここの所長はいるかな?話がしたいんだ」  美月のこの微笑は安売りの表情で、交渉の場や絵画のモデルを引き受けるときに見せる笑顔だった。  暴力団という出生と職業を金と美月の笑顔で捻じ伏せて、美月はベントレーフライングスパーのオニキスを手に入れた。 「乗ってきた車は廃車、直ぐにスクラップにしてくれ。その分の金も倍は出そう」 「え、美月さん?!」  そう冷静に言う美月に満月は驚きを隠せなかった。  あの車には今投獄されている田中との思い出もあっただろうに、と満月は美月を止めようと思ったのだが、美月は思い出し笑い始めた。 「前に田中に運転したい車種を聞いたことがあった。ロールスかベントレーで最後まで悩んでたな。あの顔でこんな高級車に乗ってたんだぜ?面白いだろ」  美月はなんてことないように笑っていたが、彼は太陽にこの思い出の車を運転させるのがどうしても許せなかったのだ。 「思い出は形に残れば、いつか他人に触れられる。あいつに触れさせるくらいなら、鉄屑に変えたほうがマシだ。……俺の専用運転席は田中以外は認めない」  やはり美月は田中のためにロールスを捨てたのだ、その二人の絆が深いことを知った満月の心は痛んだ。  それは切なさと、そして美月への独占欲が原因だった。  それに気付いたのか、そうでないのか、美月は満月にしか見せない満面の笑みでつけ足した。 「勘違いするなよ?俺の運転席を許したのは田中だけ。でも……俺の『心』に居座るのを認めたのは、この人生でお前だけだ。満月」  『あぁ、俺はこの人が愛おしくて仕方がない』、と、満月の胸が更に痛くなった。

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