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第27話 弓懸。
今日から弓道を太陽から学ぶことにした満月は、始める前に深々とお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
それを見た太陽は人の良さそうな笑顔で言った。
「ここでの俺は北白川との仕事のことは気にせず君に指導していくから、そのつもりでいてほしい」
美月の専属運転手のときとは違う雰囲気の太陽は、まるで別人のように屈託のない笑顔だった。
太陽は先ず満月に矢を射出せてくれた。
打起こし、引分け、離れ、所作は上手くいったと思った。
「……」
しかし、高校のとき弦音はもっと綺麗に出せたはずだったが、やはり幾分鈍い響きに満月は緊張して太陽の指示を待った。
「夜霧君、ボクシングを二年間やっていたと聞いた。そのときに余分な力み癖が付いた気がする。高校のときの君はもっと力を抜いていたように感じたけど……」
そう言って太陽はノートパソコンで高校時代個人戦全国制覇したときの満月の動画を見せてくれた。
確かに今は力を込めている気がした満月は、打起し、引分け、離れの所作を矢無しで繰り返した。
「もっと顎を引いて、神経を研ぎ澄ませてから、……狙ってから離す」
太陽は満月の姿勢を手で触れながら直していく。
「胸を張ってから、離す。……もう一度矢を射ろうか」
そう言われ再度射るも、どうしても弦音は鈍く響く。
まるで『雑音 』が混じっている、そんな響きに満月も徐々に焦っていく。
姿勢を正し、教えてもらった通りに離す。
弓道はまさに『己との戦い』で、神経を使えば当然汗をかく。
弓懸 が手汗で熱せられ鹿革の香りがした。
「もっと顎を引いて。……そう、いいよ」
幾分弦音は良くなるものの、的がずれる。
「最後に一度俺が手本を見せる。明日に練習するときに真似してみるといい」
太陽は打起し、引分け、離れ、一連の所作を見せる。
それはとても美しく、そして隙が一切ない完璧なものだった。
「本当に日向先生のフォームは綺麗です」
そう言う満月に太陽は屈託のない笑顔を向けつつも再度指導していく。
「今日はここまでにしようか、夜霧君。俺だってここまでくるのに時間は掛かった。これはもう身体に覚えさせるしかない」
「はい」
素直に教えを学ぶ姿を見ていた見学が横から声を出した。
「満月の姿勢は悪くない、寧ろ良いほうだ」
その声色はテノール調で、静けさで音のこもりやすい弓道場に響いた。
姿を現したのは美月だった。
その美月の声を聞いた瞬間、太陽の口角が満月に見せるものとは違う角度で吊り上がった。
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